第二章 伝説との出会い

第15話 修行開始

 あらためて。

 上機嫌なシャルルについて森の奥深くまで来た俺たちは、

少し開けた場所を陣取った。


「さあ、気を取り直して修行に入るわよ!」


 やっとだ。

 やっと修行に入れる。

 リッカの実のことはもう忘れよう!

 さあ、修行だ!!


「まずは魔法から入りましょう。

 あの木を真っ二つにしてみて」



 ……え?


 シャルルが指をさしたのは高さ10メートルほどの木。

 直径は30センチくらい。


 あれを真っ二つ??

 いや、無理だろ。

 俺が今使える魔法はファイヤーボールとそよ風だけだぞ。

 修行をする気はあるが、自分の力量ぐらい分かっているつもりだ。


「魔法はイメージよ。

 できないと思えば一生できないわ」


 またも俺の心を見透かしたかのような、シャルルの一言。

 こいつ、本当に心を読めるんじゃないか?


「何? その情けない顔。

 ……はぁ。一回しかしないから、しっかり見てなさいよ」


 シャルルはため息を吐きながらそう言うと、右手を前に突き出した。

 すると、その右手から風の逆巻く音が響き始める。

 ヒューッというその音は、次第に大きくなっていき、そして。


 ヒュン!


 シャルルが狙いを定めた木は、まるで今重力を得たかのように滑り落ちた。

 そう、木は真っ二つに切れたのだ。


「こんな感じかな。

 ほら、やってみて」


 ……相変わらず凄いな。

 やはり、冒険者ランク3は伊達じゃないのか。  

 これならロックベアを一蹴したのも頷ける。


 それにしても、魔法はイメージか……。

 俺にもあの木が切れる可能性があるのかも。

 よし、チャレンジしてみよう!


 両手を前に突き出す。

 イメージは三日月型の風の塊だ。

 シャルルが切った木は一見、断面がどこか分からなかった。

 ということは、限りなく細くて鋭い魔法で切ったのだろう。

 まあ、物を切るのだから当たり前か。

 とりあえず、それを意識してやってみよう。


 10秒後。

 風が逆巻き始める。

 これをもっと細く鋭く。

 一つに固めて……。

 くらえ!!


 ヒュ!


 ……あれ?


 木には5センチほどの傷しか出来なかった。


 おかしいな。

 イメージは完璧だったんだけど……。


「10点ね」


 ……え!?


「10点満点?」


「そんなわけないでしょ!

 出力が足りない。-10点。

 魔力が足りない。そのせいで強度が低い。-10点。

 魔法を放つまでの時間が長い。-10点。

 周りへの意識の欠如。-10点。

 そして、魔力還元を忘れてる。-50点」

 

 わお! 俺、赤点じゃん。


「まあ、風魔法は魔力還元が難しいから、基本はしなくても良いんだけど」


「じゃあ良いじゃないか」


「……あなた、魔力還元のこと忘れてたでしょ。

 常に意識しておかないと、本当に必要なときに出来ないわよ。

 なので、罰として腕立て100回」


 ……え!?


「ほら。さっさとしないと……」


 ヒュン!


 俺の横を通った風魔法が背後の木を真っ二つにする。

 ドシンッと音を立てて倒れた木は、俺が切ろうとした木よりも大きかった。


「私の魔法が暴発しちゃうかも!」


 舌を少し出し、テヘッ! と自分の頭を叩くシャルル。


 テヘッ! じゃねえよ!?

 全然可愛くねぇからな!!

 どっちかというと怖いわ!!!


「するの? しないの?」


 シャルルの目が細くなっていく。

 どうやら俺に選択肢はないようだ。

 おかしい! 異世界に来てまで筋トレなんて絶対おかしい!!


ーーーーーーーーーー


 30分後、やっと筋トレが終わる。

 もう腕がパンパンだ。

 シャルルに脅されなかったら、100回なんて到底出来なかった。

 あと、連続じゃなくても良かったのが唯一の救いだった。


「次は狩りね」


 そうだよ、それだよ!

 異世界といえば筋トレじゃなくて、狩りだよ!

 心の中でガッツポーズ。 

 をしたのも束の間、俺はすぐに現実を知ることになる。


 初めの相手は火を吐くトカゲだった。

 口から出す火の玉さえかわせばなんとかなると最初は思ったが、厄介なことに、このトカゲは透明になることができた。

 15分ほど戦って、やっと、火を吐く瞬間に実体化することに気づき、勝利。

 途中で、火の玉が背中に当たり、服の背面が焼けた。

 

 次の相手はハリネズミ。

 こいつは背中の針を四方に飛ばすという能力を持っていた。

 しかもこの針が異常に硬く、俺の体はすり傷だらけになった。

 背中の針が生え替わる5秒間に、風魔法と火魔法を放つ。

 これを繰り返し、20分ほどで勝利。

 服がボロボロになった。


 ここで、疲労した俺を見てシャルルが回復薬をくれた。

 渡されたのは緑色の液体が入った瓶だった。


「ポーションよ。

 魔力の循環をよくして、回復力を高めてくれるわ。

 失った魔力も回復するわよ」


 おお! 

