異世界でスローライフを! いいえ、待っていたのは過酷な現実でした

甘党むとう

プロローグ

第1話 終わりと始まり


「……嘘だろ?」


 俺は彼女を見て絶句した。

 

 彼女も俺の存在に気づいたのか、体を反転させてこちらを見る。

 さらさらと揺れる長い黒髪に、10人中9人はかわいいと言うだろう整った顔立ち。ブレザーとスカートを着ているので、おそらく学生だろう。

 日常の俺には縁もゆかりもない美少女だった。


 そんな彼女が俺を見て一言。


「うわっ、最悪」



 ……。


 初対面の相手に最悪はないだろ!

 と、いつもの俺なら思っていただろう。

 だが、その日は違った。

 俺も彼女を見たとき、同じように最悪だと思ったからだ。

 もちろん、口には出していないが……。


 だって考えられるか?

 が被るなんて。



ーーーーーーーーーー



 ここは数年前から使われなくなった廃ビルの屋上。

 建てられた当初は、もちろん多くの事務所や飲食店がこのビルに店を構えていた。

 だが、立地の悪さからか、どこも経営不振が続き、数年と経たずして全て立ち退いてしまった。しかも怪奇現象が起こるという根も葉もない噂もたち、今では誰も近づこうとしない、筋金入りの心霊スポットとなっている。


 つまり何が言いたいかというと、この廃ビルは自殺をするのにもってこいの場所、ということだ。

 自殺が被ることがなければだが……。


 俺って結構、運が悪い方だと思って人生歩んできたが、これで確信した。

 俺、運悪いわ。

 

 今までの人生、不幸な出来事はたくさんあった。

 商品が目の前で売り切れたことは7回。

 自転車に釘が刺さったことは12回。

 祭りの最中に鳥の糞が頭に落ちてきたことは4回。

 ちなみに祭りには3回しか行ったことがない。


 とまあ、俺の不幸エピソードは星の数ほどあるが……。

 でもこれはない。普通、自殺は被らない。

 

「なにボーッと突っ立ってるのよ。早く消えて」


 しかも被った相手が口の悪いやつときた。

 いくら顔が良くても、性格がこれじゃあダメだな。

 はぁ。これはどうしようもない。


 ここで俺がとれる行動は三つある。

 一つ目、彼女の言う通り潔く消える。

 二つ目、彼女が飛び降りた後に飛び降りる。

 三つ目、彼女より先に飛び降りる。

 

 一つ目は、なんだか彼女の言いなりになったみたいで嫌なので却下。

 二つ目は、飛び降りる気が失せてしまいそうなので却下。

 つまり、俺のとれる行動は三つ目の彼女より先に飛び降りる、しかない。


 めんどくさいがやるか。


 俺は彼女に向かって歩みを進める。


「な、なんで近づいてくるのよ!?」


 彼女の拒絶する声に少し心が傷つく。が、歩みは止めない。

 サビだらけのフェンスを跨ぎ、彼女の隣に座る。

 ちらっと彼女の顔を見ると、ゴキブリでも見るような目でこちらを見ていた。


 やばい。肉体の前に心が死にそう。

 

「どうして自殺しようとしてるんだ?」


 俺は死にそうな心を奮い立たせて、なんとか言葉を絞り出した。


「なんで私が自殺しようとしてるって分かったの?」


 良かった。会話してくれた。


「その震えた足と真っ赤な目でこんなところにいたら、自殺しようとしてることぐらい分かるよ」


 急いで目と足を隠す彼女。

 なんだ、かわいいところもあるじゃないか。


「どこ見てるのよ、変態」


 前言撤回。全然かわいくねぇわ。

 

「で、どうしてなんだ?」


「なんで見ず知らずのあなたに言わなくちゃいけないの?」


 ごもっとも。それを言われたら終わりだな。


「分かった。じゃあ、俺、今から飛び降りるわ」


「ちょ、ちょっと待って!」


「何だよ?」


「その、あの……。

 あなたは? あなたはどうしてここに?」


 なんだ? 自分は言わないが、お前は言えだと?

