第17話 付き人
時を遡ること約2分。
たった2分で騒ぎを起こしたの!?
と、後でシャルルに怒られそうだが……。
これにはちゃんとした訳があった。
ーーーーーーーーーー
「待ってろよ。
あと少しの辛抱だからな」
俺は外套の中のオオカミにそう語りかけた。
オオカミの傷は、初めに見たときよりも少し塞がっているように見えたが、
まだ重傷であることに変わりなかった。
シャルルがポーションを買ってきてくれる。
ならば俺は、この子と共に宿屋で待つ。
それだけだ。
俺は決意を新たに、一刻も早く宿屋に着くため、痛む足を動かして街に入った。
その途端、
「おい、あれ。
ノザキヒロトじゃないか!?」
誰かが叫んだ。
ーーーーーーーーーー
そして今に至る。
え? 訳が分からない??
……ごめん、俺もだ。
「さあ、ノザキヒロトもじゃんじゃん飲んでくれよ!
今日は俺のおごりだから!!」
目の前の男が満面の笑みで話しかけてくる。
いや、本当に訳が分からない。
これは一体どういうことなんだ?
「いや~、昨日の試合は最高だったぜ!
お前さんのおかげで、金もたんまりゲットしたしな」
ガッハッハと笑う男。
……なんだ?
昨日の試合……。
まさか、闘技場のこと!?
え? それでこんなにも人が集まってるのか!?
昨日も同じことがあったが、今日もだなんて……。
「あんまり嬉しくなかったか?」
俺の顔を見た男が、不安げに問いかける。
「いや、そんなことない!
嬉しいよ!」
俺は慌てて否定した。
そう、嫌なわけじゃない。
どちらかというと、嬉しい。
ただ、今じゃないんだ。
今はこのオオカミが最優先なんだ。
だが、ここは嫌われることになろうとも、俺は嬉しくないと言うべきだった。
「そうか、よかった~~!
ここにいるみんな、お前さんのファンなんだぜ!!
なあ、みんな!!!」
男の問いかけに周りが歓声で応える。
「カッコよかったよ~!」「応援してるぜ!!」「こっち向いて~~!!!」
いつの間にか、俺を中心に大きな人の輪が出来ていた。
やばい、やばい、やばい!
これ、無事に宿屋に着けるのか?
「さあ、ノザキヒロトも飲もうぜ!」
差し出されるジョッキ。
「いや、俺……」
「ん? なんだ?
何か手に持ってるのか??
俺が持っといてやるよ」
男の手が俺の外套に迫る。
な、ちょっと待て!
まさか、外套を開く気か!?
それはまずい!
オオカミの存在がバレてしまう。
どうする!?
先にオオカミの存在をばらすか?
この子の傷を見せて、治したいからどけてくれと頼むか?
いや、ダメだ。
リスクが高すぎる。
くそっ、他に手はないのか。
なにか。
なにか、この状況を打開できるもの……。
男の手がついに外套に触れる。
ダメだ。
何も思いつかない。
男が外套を開こうとしたその時。
「そこをどかぬか!!!」
人混みの奥から突如、叫び声が。
目の前の男が驚き、声がした方向に顔を向ける。
「余はアブドヘルムの王子だぞ!!
道を開けるのだ!!!」
その言葉を皮切りに、人混みが割れた。
大通りに出来る一本道。
そこから王子が堂々と歩いてくる。
付き人のガルムさんと一緒に。
呆然とそれを見守る周りの人たち。
先ほどまでのお祭り気分はとうに消えていた。
近づいてくる王子を恐れたのか、
男も外套から手を放し、急いで近くの人ごみに混ざり始める。
王子は俺の目の前で止まった。
「冒険者になったようだな。
良いことだ。
少し話がしたいのだが……。
一緒に来てくれるか?」
「はい!」
その時、俺には王子が輝いて見えた。
だが、すぐ気づくことになる。
結局、宿屋に帰れないのは変わらないということに。
ーーーーーーーーーー
闘技場から歩いて5分ほどのレストラン。
そこは、周りの建物と比べて一回りも大きな建物だった。
純白の壁には傷一つ見当たらず、入り口には黒いスーツの男が立っている。
俺はそこに案内された。
不安が頭をよぎる。
ここ、すごく高そうなお店だけど大丈夫だろうか?
俺はすぐに帰れるのか??
……あれ???
これついてきたらダメだったんじゃ……。
王子は既に入り口の男に声をかけていた。
今更、帰りますなんて言えない。
どうやら、話もまとまったみたいだ。
男が扉を開けている。
唯一の救いは、ここが俺たちの泊まっている宿屋に近いことだ。
これは終わったら、宿屋へ直行だな。
「ガルムよ、お主はどうする?」
「俺はいいです。
外で待ってます」
ガルムが遠慮するように手を振る。
「え? ガルムさんは入らないんですか?」
「ああ、このお店は……ちょっとな」
どうしたんだろう。
歯切れが悪いな。
「そうか。
それではノザキヒロト、行こうか」
「……はい」
これからの先行きと、ガルムの反応に少し不安を覚えながら、
俺は王子に続いて店内に入った。
ーーーーーーーーーー
想像通り、このレストランは店内も凄かった。
天井に吊された金色のシャンデリア。
真っ白なテーブルクロス。
ドレスコードに身を包んだ客。
……俺、完全にアウェーだ。
手前の席に案内される俺と王子。
俺たちを案内してくれた男が、去り際に俺を見る。
「おい!!
私の客だぞ!!!」
「す、すいません」
王子の怒声を聞いた男は、顔を歪ませ慌てて戻っていった。
なるほど。
俺の服装か。
今の男の目は完全に侮蔑の目だった。
これならガルムさんがこのお店に入りたがらないのも分かる。
……まあ、しょうがないな。
こんな格好でこの店に来ている俺が悪い。
それに、あの目には慣れている。
……いや、待てよ。
これはいいことだ!
ドレスコードをしていない俺は、
王子との話が終わればこの店に用事がなくなる。
そしたら、すぐに帰れるんじゃないか?
いいぞ! 希望が見えてきた!!
「ノザキヒロトよ、すまなかった」
意外にも頭を下げる王子。
あれ?
王子ってこんな人だったっけ??
「いや、大丈夫ですよ。
気にしないでください。
それよりも、俺にどんな要件が?」
そう。あんなことはどうでもいい。
それよりも早く要件を。
「そうだな。
ずるいことは充分、理解しているのだが……。
余は君を雇いたいと思っている」
「雇いたい?」
「ああ。
余の付き人になってくれぬか?」
……え?
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