第3話 闘技場の街
森の中を歩くこと一時間ほど。俺たちはようやく森を抜けた。
ああ、少しずつ街に近づいている。
「なに止まってるの! 早く行くわよ!」
ううっ。結局、日本でも異世界でも扱いは変わらないのか。
いや、日本では死にかけたり犯罪者扱いされたりしなかったから、日本の方がよかったかも。
失って初めて気づいたよ、日常のありがたみを。
そんな、もうどうしようもないことを考えていると、あっという間に街に着いた。
街は高い石の壁に囲まれており、入り口はテーマパークにあるような楕円形のアーチになっていた。
出入りに制限はないのか、人や馬車が自由に行き来している。見たところエルフや獣人のような異世界ならではの種族は見当たらない。
この世界に異種族はいないのか?
そんな疑問が頭をよぎる中、俺は手を縛られたまま、街の入り口のアーチをくぐり抜ける。すると目の前に中世ヨーロッパのような街並みが出現した。
「おおっ!」
石畳の床がまっすぐ延びる横に、これまた石で作られた家が建ち並ぶ。
日が暮れて、暗かった森や草原とは一変、街中は光輝く街灯が立ち並び、まるで昼間のように明るい。
今日は祭りでもしているのだろうか、道には屋台が数多く設置されており、多くの人で賑わっていた。
そんな人混みの中を、彼女は臆することなく進んでいく。
俺は手を縛られているのがばれないように彼女にピッタリと近づいて歩いた。
この人は両手を縛られた人と一緒に歩いて恥ずかしくないのだろうか?
騒がしい街中を歩いていると、不意にある話し声が聞こえてきた。
「くっそー! 負けた負けた」
「また闘技場に行ったのか?」
「リドリスの野郎、また負けやがったんだよ。やっぱ奴隷上がりはだめだな」
……嫌なことを聞いてしまった。
どうやらこの世界には奴隷制度があるらしい。
しかもそれで賭けをしているみたいだ。
いろんな意味で気分が悪くなる。
「よー、シャルル。そいつは賞金首かい?
よかったらおごってくれよ」
突然、人混みの中から彼女の知り合いらしき人が飛び出してきた。
年は二十代後半ぐらいだろうか。背中にさした大剣と動きやすさ重視の服が、その男の職業を表していた。おそらく冒険者的なことをしているのだろう。
男は彼女の肩に手を回そうとするが、彼女はそれを払いのける。
「違うわよ。私、急いでるから」
「つれないこと言うなよ」
「ついてきたら、ぶっ飛ばすわよ」
「おおー、こわいこわい。
兄ちゃん、こいつを満足させるのは難しいぜ」
え?
「そんなんじゃないわよ!」
男はヒョイと彼女の蹴りをかわす。
「また今度、飯でも食いに行こうぜ!」
そう言って男は、彼女の肩を軽くたたいて人混みの中へ消えていった。
彼女も、何事もなかったかのように進んでいく。
どなたか存じないがこの女性の知人よ。
俺は今、連行されている身なんだ。
これから彼女を満足させるような展開には99%ならないと思うよ。
え? なんで100%じゃないかって??
1%ぐらい夢を見たっていいだろ?
ーーーーーーーーーー
それから歩くこと十分ほど。
彼女が急に立ち止まった。
どうやら目的の場所に着いたみたいだ。
そこは、周りにある建物とは一線を画していた。
窓に貼られた無数の紙に、大きな看板。それに反して、建物自体はくすんだ白色なので全く目立っていない。しかも、ここだけ正面に屋台が設置されていなかった。
「いくわよ」
彼女が扉を開けて入っていく。
もちろん、俺もその後につづく。
中はシンプルな作りだった。カウンターに待合室が一室。そんな感じだ。
カウンターの奥にも部屋があるようだが、当然俺たちには関係ないだろう。
運がいいのか悪いのか、対応待ちをしている人はおらず、俺たちはまっすぐカウンターに向かった。
「どうなさいましたか?」
二十歳ぐらいの若い男性がカウンター越しに対応する。
「この人」
前に突き出される俺。
「魔力還元も出来ないのに、火の魔法を森で使ったんです」
「被害は!?」
慌てる男性。
「私が鎮火しました」
「よかった~~。ご協力感謝します。
それでは身元確認をしますので、そこの椅子に座ってください」
俺は促されるまま、男性の正面の椅子に座った。
もう逃げられないな。
まあ、初めから逃げる気なんてなかったが……。
「あなたも、念のため残ってもらっていいですか?」
受付の男性が彼女に問いかける。
彼女は一つため息をついたが、反論することなく近くの椅子に座った。
「ありがとうございます。
それでは、質問していきますので正直に答えてください」
うう、始まってしまった。
「あなたの冒険者ランクはいくつですか?」
……早速、答えられないやつだ。
……どうしよう。
「えーと。その、冒険者ランク? は、ないっていうか、ゼロっていうか」
「え? 登録してないんですか?」
驚く男性。
「じゃあなぜ森に??」
もちろん、それも言えない。
廃ビルから落ちたら、いつの間にか森にいましたなんて言っても信じてもらえないもんなぁ。
「あー。……成り行きで」
「どんな成り行きですか!?」
おおっ!