 よし、作戦通りの展開だ。


「俺も死にに来たんだよ。

 そうだなー。あれは小学四年生の頃」


「前置きはいいから、簡潔に話して!」


 こいつわがままだな。

 まあいい。


「俺のクラスでいじめが始まってさ。

 参加しなかったら、今度は俺がいじめられたよ。

 小、中といじめられ、高校はいじめられないようにと、進学校へ行ったらいじめの主犯グループも同じ学校だった。なんでああいう奴らって賢いんだろうな。まあ、賢いからばれないようにいじめができるんだろうけど。

 だから、未だに殴られ蹴られの毎日。

 こんな人生なら死んだ方がマシかなって。

 ……理由はそんなところか。

 あっ、あと母親が失踪した」


 彼女の反応を見ることなくまくし立てる。

 下手な同情や哀れみは受けたくなかったからだ。

 だが、彼女の反応は予想していたものとは違った。


「わかる!!!」


 いつの間にか俺の隣に座った彼女。

 先ほどより表情が少し明るくなっていた。


「そうだよね!!

 いじめをする人たちって、こっちが告げ口したりできないようにいじめをするんだよね。

 わかるなぁー、その気持ち」


 あれ? 思っていたより食いつきがいいぞ?


「いじめられていた子とは仲良くなれたの?」


「あー、俺が拒否した次の日に転校した」


「えっ?」


「転校は決まっていたらしい。

 だから、俺が拒否したときは、拒否しちゃだめって怒られたな。

 たぶん俺が次のいじめの対象にならないようにしたかったのかもしれない。

 連絡先も聞いてないし確かめてはいないけど。

 ……ダサいよな。いじめを止めもしなかったくせに、参加はしないなんて。

 しかもいじめられて自殺しようともしてる。

 本当、笑えるよ」


 自然と口から溢れ出る言葉の数々。

 ん? 今の俺、すごく惨めじゃね?


「そんなことないよ。きっとその子も嬉しかったと思うよ。

 ……だって、私だったら嬉しいもん」


 あれれ? なんか目頭が……

 どういう展開、これ?


「それでお母さんが失踪したって……」


「え、ああ。そのまんまの意味だよ。

 俺の家は母子家庭でさ。母さんは夜に働いてたんだ。

 顔を合わす機会は少なかったが、それでも俺が作ったご飯は食べてくれたり、お金を机の上に置いていてくれた。

 でも、それもなくなったよ。

 俺のいじめで母さんも他の母親たちとうまくいってなかったみたいだし、高校生なら1人でも大丈夫だとでも思って、新しい男作ってどっか行ったんだろ」


「そっかぁ……」


 めっちゃ悲しそうな顔してる。

 まてまてまて。そんなつもりで言ったんじゃないんだ。


「ほらっ、俺は言ったぞ!

 お前はどうなんだ?」


 彼女の目に少し陰が入る。

 その目はよく見たことがある目だった。


「私は中学一年生の時。

 私のクラスにもいじめられていた子がいたの。

 私はその子を庇った。いじめは良くないって。

 そしたら、私がいじめられちゃった。まあ、当然よね。

 それから一週間がたった頃、元々いじめられていた子が私をいじめ始めた。

 それは強要されていることで、本心じゃないのは分かってた。

 でも、繰り返し私をいじめていくうちに、彼女は変わっていった。

 私をいじめて笑うようになったの。

 その笑顔を見たとき、私は何を信じていいか分からなくなっちゃった」



 ……かける言葉が見つからない。

 想像以上に話が重いぞ、これ。


 うつむく彼女。

 流れる黒髪の隙間から見える彼女の目を見て、俺は気づく。

 彼女の目が俺と同じ目をしているということに。

 覇気の無い、生きることに絶望した目。


 胸がキリキリと痛む。

 なにか、なにかないのか!?


「君は……うん、間違っていない。君は正しいことをしたんだ。

 君がどれだけ勇気のある行動をしたか、俺には分かる。

 それは絶対誇っていいことだ!」


 ……なんで上から目線なんだよ、俺。

 もっといい言い方があっただろ!?


