第12話 決闘

 二回目の口げんかもシャルルの圧勝で終わった。

 見ていて悲しくなるほどに、王子はボコボコにされた。


「はぁ……」


 ガルムでさえため息を吐く始末。

 この人もいろいろ苦労しているんだな。


 俺は今度こそ王子に声をかけようとしたが、またもガルムに止められる。


「まあ、ここは俺に任せて」


 正直、とても不安だった。

 この人に任せたら、どう転んでも王子のバッドエンドになりそうな

気がしたのだ。

 だが、この人はこれでも王子の側近だ。

 そこまでひどいことにはならないだろう。

 そう思って、俺は任せることにした。

 それが間違いだった。


 ガルムが一歩前に踏み出す。


「なあ、お二方よ。

 このまま言い争いなんてしても埒があかない。

 そこで一つ提案なんだが……決闘で決めるのはどうだろう?」


 ……案の定だよ。

 これ、王子が物理的にボコボコにされるやつじゃん。

 ガルム的には、王子に現実の厳しさを教えてあげるつもりみたいだが、

相手が悪い。

 ガルムさんよ……。王子、死ぬぞ?


「いいじゃない。そうしましょ!」


 シャルルもこういう時に限って乗り気だ。


「うむ、なかなか悪くない提案だ。

 よし! ガルムよ。この不届き者を成敗したまえ!!」


「いや、決闘なんで王子が戦うんですよ」


「な、なんだと!?」


 見事な驚きっぷり。

 もしこれが演技なら王子、俺はあなたを尊敬しますよ。


「え? もしかして、女の私に負けるのが怖いの??」


「王子、そうだったんですか……」


 なんなんだ? この二人の息の合ったコンビネーションは。

 打ち合わせでもしていたのか?

 こんなあからさまな挑発になんか引っかかりませんよね、王子?


「そ、そんなことない!

 もちろん、余が戦うぞ!!」


 さすが王子。期待を裏切らない。


 だが、さすがにここまでだ。

 これ以上は引き返せなくなる。


「ストップ! ここまでです。

 ガルムさんもシャルルもふざけすぎです!

 決闘なんてしませんよ。王子も一度頭を冷やしてください」


 三人が面を食らった顔でぽかんとする。

 誰も俺が口をだすとは思っていなかったのだろう。


「ま、まあ、待てよ。

 決闘って言ってもお前が思うようなやつじゃないぜ」


「じゃあどんなやつなんですか?」


「こんなルールでどうだ?

 魔法なし、武器なし、殺しなし。

 降参するか、落ちた方が負け。

 審判は俺がする。危険があれば俺が止めに入る。

 これならいいんじゃないか?」


 ……魔法も武器もなしか。

 ガルムさんが止めに入るならおそらく王子に危険は無いだろう。

 そもそもシャルルは魔法なしで戦えるのだろうか?

 あれでも女性なのだ。

 案外、いい勝負になったりして。


「安心しろ、ノザキヒロト」


 王子が俺の肩に手を置く。


「余は国で武術を習っていた」


「本当ですか!?」


「ああ、三日もな!」


 ……王子、それ三日坊主っていうんですよ。


「それじゃあ決まりだな!

 場所は大通りで。そこなら負けた時のいいわけも出来ないだろ」


「よいぞ! 余の活躍が皆に知れ渡る!!」


 ……もういいや。どうにでもなれ。


ーーーーーーーーーー


「ルールは先ほど言ったとおりで……」


 俺は今、闘技場前の大通りにいる。

 王子とシャルルが相対し、その間にガルムが。ガルムの隣に俺が。

 そして、この四人を囲むように大勢の人々が興味本位で集まっていた。

 王子が「さあ、早く決闘を始めるぞ!」と大声で叫んだせいだ。


 はぁ。正直、どっちが勝っても嬉しくない。

 俺的にはもっとおとなしくて、礼儀正しい人に買って貰いたいものなのに……。

 できれば女性で、髪はロング。メガネをかけていても可!