 異世界っぽい!!


 瓶のふたを開けて、少し飲んでみる。

 少し薄めた野菜ジュースの味がした。

 想像していたよりも不味くないな。


 全て飲み終えて数秒後、全身に走っていた痛みが緩和される。

 よく見ると、小さなすり傷はいつの間にか塞がっていた。


 凄い効果だな!

 こんなに早く回復するのか。



 ……正直こまる。

 もう狩りはやりたくないんだが……。


 上半身裸で挑んだ次の相手は角がしなる鹿だった。

 こいつが一番難しかった。

 鞭のようにしなる角は、スピードがあり、読みにくく、俺は近づくことさえ出来なかった。しかも、この鹿は俺が距離をとると一目散に逃げ出すのだ。

 追いかけては角で叩かれ、距離をとっては逃げられる。

 最終的に、やけくそになった俺がファイヤーボールを連射しまくって倒した。

 かかった時間は40分。


 もちろん、シャルルにバレて、筋トレをすることになったのは言うまでも無い。


 ……。


「いや、狩りきつすぎ!!

 思ってたのと違う!!!」


「当然でしょ。

 ほら、修行を続けるわよ」


 狩りが終わると、あらためて魔力還元、魔法、筋トレの修行が始まった。

 今更かよ、とは思わなかった。

 狩りを通して、魔力還元と魔法の重要さは、俺の身に嫌というほどしみていたからだ。


 まず、魔力還元を使わなければ、俺の魔力はあっという間に尽きた。

 今の俺にはファイヤーボールや風魔法は一日、15発が限界だった。

 結構使えるじゃん、と思うかもしれないが、この15発が全部魔物に当たるわけではない。一体倒すのに最低5発は当てなければいけなかったので、採算が全く合わなかった。

 しかも、魔力還元を戦闘中に行うのは非常に難しかった。

 戦闘中に放った魔法を意識するなんて馬鹿げてる、と思ったほどだ。 

 さらに、魔力還元をすると魔力は元に戻るが体力が減った。

 シャルル曰く、二つとも慣れれば楽になり、そのうち無意識でも出来るようになるそう。

 ……俺には遠い未来だ。

 

 次に魔法だが、これはシンプル。

 俺の魔法は威力が全く足りていなかった。

 魔法の形や出力、魔力量など、課題点が盛りだくさん。

 とりあえず、ここら辺の魔物を1発で仕留められるようになるのが最初の目標だ。



 修行を続けて、辺りが少し暗くなってきた頃。 


「そろそろ帰りましょうか」


 シャルルが唐突に切り出した。


 やったー!

 やっと帰れる!!

 嬉しくて涙が出そう。


 修行と聞いて浮かれていた俺は、もうどこにもいなかった。


「これ、飲んどきなさい」


 ポーションが宙を舞う。


 ありがたい。

 これの効力は実証済みだ。


 ポーションをキャッチして一気に飲み干す。

 痛みと疲労が少しずつ和らいでいく。 


「早く行くわよ。

 日が暮れたら強い魔物がうじゃうじゃ現れるわ」


 それはヤバい。

 もう森の危険度は十分わかっていたつもりだったが、これ以上があるのか。


 ……俺、この世界でやっていけるのかな。


ーーーーーーーーーー


 森の中、シャルルの後をついて行く。

 上半身裸だった俺は、シャルルから真っ黒な外套を借りていた。

 いや、貰っていた。

 あなたが着た服なんてもう着れないからあげる、と言われたのだ。

 そんなことないだろ! と思ったがそういえば俺、裸だった。


ーーーーーーーーーー


 歩き続けること10分。

 ふと、近くの茂みから鳴き声が聞こえてきた。

 おそらく魔物の鳴き声。

 普通なら気にもとめない、いや、警戒するであろう出来事だが、

 今回だけは違う。

 その鳴き声が、ひどく弱々しい鳴き声だったのだ。


 俺の足が止まる。


 どうする?

 助けに行くか?

 いや、罠の可能性もある。

 でも、本当に弱っていたら……。


 橙色の空。

 まだ日は沈みきっていなかった。

 確認するなら今しかない。

 

 俺は道を外れて茂みをかき分けた。


 そこにいたのは苦しそうに横たわる、真っ白な子犬。

 腹の側部に大きな切り傷があり、そこから少し身がはみだしていた。

 息も絶え絶えで、今にも死にそうだ。


「シャルル!」


 急いでシャルルを呼ぶ。


 助けに来たはいいけど、俺、何にも出来ないんだった。

 

「どうしたの?

 もう狩りはしないわよ」


 面倒くさがりながらも、茂みをかき分けて来てくれるシャルル。

 しかし、真っ白な子犬を見た瞬間、シャルルの顔から次第に血の気が引いていく。


「ヒロト。早くここから離れるわよ」


 シャルルの体が震え始める。


「どうしたんだよ?

 こんなに弱った子犬を置いていくのか?」


「それは子犬じゃない。オオカミよ。

 しかも、伝説の魔物。ホワイトウルフの子どもよ」


 で、伝説の魔物だと!?


 ……かっこいいな。

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