第14話 リッカの実

「この街のシュリンプはとても不味いわ」


 ……。


「ヒロト、コーラルに行くわよ!!!」


 立ち上がるシャルル。

 その目は爛々と輝いていた。


「コーラルなら、新鮮な海産物がたくさん売ってるわ!

 この街からもそう遠くないし、ヒロトでもたぶんたどり着ける!!」


 ……たぶんたどり着ける?


「おい。それって結構、危険なんじゃないのか??」


「大丈夫、大丈夫。

 死にかけたら私が助けてあげるから」


 死にかける前に助けてくれよ!?


「よし! そうと決まれば、まずは冒険者ギルドに行くわよ!!」


 シャルルは右手をあげて高らかと宣言した。

 彼女と出会ってまだ二日目だったが、俺はもう理解していた。

 俺にシャルルを止めることは不可能だということを。


ーーーーーーーーーー


「冒険者ギルドは街や都市に点在する、冒険者の手助けをする組織のことよ。

 依頼の管理や素材の買い取りを主に扱っていて、他の街や魔物、盗賊の情報などもここで得ることが出来るわ」


 冒険者ギルドへ向かう道中、シャルルのこの説明を聞いて俺は思った。

 うん、想像通りだな。


「大事なのはここからよ」


 シャルルは俺の心でも読めるのだろうか?

 射るような視線が俺を貫く。


「冒険者ギルドはそれぞれにギルドマスターがいるから、同じギルドは無いの。

 それぞれのギルドは情報交換や物の取引を積極的に行ってはいるけど、商売敵であることに変わりは無いのよ」


 ……?


「それのどこが大事なんだ?」


「あなた、やっぱりバカね」


 でました。ゴミを見る目。

 ……殺気がこもっていないだけマシだなと思うようになってしまった俺は、

もう手遅れだろうか。


「それぞれのギルドマスターは、利益を求めてるのよ!

 だから、強い冒険者を自分のギルドに加入させようと必死なの。

 そうなれば、周りからのギルドの信頼も上がって、依頼も増えるでしょ。

 だから、あなたも気をつけなさいよ。

 昨日みたいに簡単に騙されたらダメなんだからね」


 な、なに!?

 シャルルが俺の心配をしただと!?


「なによ?」


 ……これは一波乱ありそうだな。


ーーーーーーーーーー


 ……何も起こりませんでした。

 普通に冒険者ギルドに行って、普通に冒険者の登録をしてきました。


 必要だったお金は大銀貨1枚。

 シャルルに借りて、細かい説明を聞いて終わり。

 

 冒険者ギルドで得た情報は、二つ。

 この冒険者ギルドの名前と、冒険者ランクについてだ。


 まず、ギルド名はムーンアイランド。

 ダサいと思ったのは俺だけだろうか?

 

 次は冒険者ランクについて。

 冒険者にはランクがあって、そのランクで強さや冒険者としての働きを表す。

 ランクは1~10まであり、数字が小さければ小さいほど、優秀な冒険者だ。

 ちなみにシャルルのランクは3、俺は闘技場の功績で7になった。

「いきなり7かよ!?」「すげぇな!」と周りの冒険者が騒ぐのを見て俺は思った。

 

 シャルルやばくね!?


 俺の予想とは裏腹に何の問題も無く、俺たちは冒険者ギルドを後にした。


ーーーーーーーーーー


 窓を通る暖かい光が部屋を照らす。

 澄んだ朝の空気は俺の眠気を一瞬でふき飛ばした。

 毛布一枚で朝を迎えるにはまだ早かったか。

 ふかふかのベッドから下り、昨日買った服に着替える。

 厚布の服に、革の靴、それとシャルルが持っているあの魔法の巾着。

 そして、腰に木刀をさして準備完了。

 うん、少しは冒険者っぽくなったな。

 