素晴らしいツッコミだ。
この世界にも、もしかしたら芸人という職業があるのかもしれないな。
「はぁ、わかりました。では次の質問にいきます。
家族はいますか?」
えーっと。
いるけど、いない。
っていうか、俺、捨てられたんだった。
「いません」
「いないですか。
うーんと。えー、……人ですか?」
「人ですよ!!!」
なんだ!? 急に失礼な奴だな。
絶対に今のマニュアルにないやつだろ!
「ですよね~。じゃあ、異世界から来たとか?」
……。
なんだって!?
「いや~、先輩が言ってたんですよ~。
数年に一度、俺は異世界から来た~ってやつが現れるって。
そんなわけないですよね。あの人、ほんとバカなんだよな~」
「異世界から来ました!!!!!」
「嘘でしょ!?」
意外にも、驚きの声を上げたのは、後ろでおとなしく座っていた彼女だった。
「だって、あなた。この街から来たって……」
男性は展開についてこれないのか、頭をかいていた手が止まる。
「いやー、あれは嘘っていうか。
あんなところで言っても、変人扱いされるだけだろ?」
彼女の顔が固まる。
開いた口はマルのままだ。
生まれる静寂。
……気まずい。
……今更だけど、この人すごい美人だな。
ゆっくりと見る機会がなかったから気づかなかったけど、長いまつげにすらっとした鼻筋、顔の大きさに反した大きな目。俺、こんな人と歩いてたのか。
……両手縛られてたけど。
って違う、違う。今はそんなことどうでもいいんだ。
「悪かったよ、嘘ついて。
でも、こんな状況じゃなきゃ言えないだろ? こんなこと」
やっと正気に戻ったのか、彼女が開いた口を閉じる。
そして、こちらに向かってズカズカと歩いてきた。
あれ? 嘘ついたことそんなに怒ってる?
と思ったが、彼女は俺に見向きもせずに、未だ展開についてこれていない男性に向かってまるで脅迫でもしているかのように叫んだ。
「すいません! この人、私が引き取ります!!」
男性が数秒固まる。
むりもない、俺だったらちびってる。
ちらっと見えた彼女の表情はまさに鬼。
一瞬、頭に角が見えたぐらいだ。
正直、今、どういう展開なのか俺自身よく分からない。
だが、この際だ。捕まらないのであれば何でもいい。
やっと俺の異世界生活にも光明が見えてきたぞ!
「できません」
「「えっ?」」
今なんて言った? 声が小さすぎて聞こえなかった。
「引き取りは出来ません!」
なんでだよ!?
身寄りもないんだ、別にいいだろ?
「なんでよ!?
別にいいでしょ? こんなドジそうな男」
そうだ! そうだ! もっと言ってやれ!!
あれ? 悪口入ってない?
「この何の取り柄もない、アホ面の男よ?
こんな奴、他の誰も引き取らないわよ?」
おい、泣くぞ。本気で泣くぞ。
異世界人だって、人の心を持ってるんだぞ。
「それでも、……できません」
おい、それでもってなんだ?
お前も俺が何の取り柄もないアホ面に見えてんのか??
「なんで、こんなアホを……」
教えて。俺のどこがだめなのか教えて。本気で直すから。
「彼には、……剣闘士になってもらいます!!!」
「「剣闘士!?」」
ってなにそれ?
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