第18話 友達

「付き人って……ガルムさんのことですか?」


「そうだ。

 お主には、ガルムのように余の側にいて欲しい」


 ……?

 なぜ俺なんだ??

 俺なんか強くないし、この世界のこともよく知らない。

 もちろん、王子の世話をできるような器用さもない。

 俺が付き人になったところで王子に得はないはずだが……。


「余は気づいたのだ。

 人の価値は、地位や権力だけでは決まらないということに。

 ノザキヒロトはあの巨大な魔獣を倒した。

 だが、余は小娘1人倒せなかった。

 きっとお主には、余にはない強さがあるのだろう。

 余はそれが知りたい。

 だからノザキヒロトには余と一緒に来て欲しい」


 なっ!?

 それは過大評価だ!!

 俺があの熊を倒せたのは偶然だし、シャルルは冒険者ランク3の化け物だ。

 今なら分かる。

 シャルルには俺だって勝てない。


「俺なんて、何の役にも立ちませんよ?」


「それでもいい。

 余がノザキヒロトに求めるものは対等な関係だ」


 ……?

 どういうことだ?

 付き人なんだから対等じゃないだろ??

 でも、王子の顔は冗談を言っているような顔ではないし。

 なんだか訳が分からなくなってきた。


「金は国に帰ってから支払おう。

 お主の試合結果で、近くにいた男と賭けをしたら大敗してしまってな。

 今、余は一文無しなんだ」


 ハハハッと笑う王子。

 いや、それ笑い事じゃないだろ!?

 

 しかし、王子の笑顔は長く続かなかった。

 突然、表情が険しくなる。


 あれ?

 どうしたんだ??


「こんなところで何してるのかしら?」


 いきなり、俺の背後から聞き覚えのある声が。

 怒りと殺気、それと軽蔑の感情が交ざった悪意100パーセントの声。

 俺はおそる、おそる、背後を確認した。


 ……やばい。

 

「私に協力させておいて良い度胸じゃない、ヒロト。

 当然、覚悟はできてるわよね?」

 

 そこには、不自然にも優しく微笑むシャルルがいた。


 なにその笑顔!?

 怖すぎる!!


「その~、これには事情が……」


「おい、今は余がノザキヒロトと話しているのだぞ!」


 王子が臆することなく立ち上がる。

 ああ、王子。

 これ以上、シャルルを刺激しないでくれ!


「あら、なんの話をしているのかしら?」


 腕を組んだシャルルが、王子に鋭い視線を向ける。

 いくら女性の笑顔に弱い俺でも、この笑顔は別だ。

 体の震えが止まらない。


「余の付き人になってくれと、ノザキヒロトに頼んでいたのだ」


「なにそれ!?

 こいつを買い取ったのは私よ!!

 そんなの私が許さない!!!」


「いや、それを決める権利はノザキヒロトにあるはずだ!

 それが剣闘士のルールと説明されたぞ!!」


 そういえば、剣闘士をやめた俺には人権があるんだっけ?

 ということは……王子に雇われるのも可能というわけか!


「……まさか。

 ヒロトはこの話を受けたの?」


「いや……」


「まだ返事待ちだ。

 だが、ノザキヒロトなら余についてくるだろう!

 お主のような、すぐ怒る短気な輩などと、共に行動したくはないだろうからな!」


「なんですって~!!!

 あなたみたいな雑魚と行動する方が絶対に嫌よ!!!」


「な、なにを~!!!」


 そこからは闘技場の再来だった。

 お互いの悪口を言い合う2人。

 その悪口も当然、低レベルだ。

 うん、とても見るに堪えない。

 こいつらと一緒にいるのが恥ずかしくなってくる。

 しかも迷惑なことに、今回の口げんかは当分終わりそうにない。

 その原因は2つあった。


 1つ目は、止める人がいないこと。

 周りの客も、お店の店員も、言い争いをしているのが王子だからか、止めようとする気配が全くない。店員に至っては、その場であたふたと慌てるばかり。

 え? 俺がいるじゃないかって?

 この言い争いの原因は俺だ。

 俺が止めに入れば、火に油を注ぐようなものだろ?