 昨日、冒険者ギルドに行った後、俺はこれから必要になるであろう

衣服や道具、装備を整えた。

 お金はシャルルから借りた。

 大銀貨1枚と銀貨4枚だ。

 ちなみに宿代もシャルルから借りた。

 一泊、銀貨5枚。

 冒険者登録のさいにかかったお金も合わせて、

 シャルルから借りたお金のトータルは大銀貨2枚と銀貨9枚。

 日本円で2万9千円だ。

 

 ……うん、少しずつ返していこう。


 今日はシャルルの元、森で修行をすることになっている。

 コーラルという街への道中、襲われても自分の身は自分で守れるようになるためだ。やはり異世界。簡単に旅はできないみたいだな。

 まあ、ロックベアを倒した俺なら、旅ぐらい余裕で出来るだろう。

 修行という言葉にワクワクしていなければ、今頃この街にはいなかった。 


 ガチャガチャ


 ドアノブを回す音。

 俺に用事があるのは1人しかいない。

 おそらくシャルルだろう。

 はぁ。ノックぐらいして欲しいものだ。


「ちょっと待て、今開ける!」


 扉へ向かう。

 ドアノブに手をかけようとした、その時。


 ガチャリ


 閉めていたはずの鍵が開いた。

 扉の外にいたのはシャルルではなかった。


「君がノザキヒロトだね?」


 入ってきたのはやけに色っぽい女性。

 少し褐色な肌に、桔梗の花のような青紫の瞳と長髪。

 背は170㎝を超えている。

 へそを出し、ぽかっと広がって裾がしまったパンツをはく姿は、まるで

踊り子のようだ。

 そして、なんといっても胸がでかい。

 これは魔性の胸だ。俺の視線が吸い寄せられる。


「ふ~ん」


 その女性は上から下、隅々まで俺をなめ回すように見ると、


「良い子そうね」


 そう一言呟き、じゅるりと舌なめずり。


 先ほどまで俺を魅了していた胸の効力が、一瞬でなくなった。

 なんだろう、この危機感。

 俺の大事な物が奪われそうな気がしてたまらない。


「私はミラ。この宿屋の店主よ」


「ノ、ノザキヒロトです」


「この子が変態ねぇ」


 へ、変態!?

 ちょ、違うんです。

 それには誤解があって……。


「ほんとかい、ティア?」


 ミラの背後から、今まで隠れていたのだろう、ティアが半分顔を出した。

 俺のことが怖いのか、まだ少し顔がこわばっている。

 しかし、今までのように鼻をつまむようなことはしていない。


「あなた、最近リッカの実を食べた?」


 リッカの実?

 ミラの唐突な質問に、数秒思考が滞る。

 が、俺はすぐに思い出した。

 あれだ、うんこの実って言われてるやつだ。

 リッカルドのあだ名の。


「いや、食べた記憶はないです」


「本当に? あの、もの凄く臭い実だよ?」


 そんなもの食べていない。

 まず、うんこの匂いがするものを誰が食べるっていうんだ?

 相当切羽詰まってても食べないだろ!


 ……。


 ……もしかして。


「リッカの実って、粉末状のものもありますか?」


「あるわよ。主に魔物よけでね」



「シャルル~~~!!!」


 俺はミラの脇を抜け、シャルルの部屋に勢いよく乗り込んだ。


「ひいぃ~!」


 このせいで、更にティアに嫌われることになるのだが、その時の俺は

全く気にしていなかった。


ーーーーーーーーーー


「あはははは!」


 シャルルは宿屋を出てから森に着くまで、ずっと笑っていた。


「リッカの実を、なめるって……ッ!」


 あの後、シャルルにあの件、つまり闘技場で俺に渡した物の中身、について

問いただした結果、リッカの実で正しいことが分かった。


 ……なんてこった。

 まさか、うんこの実をなめてしまうなんて。

 本当に最悪だ。


 だが、これで一つだけはっきりしたことがある。

 ティアは俺が臭かっただけで、俺のことが嫌いだったわけではないのだ。

 そこだけは、よかったと言えるな。


 ……うん。よかった、よかった。

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