第11話 王子

「ちょ、ちょっと待て。急にどうしたんだよ?」


「えっ? だって私の目的はもう達成されたし」


「目的?」


「ええ、異世界の料理を食べること」


 ま、まさかこいつ、異世界の料理を食べたいが為に、俺を買うつもりだったのか……。

 バカだろ! そんなことのために知らない男を部屋に上げるなんてどうかしてる。

 襲われでもしたらどうするんだ?


「ジロジロ見ないでくれる。気持ち悪い」


 ……こいつならボコボコにして追い返しそうだな。


「そういうことだから、新しい買い手でも探しなさい」


 彼女が先ほどティアが持ってきたクッキーの中で、

 こぼれなかったものを口に運ぶ。


「おいしい~!」


 幸せそうに食いやがって。

 いきなり見放された俺の気持ちを少しでも考えてみろ!


 はぁ、俺はこれからどうすればいいんだ。

 まさか、剣闘士として過ごしていかなきゃいけないなのか?

 嘘だろ!? 異世界に来て奴隷生活なのか!? 

 そんなの絶対に嫌だ!!

 なにか、なにか彼女が俺を買いたいと思えるものはないのか?

 俺が彼女にできること……。


「なあ、一ついいか?」


「どうしたの?」


 彼女のクッキーを運んでいた手が止まる。


「エビフライって知ってるか?」


「エビフライ? なにそれ??」


「外はカリカリ、中はプリプリ。エビにパン粉をつけて揚げた料理だ!

 もし、俺を買ってくれたら、そのエビフライを作ってやる!!」


 ……さすがに、こんな説明じゃ引っかからないか。

 もっとうまい言い方を出来ればいいんだが……。


「それって、フライドポテトより美味しいの?」


 あれ? こいつ、結構チョロい??


「ああ、美味しい」


「本当に?」


「俺はエビフライの方が好きだ」


 彼女がそれを聞いて、口元に手を当てる。

 どうやら少し悩んでいるみたいだ。

 どうする? ハンバーグも追加するか?


「うーん……分かった。あなたを買ってあげる」


 よっしゃー! 作戦大成功!!


「その代わり、エビフライが不味かったら容赦しないから」


 急に背中に走る悪寒。

 シャルルの鋭い目が俺を貫く。


 エビフライのことで殺気を放つなんてどうかしてる!

 今、確信した。こいつはグルメバカだ。


「よし! そうと決まれば、早くあなたを買いに行きましょう!」


 彼女はそう言って立ち上がった。


 ふぅ~。

 一瞬、俺の人生終わったと思った。

 こいつがグルメバカだったおかげで本当に助かった!

 これでやっと俺の異世界生活が始まる。

 前途多難なことに変わりは無いが奴隷生活よりはマシだな。


「ほら、何ボサッとしてるの。早く行くわよ!」


「……ああ、ごめん。

 そうだ! 君の名前を教えてくれないか?

 俺のことを買ってくれるわけだし」


「はぁ、しょうがないわね。

 シャルルよ。あなたはノザキヒロトよね」


「ヒロトでいいよ」


「ヒロト。分かったわ」


 そう言ってシャルルは部屋を出た。俺もシャルルに続き部屋を出る。


 少し未来に希望が見えて、俺は過去の失態をすっかり忘れていた。

 階段を下りたところで、忙しくフロアを駆け回っていたティアとぶつかる。


「うわっ、すいません」


「いや、こっちこそごめん。大丈夫?」


「あっ、へんたいさん……」


 ティアは自分の発言に気がついたのか、急いで口を押さえる。

 ついでになぜか鼻も。


「す、すびばせん!!」


 そのままティアは俺から逃げるようにその場を立ち去った。


「……ッ!!」


 俺の異世界生活、前途多難すぎる!