 2つ目は、王子が強くなっていること。

 別に悪口が成長したわけではない。

 前回はシャルルの悪口一つ一つに反応しては泣きべそをかいていた王子だったが、

今回は悪口を軽く受け流しているのだ。

 男子三日会わざれば刮目して見よ、とは言うがこれはすごい。

 前回のような、弱々しい王子はどこにもいなかった。


 まあ、そのせいでこの口げんかが終わらないのだが……。


「ちょっ、2人とも! どうしたんだよ!?」


 この口げんかは店の外まで響いていたのだろうか?

 店の扉を開けて、ガルムがこちらに走ってきた。

 よく見ると、ガルムの後ろに汗だくの店員がいる。


 なるほど。

 あの店員が、この状況を止められるのはガルムさんしかいないと判断し、呼んできたのだな。

 店員さん、ナイス判断!!


「お前ら1回止まれ!

 店の迷惑になるだろ!!」


「「ガルムは黙ってろ(て)!!!」」


 ……。


 これはまずい。


 ガルムのこめかみが怒りで膨れ上がっている。

 握りしめた拳はリンゴでも軽々と握りつぶしてしまいそうだ。


「お、ま、え、らぁ~~~!!!」


 ガルムが両手を前に突き出した。

 なんだ? 何をする気だ!?


「いい加減にしろ!!!」


 ガルムは突き出した両手から、拳大の水を生み出した。

 時間にして1秒、その水はガルムの前方に勢いよく発射される。

 空を切る2つの水弾は真っ直ぐ目的地へ。


 一つは王子の顔面。

 もう一つは……俺の顔面。


 ……くそっ!

 シャルルの奴、かわしやがった。


「お前ら! 一度頭を冷やせ!!

 そして、この状況を説明しろ!!」


ーーーーーーーーーー


「何だそれ!?

 お前ら、当事者の意見も聞かずに喧嘩してたのか??」


 今、王子とシャルルは2人仲良く正座している。

 王子はともかく、シャルルまでガルムの言うことを聞いたのは意外だったが、とにかく状況が落ち着いてよかった。


 状況説明を聞いたガルムが、呆れたようにため息を吐く。


「お前らが言い争いしても意味ないだろ。

 ノザキヒロトの意見を聞いて、それを尊重すればいいだけなのに」


 腰に手を当て、またも深いため息を吐くガルム。

 この人はいつも苦労しているな。


「それで、ノザキヒロトはどう思ってるんだ?」


「もちろん余についてくるよな!」


「何言ってるの!?

 私についてくるに決まってるでしょ!!」


「お前らは黙ってろ!!!」

  

 ガルムのげんこつが走る。

 片方の拳は頭に。

 もう片方の拳は空を切った。


 王子、かわいそうに。


「で、どうなんだ?」


 3人の視線が一斉に俺に集まる。 


「俺は……」


 拳をギュッと握りしめるシャルルが見えた。


「俺は、シャルルについて行きます。

 シャルルとは、コーラルでエビフライを作る約束をしていますし、

こんな奴でも、俺の命の恩人ですから。

 シャルルは傍若無人ですが、優しいところもあります。

 とりあえず、コーラルまではシャルルと一緒にいようかと……」


 ってあれ?

 なんでシャルルは顔が真っ赤なんだ?

 ガルムさんと王子は笑ってるし……。


「お主は傍若無人なのだな。ふふっ!」

「傍若無人って……。クハハッ!」


「ふ~ん。

 ヒロトは私をそんなふうに見てたんだ……」


「いや、違う。

 シャルルには可愛いところもあるよ!?