「フフッ、ありがとう。

 でも、上から目線はちょっとだけ気になったかな」


 彼女が俺をからかうように笑った。


 少し自分の顔が赤くなるのを感じる。

 気の利いたことを言えなかった恥ずかしさのせいか、笑った彼女がちょっとだけ可愛かったからか、原因は分からない。

 たぶん前者が原因だろう。うん、絶対そうだ。


「なんだか自殺する気、失せちゃったなぁ」

 

 そう言うと、彼女は急に立ち上がり手を差し伸べてきた。


「私は佐倉さくらひかり。君は?」


野崎のざき優人ひろと


 差し出された手を握る。


 女子の手ってこんなに柔らかいのか。

 だめだ。急に緊張してきた。


「そういえば、今、高校何年生なの?」


「高2だ。君は?」


「中3」


「年下!?」


「そうだよ。よろしくね、先輩!」


 嬉しそうに笑う光。


 こいつ、年下だったのかよ!?

 ……やられた。後輩にこんな恥ずかしい姿を見せてしまうなんて。


 くっそー、ニヤニヤしやがって。





「わっっっ!!!!!!!」





 その声は突然、屋上の入り口から響いてきた。

 驚きながらも、その声の響いてきた方向に顔を向ける。


 そこには、スマホを持つ見知らぬ男がいた。

 どうやら、俺たちのことを撮影していたみたいだ。


 よし。ここは一つ先輩らしいところを見せるチャンス。

 あの男をガツンと叱ってやろう。


「きゃぁ!!」


 その声を聞いた瞬間、俺の心臓は縮み上がった。

 冷や汗が全身から溢れ出て、まるで時間が止まったかのように景色がスローモーションになる。

 

 ……嘘だろ?


 とっさに左手を伸ばす。


 お願いだ、とどいてくれ!!

 

 長い長い時間の果てに、左手には柔らかい感触が。

 しかし右手には何の感触もなかった。

 それでもよかった。左手さえ届けば。


 俺は光の代わりに、ビルから落ちていった。



ーーーーーーー



 死んでしまった。

 意外と痛みはなかった。

 死ぬ時って一瞬なんだな。突然、目の前が真っ暗になってビビったよ。

 手足は……動かせている気がする。


 っていうか、なんかポワポワと浮いてるんですけど!?

 俺は生まれ変わったのか?

 それともここは死後の世界なのか?

 だとしたら暇だなぁ。何にもすることないじゃん。

 生まれ変わったら穏やかで楽しい人生を送りたいと思ってたけど、この状況は嫌だな。

 これなら、生きてる方が良かった。


 ……別に光に会いたいわけじゃないよ。

 こんなに暇だって知らなかったし、今なら光に先輩面できるなんてみじんも思ってないし。

 

 ……誰に話しかけてるんだろ、俺。


 フッ


 突然、俺の体が重力に支配される。


「ごへぇ!!」

 

 いってぇー!?

 なんだ? 急に地面にたたきつけられたぞ。

 おかげで変な声が出てしまった。


 あれ? ここどこだ??

 森、か? いや、これはもしかして異世界??



 絶対そうだ!! 休み時間の図書室でよく読んでたやつだ!!!

 たしかチート級の能力が備わっていて、それでハーレムを築くもよし、

無双するもよし、スローライフを送るもよし、なやつじゃん。最高だな!


 よし、決めた。この世界ではスローライフを送ろう。

 前の人生は少しハードモードだった。

 この新しい人生はちょっとぐらい楽していいはずだ。

 そうと決まれば、まずこの森を抜けて街を探さなければ。


 ガサガサッ


 きたきた! イベントだ!!

 これはゴブリンみたいな弱いモンスターか、美女の二択だな。


 待てよ、美女がゴブリンに襲われているパターンもあるか。

 さあ、どっちだ!?


 

「ヴォアーーーーーー!!!!!!!」



 熊でした。二メートルもある熊でした。

 俺の新しい人生、開始1分で終了のお知らせです……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る