ーーーーーーーーーー


 宿屋を出てから、10分。闘技場が見えてきた。


「……!」


 闘技場の入り口で誰かが叫んでいる。


 闘技場前を行き来する人が多すぎて、叫び声がよく聞こえない。

 何か問題でも起こったのだろうか?


「いたぞ! ノザキヒロトだ!!」


 突如、目の前にいた知らないおっさんが俺の名前を叫んだ。

 それを皮切りに、俺の周りに人だかりができる。


「かっこよかったぞ!」「握手してください!」「次の試合はお前に賭けるぜ!」「サインお願いします!!」


 な、なんだ、この人たちは!?


 俺は一瞬で身動きがとれなくなった。

 人混みの中から突き出される無数の手には、握手を求める手からサインを求める手まで。

 俺はあまりの出来事に縮こまってしまった。


「次の試合はいつだ?」「記憶喪失ってほんと?」「試合、最高でした!」


 そ、そんな一気に言われても……。

 っていうか、俺、剣闘士やめるんだが……。


「やっと見つけた」


 突然、人混みをかき分けて、1人の男が人と人の間から飛び出してくる。

 その男は、俺の知っている人だった。


「リッカルド!!!」


「ちょ、その名前を大声で叫ばないでください!

 というか、今までどこに行ってたんですか!?

 あの後、ずっと探してたんですよ!!」


 まくし立てるリッカルド。

 そういえば、俺、ちょっと待っててって言われてたな。


「ごめん、ごめん。ちょっと用事があって」


「あなたのせいで、先輩に殴られたんですからね!」


 本当だ。頭にたんこぶが出来てる。


「とにかく! ほら、早く行きますよ!

 皆さんもどいてください!!」


 なにをそんなに急いでるんだ?


「なあ、抜け出したのは悪いと思うが、手続きってそんなに急ぐものなのか?」


「手続き? ああ、買い取り手続きですか。

 そんなことはどうでもいいんですよ」


 どうでもいいって、俺の人生に大きく関わることなんですけど!

 超大事なことなんですけど!!


「あなたを買い取りたいって、アブドヘルムの王子が来てるんですよ!」



 ……え? 王子??


ーーーーーーーーーー


「この部屋です」


 俺とシャルルは王子が待っているという、闘技場の応接間に通される。

 俺が人気なことがお気に召さないのか、シャルルは闘技場に着いてから、

 終始、機嫌が悪い。

 嫌な予感がする。

 というか、嫌な予感しかしない。


「僕は今から先輩を呼んできます。

 今度こそ、絶対に部屋から出ないでくださいね! 絶対にですよ!!」


「分かってるわよ。ほら、さっさと開けなさい」


 リッカルドは俺を見て、シャルルを見て、もう一度俺を見る。

 俺たちを信用していないことは明らかだったが、先輩が待っているのだろう。

 扉を開けると全速力で先輩のもとへ走って行った。


 応接間は、輝く金をメインとした豪華な部屋だった。

 高そうな家具が左右均等に配置され、床には赤と金をメインとした絨毯、壁には大きな絵画が飾られている。その絵画には、金の縁をもつ剣を片手に、遠く彼方を見つめる男性が描かれていた。誰かは知らないが、偉い人なのだろう。

 絨毯にはオリバーが胸につけていたワッペンと同じ柄のドラゴンが、精緻に縫い込まれていた。


 部屋の中央にある、ガラス張りの机を挟むようにして並べられたソファに、一人、ふんぞり返って座る青年。金髪の髪に碧眼の目。軍服のような服は、目立たないようにするためか、黒で統一されている。おそらく、この人が王子だろう。