 シャルルもその点は悪くない。凄い美人で、俺にはもったいないくらいだ。

 だが、性格がなぁ……。

 やっぱり、中身は大事だよ。本当に。


「お、始まるぞ」


 人混みの中からそんな言葉が聞こえてきて、ふと我に返る。

 気がつけば、ガルムは先ほど取り決めたルールを言い終わっていた。


「時間は無制限の一回勝負。

 準備はいいですか?」


 王子とシャルルが頷く。

 それを見てガルムが右手を空高く上げた。


「それでは……始め!!!」


 ガルムが合図とともに右手を振り下ろす。

 勝負は一瞬だった。


 開始の合図とともに、シャルルに向かって突っ込む王子。

 「うおお~!」という心許ないかけ声とともに、王子はぐるぐるパンチを繰り出した。

 小さい子がよくやるあのパンチだ。腕をぐるぐる回すやつ。


 どんな武術だよ!?

 と、ツッコミそうになった口を押さえる。 

 これでも一応、決闘だからな。


 シャルルはそんな王子の攻撃? を半身になって対処。

 王子の右手を左手で掴み、余った右手で王子のお腹を……。


「がはっ!!!」


 王子は力なくその場に倒れた。

 腹パンを華麗に決めたシャルルは汗一つかいていなかった。


 自然と沸き起こる拍手。

 決闘をたたえる拍手というよりは、シャルルの手際の良さをたたえた拍手だろう。

 その拍手を受けても、シャルルは顔色一つ変えなかった。


「あーあ、気絶してるや」


 いつの間にか、ガルムが王子の側に座っていた。

 王子の頬をツンツンとつついている。


「いや~、すまなかったな。買い取りの邪魔をして。

 まっ、王子にとってはいい経験になったと思うよ」


「それ、私には関係ないんですけど」 


「クハハッ! 確かに」


 ガルムは笑うと、白目になった王子を肩に乗せる。


「まあ、何はともあれ王子に付き合ってくれてありがとよ。

 またどこかで会えるといいな! それじゃ!」


 そう言うと、ガルムは王子を持ったまま人混みの中へ消えていった。


「べ~!」


 そんなガルム達に向かってシャルルが舌を出す。


 それを見た周りの人たちも次第に散っていき、各々目的の場所へと動き出した。

 「あの男、弱すぎだろ」「つまらなかったな」

 そんな言葉が聞こえてきて、俺は少し気分が悪くなった。


 もし戦っていたあの青年が王子だと知ったら、こいつらはすぐに手のひらを変えるんだろうな……。


ーーーーーーーーーー


「……!!」


 まただ。また闘技場の入り口で誰かが叫んでいる。

 何かあったのだろうか? 


 俺とシャルルは今度こそ買い取り手続きを済ませるために、闘技場へと向かっていた。

 といっても、5分とかからない距離だが。


 先ほどみたいに囲まれないよう、早足で闘技場前を駆け抜ける。

 次第に聞こえてくる叫び声。


「ノザキヒロドざ~ん! どこですが~~!!」


 なんと声の主はリッカルドだった。

 なぜか号泣している。


「リッカルド、何があったんだ?」


「うわっ! ってどこいっでたんでずか~~!!」


 泣きついてくるリッカルド。

 うわっ! 鼻水汚ぇ!!


「ノザキヒロトさんがまたいなくなるから、俺、また殴られたんですよ!!」


 あ、本当だ。たんこぶが二つになってる。


「ごめん、悪かった。

 また今度、お金に余裕ができたらなんかおごるよ」


「本当ですか! 

 分かりました。今回のことは許してあげます」


 ……こんなことで許してくれるのか。


「その代わり、今日はダメですよ。

 今日は母と食べに行く予定があるので」


 ……?


「え? お前の母親って、昔に刺されて死んだんじゃ……」


「何言ってるんですか。不謹慎ですよ。

 昔、刺されたことはありますが、ちゃんと生きてますよ。

 少し傷は残ってますがね」


「え、じゃあ、控え室で俺が聞いた話は……」


「嘘じゃないですよ。

 でも、母を刺した男は他の犯罪で捕まりました。その時に母の件の賠償金ももらいましたし、あ、犯人の名前はリグルドっていうんですけどね。あと、僕は自分の給料に納得がいかなくて、上司に喧嘩売りましたし……。

 まあ、ものは言いようですね!」


 一点の曇りもない笑顔。


「おごる話はなしだ」


「な、なんでですか~!」


「……ッ!!」


 今の話を聞いていたのだろう。

 シャルルは隠れて爆笑していた。


 そこ! 笑うな!!

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