第8話 彼女の目的

 やっべ~! 緊張してきた!!


 闘技場を出て、街中を歩く俺と彼女。

 この街に来たときも彼女と2人で歩いたが、今回は前回と違って手を縛られていない。というか手をつないでいる!


 やっぱり、異世界といえばハーレムだよな!

 異世界最高!!


ーーーーーーーーーー


 期待に胸を膨らませて歩くこと10分。

 俺は彼女が泊まっているという宿屋に着いた。

 その宿屋は、木の柱とセメントだけで建てられていて、ザ・ファンタジー、そんな感じの建物だった。ちらほらと見える窓に、三角の屋根。看板には……字が読めないのでよく分からないが、スカートをはいた女性のシルエットが描かれている。


 彼女が入り口の扉を開けて宿屋の中に入っていくので、俺も後をついて行く。

 中は想像とは違い、1階が飲食店になっていて、大きな丸いテーブルと小さな椅子がいくつも置かれていた。まだ昼にもなっていないというのに、すでに酒を飲み、騒いでいる人がちらほらと見える。


 そんな中、あくせくとテーブル間を動き回る女の子が1人。

 白いエプロンを着けているのでおそらく給仕係だろう。

 その女性が俺たちがお店に入ってきたことに気づきこちらへ駆け足でやって来た。


「お帰りなさい、シャルルさん!」


 笑顔で挨拶する給仕係。俺の世界だと中学生くらいか。

 くりっとした目に、愛くるしい笑顔。背も低く、かわいいという言葉が

よく似合う。しかし、彼女の魅力はそこではなかった。

 なんと、彼女の頭から猫耳が突き出していたのだ。


 ショートヘアと猫耳……。破壊力がすさまじい。

 これだよ、これ! これでこそ異世界だ!!


「ただいま、ティア」


 彼女が今まで見せたこともない優しい表情で返す。

 あれ? 誰だこの人?


「ミラさんはいる?」


「奥で料理を作ってます! 呼んできましょうか?」


 彼女との会話が楽しいのか、ティアと呼ばれた子の尻尾が左右に大きく揺れる。

 今気づいた。ここの客はみんなこの子目当てだ。

 誰もが酒を飲むのも忘れて、こっちを見てる。


「ううん、大丈夫。

 この人は私の客だから。それだけ伝えてくれる」


 そんな状況を気にもとめず、彼女はティアに俺を紹介した。


「野崎優人です。よろしく」


 渾身のスマイル。

 別にこの笑顔に他意は無い。

 この子と仲良くなれたらいいな、

 なんていう浅はかな考えなんて決して持ってない。


 ティアと呼ばれた子は、俺のことを吟味でもするかのように数秒感見つめた後、

なぜか苦虫でも噛みつぶしたかのような表情をして一言。


「……分かりました」


 ぐはっ!!

 

 やめて!

 君みたいな純心そうな子にそんな顔されたら、もう俺は生きていけない。


「……ッ!」


 おい、そこ! 笑うな!!


「そ、そういうことだから。ミ、ミラさんによろしくね。

 ……ッ!」 


 彼女は必死に笑いを堪えながら、階段へと向かう。


 なんでだ? 俺が何かしたっていうのか?

 いや、このままでは終われない。いや終わらせない!


「じゃあね!」


 もう一度、恥も外聞も捨てた渾身のスマイル。

 これでどうだ!!


「……よろしぐです」


 ティアは鼻をつまみながら挨拶してくれた。

 そう、挨拶はしてくれたんだ。

 

 これ以上無い引きつった顔で。


「……ブフッ!!」


 そこっ!! 笑うな!!!


ーーーーーーーーーー


「はぁー、面白かった」


 彼女が目に溜まった涙を拭きながら、椅子に座る。

 何一つ面白いことはなかったが、俺も涙を拭く。


 おかしい! 異世界なら俺はモテモテのはずだろ!!


「ティアがあんな顔するなんて。……ッ!!」


 まだ笑うのか!!


「はぁー、そうだ。そろそろ本題に入らないと」


 彼女の表情から笑顔が消える。


 そうだ!

 俺は強引にここに連れてこられてたんだった。

 さっきの出来事がショック過ぎて忘れてた。


 彼女と視線が重なる。


 ……これってあれだよね。

 男女が部屋で二人きりなんて、あの展開しかないよね!

 ああ、……やばい。

 心臓の音がどんどん大きくなる。ダメだ、息苦しくなってきた。

 っていうか俺はどんな行動をとればいいんだ?


 ……もっと調べておけば良かった。


「あなた、異世界から来たのよね」


「……はい」


 ……ゴクリッ。


「じゃあ異世界の料理、作って」



「……はい?」


「異世界の料理よ! 何か作れるでしょ!!」



 ……なるほど。こいつは異世界の料理が食べたかったのか。

 なんだ。エロい展開は俺の思い違いか。





『ふっざけんなぁーーー!!!

 散々期待させといて、料理だと!? そんなの下の階で適当に食ってこい!!

 俺は頑張ってロックベアを倒したんだぞ!!!

 なのに料理作れだって!? 作業するのは結局俺じゃねぇか!!!』


 と心の中で叫ぶ俺。

 これを口にするほど、俺もバカじゃない。

 そう、なぜならこれは、俺の勝手な勘違いなのだから。


 ……。


 それでもさ、正直、付き合ってくださいぐらいはあるかなと思ってたよ。


「早くしてくれない!」


 うおっ!

 そんなに睨むなよ。

 ちょっとぐらい現実を受け止める時間をくれ。


「はぁ、しょうがないわね」


 彼女がおもむろに立ち上がる。


「もし、あなたが私を満足させることが出来たら、

 一つだけ、何でも言うことを聞いてあげるわ」


「今、なんて言った?」


「だから、私を満足させることが出来たら、

 一つだけ、何でも言うことを聞いてあげるって言ったのよ!」


「絶対だからな!!」


 俺は急いで料理にとりかかった。

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