第一章 地位確立

第2話 異世界も甘くない

 異世界といえば、主人公は最強であるべきだ。

 俺はこの意見を提唱する。でなければ、今のこの状況をどう説明するんだ?



「ヴォアーーーーーー!!!!!」



 二メートルもある熊が、俺の目の前に二足で立っていた。


 廃ビルから落下して異世界に来た俺だったが……。

 異世界に来て最初に出会うのが、巨大な熊っておかしくね?

 百歩譲って、森からスタートするのは分かる。

 でも最初に出会うのは雑魚モンスターか美女が定番だろ?

 俺、恐怖でちびりそうなんだけど。


 雄叫びとともに、熊の口から飛び散ったツバが服にかかる。


 臭! この熊のツバ、臭!!

 

 もうどうすればいいんだ。臭いし怖いしガン見されてるし。

 この熊、俺のこと逃がす気、絶対ないよ。


 四足歩行になった熊と視線が重なる。


 そういえば、こんな時は目をそらしちゃいけないんだっけ?

 このままゆっくり下がってみるか。


 


 ……距離が開かない。

 俺が一歩下がれば、熊も一歩近づいてくる。


 しかもよく見ればこの熊、目は赤いし、額と手に石がめり込んでるしで、普通じゃない。


「ヴーーーー!!!」


 あー、マジで怖い。よだれめっちゃ垂れてるし。

 やっぱり倒すしかないよなぁ。


 熊の怖いものって何だ? 火とか?

 でも、ライターとか持ってないし。いや、そもそもライターの火じゃ意味ないか。

 何か、火が出せるものとかないのか?

 


 って、俺の手、燃えてるーーー!!!


 煌々と赤く輝く両手。手を包み込むように燃える火から不思議と熱さは感じない。


 えー? そんなことある?

 いや、待てよ。これが異世界クオリティなのか。さすが異世界!

 やっぱり異世界では最強なんだよ、俺。

 ここはあの熊に異世界人の恐ろしさってやつを見せてやりますか!!


 俺は両手を前に突き出した。


 イメージは火の玉。

 両手から放出してあの熊にぶつける。

 頭に当たれば倒せるだろ。

 問題は魔法名だ。

 そうだな……。

 試しにファイヤーボールって叫んでみるか!


「ファイヤーボール!!!」


 両手から、バレーボールぐらいの大きさをした火の玉が放出される。


 おおっ! いいぞ!!


 それは見事にまっすぐ……熊にあたりはしなかった。

 彼方へ飛んでいく、俺の渾身のファイヤーボール。


 あれ? 結構、難しいな。


 熊は少し怯んだみたいだが、すぐに体勢を立て直していた。

 俺は慌ててファイヤーボールを放つ。


「ファイヤーボール! ファイヤーボール! ファイヤーボール!」


 ヒュン、ヒュン、ヒュン。

 もちろん、どれも当たらない。


 やばい、やばい、やばい!

 大ピンチだ!!


 熊はもう突進の準備を終えている。


 これがラストチャンス。


 俺は両手に意識を集中させた。

 両手に力がどんどん溜まっていく。 ……気がする。



 熊が動いた。


 ここだ!


「くらえ!! ファイヤーボール!!!」


 俺と熊の間をファイヤーボールが駆け抜けていく。

 それは見事な軌道で、熊の顔面に直撃し爆発が起きた。

 熊の周りを黒煙が覆う。


「どうだ、みたか!!」


 我ながら完璧だ。タイミングも軌道も、全部想像通り。

 もうファイヤーボールは修得したといっても過言ではないな。

 って、あれ?


 突然、目の前の煙が晴れ、熊が飛び出してきた。

 煙をはらう熊の顔にダメージは見当たらない。

 

 もしかして、魔法が効かない感じ?


 熊は再度、突進の構えにうつる。

 俺は悟った。これはもう無理だと。


 神様、あなたはいったい俺のどこがそんなに嫌いなんですか?


 熊が突進を放つ。俺と熊の距離は一瞬で縮まっていく。


 教えてください。お願いしま……。



 ヒュン!


 

 ドゴッ!!!



 熊のが俺の背後の木に勢いよく激突した。

 頭を失った体は、慣性の力で多少進みはしたものの、前足から崩れて俺の目の前で静止する。

 


 なにが起こったんだ???

 


「ちょっとあなた、何してるの!?」


 右の茂みから突然、響く声。

 その方向に顔を向けると、そこには1人の女性がいた。

 赤に近いピンク色の髪が印象的なその女性は、かわいい顔とは裏腹に、怒りからか顔が鬼の形相だ。


「早く火を回収しなさい!!」


 火を回収? どういうことだ?

