第13話 不味い

 俺たちは今、リッカルドから買い取り手続きの説明を受けている。

 といっても、たいしたことは無い。


・手続きを終えた後、俺は人権を得ること。

・ノザキヒロトのこれからの行いに、闘技場は一切関係しないこと。


 これをリッカルドが長ったらしく説明しているだけだった。


 シャルルの腹が鳴り、俺がウトウトしてきた頃。

 突然、キンキンと石を叩いたような音が部屋に響いた。


「は、はい。こちらリッカルド」


 ポケットから拳サイズの石を取り出したリッカルドがその石に向かって応える。 


「おい、先に合い言葉だろ」


 ……!?

 なんだ、石から声が……。


「あ、そうだった。 竜の」


「頭。よし。

 リッカルド。今何してる?」


 すごい! これが異世界の電話か。

 一見ただの石だが、しっかりと声が届いている。

 どういう原理なんだろう?


「ノザキヒロトさんの買い取り手続きの説明をしています」


「そうか。

 それが終わったら、ブルヴァール3の7に来い。

 変死体が見つかった」


「……変死体。

 分かりました。すぐ終わらせてそちらに向かいます」


 変死体って怖いな。

 っていうかブルヴァール3の7ってなんだ?

 場所の名前か??


「なあ、シャルル。

 ブルヴァール3の7ってなんなんだ?」


 ぐう~~


「……腹で返事するなよ」


「しょうがないでしょ。

 お腹減ってるんだから」


 いや、さっきまでお菓子食べてただろ!




「……おい、リッカルド。

 まさかお前、客の前で通話してるのか?」


「し、してませんよ。そんなこと。

 ねぇ」


 ……俺たちに同意を求めたらダメだろ。


「バカヤロウ!!!」


「す、すいません!!!

 説明は終わったので、今すぐ行きます!!!」


 真っ青になるリッカルド。

 石をポケットにしまい、一枚の書類を慌てながら俺に渡すと


「どうしてあそこで喋っちゃうんですか!?」


 と、捨て台詞を吐いて部屋から出て行った。


 ……え、俺が悪いの??


ーーーーーーーーーー


 リッカルドがいなくなった後、俺たちは闘技場窓口へと向かった。

 渡された書類に、窓口で手続きをする、と書かれていたからだ。

 というか、この書類を初めから渡してくれたら良かったんじゃないか?

 そう思うぐらい、書類には買い取りについて分かりやすく書かれていた。

 俺は字が読めないので、全部シャルルに説明してもらっただけだが。


 ちなみに、ブルヴァールとはこの街の大通りを指す言葉らしい。 

 この闘技場につながる大通り6本を北から時計回りに1~6。

 この闘技場を中心に広がる円形の道を中心から順に1~10。

 この二つをくっつけて、現在地や目的地を伝えるのだ。

 日本の住居表示みたいなものだな。


 そんなことをシャルルから聞いてるうちに、俺たちは闘技場窓口に着いた。

 

「いらっしゃいませ。

 どのようなご用件でしょうか?」


 対応してくれたのは、ポニーテールがよく似合うメガネをかけた若い女性。


「こいつを買い取りに来ました」


「え!? ノザキヒロトさん!

 すご~い!! 試合見てましたよ!

 握手してください!!」

 

 差し出される両手。

 ええ!? まあいいけど……。


「わぁ、ありがとうございます~!

 もしよかったら、サインもいいですか?」


 差し出される色紙のようなものと羽ペン。

 えぇ~!? もう、しょうがな……。


 俺の体が凍り付く。

 シャルルのゴミでも見るかのような目が、俺に向けられていることに気づいて。


「ご、ごめん。サインはちょっと……」


「そうですか。残念です。

 それで、ご用件は?」


 あ、やばい。

 

「こいつを買いに来たって言ってるでしょ!!」


 予想通り、シャルルの怒りが爆発した。


「ひぃ、すいません!」 


 窓口の女性は半泣きだった。


ーーーーーーーーーー


「剣闘士は基本、買われるということがありません。

 皆が剣闘士に望むのは闘技場で活躍する姿であって、身近にいて欲しい存在ではないからです。何より、剣闘士を買うくらいなら冒険者を雇った方が安全でお得ですからね。なので、剣闘士を買うのは国の王族や貴族がほとんどなんですが……」


 そこで窓口の女性が椅子に座るシャルルを見る。


「あの人、冒険者ですよね?