 思っていたよりも若い。俺と同い年くらいだ。


 その青年の後ろには、側近だろうか、三十歳ぐらいの男性が立っていた。

 この人は王子と違い、少し煤けた服で、どちらかというと冒険者みたいだ。

 目が合うと、手を振ってきた。気さくな人なのかもしれない。

 俺は軽く会釈をして返す。


「だれなの。ヒロトを買いたいっていう奴は?」


 いきなりけんか腰のシャルル。

 これはダメだ。もう、相手が大人の対応をしてくれることを願うしかない。


「余がそうだが、何か文句でもあるのか?」


 ソファに座っていた青年はそう言って立ち上がり、鋭い目つきでシャルルを睨んだ。

 シャルルも負けじと青年を睨み返す。

 こうして、俺をめぐった戦いはメンチの切り合いで始まった。


ーーーーーーーーーー


「バーカ! アーホ! ブース!」


「バカって言ったほうがバカなんです~!」


「余は王子だからバカじゃありませ~ん!」


「余とか言ってる時点で、相当バカで~す!」


「な、なんだと~~!!」


 くだらない。

 二人は出会ってから、ずっとレベルの低い言い合いをしている。

 俺、この二人のどちらかに買われるんだよな……。

 胃が痛くなってきた。


「よお! ノザキヒロト、だったっけ?

 俺は王子の付き人をしているガルムというものだ。よろしく!

 闘技場の試合、見たぜ! いや~、いい試合だった」


 先ほどまで王子の後ろにいた男の人が話しかけてきた。

 王子がバカ呼ばわりされているのに笑っている。

 この人も、結構変わった人だな。


「ありがとうございます。

 それよりも、止めなくていいんですか?

 王子、今、半泣きですけど」


 シャルルに言いくるめられたのか、王子は服の裾をギュッと掴みうつむいていた。


「いいの、いいの。

 今回はこういう旅だから」


「どういう旅なんですか!?」


 思わず突っ込んじゃったよ!


「お、ノリいいねぇ!」


 ガルムが俺の背中をバンバンと叩いて笑う。


 この人が王子の付き人で大丈夫なのか?


 っていうか、王子、しゃがみ込んじゃったけど……。

 チラチラこっち、見てくるんだけど……。


 シャルルも王子をいじることが飽きたのか、

 ソファに座って机の上のお菓子を食べ始めた。


 なんだか王子を見てると胸が痛くなる。

 今の王子の姿は、昔の自分みたいだ。

 一人でずっと縮こまって。

 誰かに助けを求めようとしてもなぜか声が出ない。

 毎日が辛かった。


 だからこそ、声をかける意味がある。


「王子……」


「ストップ」


 俺が王子に向かって足を動かしたとき、ガルムが俺の体の前に腕を伸ばした。


「大丈夫」


「なんでですか!

 王子がかわいそうですよ!!」


 ガルムの顔が一瞬固まる。


「クハハッ! 君は優しいなぁ」


 ガルムはまた俺の背中をバンバンと叩いた。


「少し王子の話をしようか」


 ガルムが俺を見る。

 正直、そこまで興味が無いので長くなるなら話さなくていいのだが……。

 そんな雰囲気じゃなかったので、俺は頷いた。


「王子のあだ名はね、わがまま坊主なんだよ。

 言うことを聞かなければ、ああやってすぐすねる。

 あれが欲しい、あれが食べたい、あれがいい。

 そうやって、わがままばかり言うもんで、遂に王様、つまり王子の父親がぶち切れて、無理矢理旅に出させた。その性根を直してこいとね。

 それがこの旅なんだよ。

 まっ、あんまり変わってないようだけど。

 今でも夜な夜な、国にいる妹を思って泣いてるよ。

 あっ、この泣いてるは心配じゃなくて、寂しいだぜ」


 ガルムはまた「クハハッ!」と笑った。


 ……そうなのか。

 あだ名がわがまま坊主ってひどいな。

 うんこの次にひどい。

 だが、わがままだろうが俺は王子に声をかける。

 一人は思ったより辛いんだ。


 そう思って顔を向けると、王子はいつの間にかお菓子に手を出していた。

 シャルルがそれに怒り、また口げんかになっている。


「ほらな、大丈夫だろ?」


 俺は図らずも思ってしまった。

 ……めんどくせぇ。

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