 彼女が指さした方向を見る。


 

 ……やってしまった。


 目の前には、ごうごうと燃える森。

 森が燃えている原因は明確だ。

 そう、俺のファイヤーボール。

 あの外しまくったファイヤーボールだ。


「ほら、早く! 魔力還元をして!!」


「魔力還元?」


「え? もしかして出来ないのに火の魔法を使ったの?」


「……はい」


 消え入りそうな返事。ああ、俺ダサすぎる。


 彼女はその返事を聞くと、何も言わずに燃えさかる森に近づき、両手を空に向かって突き上げた。一瞬、俺をゴミでも見るかのような目で見たことは勘違いだったと思いたいが……。

 突然、燃えている森をすべてカバーした円盤状の水が、上空に出現する。

 彼女が少しずつ両手を下げると、水もそれに呼応するかのように下がっていく。



 1分ほどで、森を燃やしていた火は消えてなくなった。


「……すごい」


 思わず感嘆の声がこぼれる。

 だが、彼女はニコリともしない。


「ロックベアは私がもらうわよ」


「ロックベア?」


 彼女は俺の返事を聞く前に、熊の解体作業にとりかかった。

 冷たい態度が俺の心をえぐる。


 確かに森を燃やしたのは悪かった。

 でも、俺だって生死がかかってたんだ。

 もうちょっと優しくしてくれてもいいんじゃないか?

 

 しかし、その数秒後、そんな俺の甘い考えは一瞬で吹き飛んだ。

 それは彼女がツンデレだったから、とか、ラッキースケベに出会ったから、

とかではない。


 熊の解体作業が想像以上に凄かったからだ。


 彼女が両手を体だけとなった熊へ突き出す。

 すると、ヒュン、ヒュンという音とともに、熊が部位に分かれてきれいに分けられていった。さまざまな臓器、大きな筋肉、真っ赤な血。


 うっぷ。想像以上にグロくて吐きそう。


 あの二メートルもあった熊の解体作業は、五分もかからなかった。

 彼女は分けた肉と皮を、腰につけていた野球ボールほどの巾着へ入れていく。

 あきらかにサイズがおかしかったが、巾着に近づくと肉も皮も巾着の中に吸い込まれていった。

 

 さすが異世界。便利だなぁ。

 吐き気をもよおす口を押さえながら、感心する。


 全ての部位をあの魔法の巾着に入れ終わったのか、また彼女が近づいてくる。


「とりあえず、あなたを締罰隊ていばつたいに連行するわ」


 え、締罰隊? 連行??

 俺の第二の人生って犯罪者なの?


 彼女はあの腰につけた巾着から長いロープを出して、俺の両手を縛りあげる。


「うっ。あなた臭いわね」


 もうこれ以上、俺の心を傷つけないでくれ。


「少しじっとしてて」


 彼女はそう言うと、両手から生み出した水を俺の体に付着させた。

 すると、その水が俺の服や体についた熊の血を吸収していく。

 初めは小さかった水も、血を吸収したからかどんどん大きくなっていく。

 一通り吸収し終えると、水は彼女の手に戻っていった。

 そしてなんと、水が消えて血の塊だけが彼女の手に残った。


 もしかして、これがさっき言ってた魔力還元なのか?


 彼女は相変わらずしかめっ面のまま、その血を放り投げ歩き始める。

 それにつられてロープで縛られた手が引っ張られた。


「ほらっ! しっかり歩いて!!」


 怖い!


 俺は静かに、彼女について行く。


「ちなみに逃げようとしても無駄だから。

 ロックベアごとき倒せないようじゃ、私には勝てないわよ」


 え? あの熊って、弱い方なの? 

 この異世界、ハード過ぎない?


ーーーーーーーーーー

 

 静寂の時間が続く。

 聞こえる音と言えば、木々がこすれ合う音だけ。

 次第に辺りも暗くなってきた。



 森の中を三十分ほど歩いただろうか。


「あなた、どこから来たの?」


 突然、こちらには一切顔を向けずに、彼女が問いかけてきた。


「え!?」


 どうしよう。正直に異世界から来ました、と答えるべきか?

 いや、これ以上、心証を悪くしたくない。そう考えるなら……。


「あっちから来ました」


 俺は縛られた手で、進んでいる方向を指さした。


「ああ、闘技場の街ね」


 よかったーーー。街があった。

 進んでいる方向を指さす博打は成功だ。

 

「あのー、1ついいですか?」


 ここは質問できるチャンス。


「なに?」


「俺、この後どうなるんですかね?」


「……良くて賠償金。悪くて裁判ね」


 俺の異世界生活、さっそく詰みました。

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