 ほら、フライドポテトを食べてた時なんて、満面の笑みだったじゃないか!?」


「へぇ~。

 こいつが満面の笑みを」


 ニヤニヤするガルム。

 シャルルの顔が更に赤くなる。


「うるさい!!!」


「いてぇ!!!」


 俺はシャルルのげんこつをまともにくらった。 


ーーーーーーーーーー


 まだ頭が痛い。

 あいつ、本気で殴りやがったな。


「ノザキヒロトもああ言ってることですし、王子、ここは潔く手を引きましょう。

 ここで駄々をこねても何も変わりませんよ」


 まだ王子は何も言っていないのに、あたふたと慌てるガルム。

 どうやらガルムは、王子が駄々をこねると思っているみたいだ。

 いつの間にか、拘束用の縄を手にしている。

 今まで、どれだけわがままだったんだよ。


「……分かった。

 ノザキヒロトがそう言うのならば、余は手を引くとしよう」


 その言葉を聞いたガルムが固まる。

 手に持っていた縄がポトリと床に落ちた。


「ノザキヒロトよ。

 今日は貴重な時間をありがとう」


 差し出される右手。

 俺は迷わずその手を取った。

 正直、王子の変わりようには俺も驚いている。

 が、悪いことじゃないんだ。

 素直に受け止めよう。


「いいえ、こんな俺を誘ってくれてありがとうございます」


「いいんだ。

 アブドヘルムという国に来たときは、国の中心にある城を訪ねてくれ。

 存分にもてなそう」


「はい!」


「それと……」

 

 王子が俺にだけ聞こえるよう顔を近づける。


「あの女が嫌になったら、いつでも余を頼ってくれ」


 俺は小さく頷いた。

 それを見た王子が嬉しそうに笑う。


「それではな。

 またいつか会える日を楽しみにしている」


「俺もです!

 またいつか!!」


「ああ、またな!」


 そう言って王子は、1人で感動していたガルムを連れて店を出て行った。

「王子、成長しましたね」「これぐらい普通だ!」

 2人の会話が遠ざかっていく。


 王子、すごく成長していたな。

 たった一日でも人は変われるのか。

 俺も頑張ろう!


「何これ?」


 今まで、ふてくされていたシャルルが机の上の紙切れを掴む。


「なになに、

『ノザキヒロトは余の友達である

 アブドヘルム 第1王子 グラン

 (女は知らん)』


 ……なんですって~!!!」


 ……友達か。

 友達ってこんなに簡単にできるのか。

 一緒に遊んだりしてないけど、王子に友達っていわれても全然嫌じゃない。

 というか、嬉しい。

 そして、なんだかむず痒い。

 なんだろう。

 このむず痒さ。

 恥ずかしさと嬉しさか。

 特に、胸と腹が……。


「あはははは!!!」


「なっ!?

 私をバカにして……!!

 もう1発ぶん殴ってやる!!!」


「ち、違う、違う!」


 俺は着ている外套を慌てて脱いだ。

 そこには目を覚ましたホワイトウルフの子どもが。


「あっ、元気になってる。

 よかった~」


 今までの怒りが嘘のような、シャルルの優しい表情。

 シャルルは俺の手からホワイトウルフの子どもを奪いとると、嬉しそうに頬ずりし始めた。

 ホワイトウルフも嫌がることなく、シャルルに身を任せている。

 本当に凄い魔物だ。

 シャルルにこんなことされたら、俺なら恐怖でちびってるだろう。


 ……冗談は置いといて。

 本当に凄い魔物だ。

 あの腹の傷がほとんど塞がっている。

 致命傷でも自力で回復出来るなんてチート過ぎるだろ。

 俺にもそんな力が欲しかったな……。


「お、きゃ、く、さ、ま~~~!!!」


 俺たちは完全に油断していた。

 いろいろ一段落がついた上に、ホワイトウルフの子どもが無事だったことが

重なって、気を緩めてしまったのだ。

 ここがレストランであることも忘れて、ホワイトウルフを出すなんて普通は

ありえない。

 だが、やってしまった。

 さすがのシャルルも、今回ばかりは顔から血の気が引いている。


 ……これは剣闘士いきかな。 


 先ほどガルムを連れてきた店員が叫ぶ。


「今すぐこの店から出て行け!

 お前達は出禁だ!!」



 ……え?


「もうたくさんだ!!

 喧嘩して、正座して、魔物を連れてきて!!

 もうお前達とは関わりたくない!!

 今すぐここから立ち去れ!!!」


 俺たちはダッシュでこの店を後にした。

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