 なにか事情でもあるんですか?」


「まあ、少し」


 シャルルはあの後「お腹減った」とだけ言って、窓口前の椅子に座ってしまった。

 つまり、手続きは俺がしろということだ。

 俺は順従に行動したが、一つ問題が生まれた。

 まだ1戦しかしていない俺は、買い取り価格が出ていなかったのだ。

 相場だと、俺の金額はだいたい金貨一枚前後らしいが……。


 なので、俺たちは闘技場の偉い人が俺の価格を決めるまで、待たなければならなくなった。そこで、俺はこの空き時間を利用して、闘技場の窓口の女性と話をしている。なぜかというと、一つ気になることがあったからだ。


 ……本当だよ!? やましい気持ちなんて微塵もないよ!?


「どうしたんですか?

 そんなに思い詰めた顔をして」


 ……この世界に来て初めて心配された気がする。

 この人が俺を買ってくれたら、どれだけ楽しい異世界生活になるだろうか。


 後ろを振り向く。シャルルと目が合う。

 「なにこっち見てるの」と睨まれる。


 なんなんだ、この差は!?


「だ、大丈夫ですか?」


「大丈夫です。ありがとうございます。

 あの、一つ気になることがあるんですが……」


「なんですか?」


「剣闘士って人気な職業なんですか?」


 女性の顔が曇る。


「うーん、難しいですね。

 1年前にいたジェイコブさん以外は、市民にまで人気な人はいませんね。

 でも、ノザキヒロトさんはそのジェイコブさんの再来だって今、話題になってるんですよ!」


 なるほど。俺は今、そのジェイコブって人の恩恵を受けているのか。


「ジェイコブさんは闘技場で負けなしだったんです!

 そして、なんといってもイケメン!!

 すっごくカッコよかったんです!!!」


 急に彼方を見る女性。

 ……うん。ジェイコブのことは好きになれなさそうだ。


「そのジェイコブさんは、バルムカザードの貴族に買われて冒険者になりました。

 闘技場の実績が考慮されて、いきなり冒険者ランク6としてデビューした時は、この街も大盛り上がりでしたね。

 ちなみに、ジェイコブさんのサインは最高で金貨1枚と取引されてたんですよ」


 へぇー。ジェイコブって人は凄い人なんだなー。

 ……イケメンじゃなければ尊敬してたかも。


 それにしても、冒険者ランクって言葉、久々に聞いた。

 いいなぁ、冒険者。夢が詰まってる。

 後で一度、シャルルに頼んでみるか。

 次はハンバーグを条件にしよう!


「あっ、ノザキヒロトさんの金額が分かりましたよ。

 ……えぇ!?」


 女性の手が震える。


「どうしたんですか?

 なにか不都合でも??」


「い、いえ。

 ノザキヒロトさんの価格が……金貨10枚なんです!」


 金貨10枚!? 確か、銅貨1枚が10円だから……。

 え? 日本円で100万円!?

 嘘だろ!?


「金貨10枚ね。……どうぞ」


 いつの間にか隣にいたシャルルが、腰の巾着から10枚の金貨を取り出す。


「え!? あ、はい。

 ……確かに金貨10枚いただきました」


 金貨を受け取り呆然とする女性。

 シャルルは相変わらずしかめっ面のままだ。

 あれ? でも一瞬、口元によだれが見えたような……。


「……すごい。

 ノザキヒロトさんはとっても愛されてるんですね」


 受付を去るシャルルを見ながら、女性が呟いた。

 いや、愛されてるのは俺じゃないですよ。

 たぶんエビフライっていう食べ物ですよ。


「ちょっと、エビフラ……

 じゃなくて、ヒロト! 早く行くわよ!!」


 ……ほらね。


ーーーーーーーーーー


 舞台は再び宿屋へ。


「さあヒロト、約束の時間よ!」


 生き生きとしたシャルル。

 この笑顔が常時発動していればなぁ。

 あ、ダメだ。よだれが出てる。

 こいつは本当に食のことしか頭にないな。


「ちょっとだけ待ってくれるか」


「へ?」


 一瞬で逆立つシャルルの髪。

 目には黒い光が宿り、指をパキパキと鳴らし始めた。

 やばい! 殺される!!


「しょ、食材がないんだよ!」


「なんだぁ。それなら買ってきなさいよ。

 ほら、お金も渡すから」


 あ、あぶねぇ! ちびりかけた。

 高校生にもなってお漏らしとかしゃれにならないぞ。


 不意に大銀貨1枚が宙を舞う。

 俺は慌ててそれをキャッチした。


「それで足りるでしょ?」


 1万円か。太っ腹だな。


「ちなみに食材は何が必要なの?」


「エビだよ。シュリンプ」


「シュリンプ!?

 ちょっと待って!!」


 え? どうしたんだ??

 もしかして、この世界ではエビを食べちゃダメなのか!?


「なにかまずかったか?」


「ええ、とてもまずい」


 ……マジか。

 じゃあ、ハンバーグにでも変更するか?


「この街のシュリンプはとても不味いわ」


 そっちの不味いかよ!?

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