第7話 これが異世界クオリティ!

「この記憶を失った少年がロックベアを倒すと誰が予想できたでしょうか!!

 お見事! ノザキヒロト、お見事です!!」


 鳴り止まない歓声。賞賛と驚きの感情が闘技場内のほとんどの人々を支配する。


「皆さま、ノザキヒロトに盛大な拍手を!!」


 もう観客の中に、俺をバカにするものはいなかった。

 惜しみない拍手が響き渡る。


「いや~~、素晴らしい試合でした。

 私も長いこと闘技場で実況をしていますが、これほどいい試合はジェイコブ以来ですね。これからのノザキヒロトの活躍が楽しみです!」


 実況の声が響く。だが、俺にその声は届いていなかった。

 実は、ロックベアが倒れた時、俺の体もまた同時に悲鳴を上げていた。

 アドレナリンがきれたせいなのか、今までとは比にならない痛みが全身を襲い始めたのだ。


 早く治療を受けたい。

 最悪、ベッドで横になるだけでもいいから、とにかく休みたい。

 その一心で、ロックベアが倒れた後、俺はすぐにゲートに向かっていた。

 ……歓声を貰うことが初めてで、恥ずかしかったのもちょっとあるが。


 アナウンサーもそんな俺を見て、素早くコメントを切り替える。


「それではノザキヒロトの退場です。皆さんもう一度、彼に盛大な拍手を!!」


 賞賛の嵐の中、俺はなんとか笑顔を取り繕ってフィールドを後にした。


ーーーーーーーーーー


「お疲れさま」


 ゲートをくぐり抜けると、ピンク髪の彼女が話しかけてきた。

 俺の意識がはっきりしていないせいか、ねぎらいの言葉に、一瞬、偽物かと疑ったが、紛れもなく俺の命の恩人である彼女だった。


「もしかして、待っててくれたのか?」


「全然待ってないけど」


 彼女の目元が細くなる。

 怖っ! なにか悪いこと言ったか、俺?


「とにかく! ほら、行くわよ!」


 差し出される右手。

 俺はどこに行くのか分からなかったが、とりあえずその右手をとろうとした。

 正直、歩くことさえしんどかったので、彼女の肩でも借りたかったからだ。

 だが、俺の体に溜まっていた疲労は想像以上だった。

 そりゃ、異世界に来ていきなり死闘を繰り広げれば誰だって疲れるはずだ。

 なのでこれは決して故意じゃない。そう故意じゃないのだ。


 彼女から差し出される右手をとろうとしたその時、幸か不幸か俺の足は絡まった。

 そこからは地球の重力にまかせるまま(この星が地球というのか分からないが)俺は自由落下していく。

 そして……。


 ポヨンッ


 聞こえるはずもない擬音が響いた。


 おそるおそる顔を上げる。

 おっと久々のゴミを見る目。


「死ね!!!」


 俺は完璧なアッパーをくらい、華麗に宙を舞った。


ーーーーーーーーーー


「どうしたらこうなるんですか!」


「しょうがないじゃない!!」


 騒がしい。少し静かにしてくれないだろうか。


「なんでアッパーなんて決めたんですか!?」


「あなただってこいつを散々だましてたじゃない!!」


 喧嘩ならよそでやってくれ。


「と、とにかく! ノザキヒロトさんを早く起こしてください!」


「はいはい、分かったわよ」


 えぇ~。もうちょっと寝かせてくれよ。

 俺は絶対起きないぞ。寝たふりを貫き通してやる。


「ほら、早く起きなさい! 起きないと……」


 バシャア!


「顔面に水かけるわよ」


「もうかかってるよ!!!」


 俺の顔から水がしたたる。その水は彼女の手のひらに戻っていく。


「なんだ、起きてたんだ」


 こいつ、さっきの腹いせか? 

 あれは俺だって痛い思いしたんだからもういいだろ!

 ……まあ、殴られる価値はあったけど。

 って、あれ?


 顎をさする。不思議と痛みは感じない。

 気づけば全身の痛みもなくなっている。どうしてだ?


「よかった~~。

 この後、軽い手続きがあるので、この控え室で待っててください。

 今から先輩を呼んでくるので」


 リッカルドはそう言って、俺の返事も聞かずに部屋を出て行った。


 そういえば、リッカルドに一言いわなきゃならないんだった。

 記憶喪失ってなんだよ!


「ほら、今のうちに行くわよ!」


 彼女が俺の手を掴む。

 え? そういえばゲート前でもどこか行くって言ってたな。


「ちょっと待て!

 今、待ってろって言われたばかりじゃないか!!

 どこに行くんだよ?」


 彼女は一つため息を吐くと、偉そうな態度でこう言った。


「そんなの決まってるでしょ。私の部屋よ」



 ……どういうこと?


「いや、待て。え? 部屋?」


「正確には私が借りてる宿屋の部屋だけど」


「そういうことじゃなくて。

 いや、待て待て待て。

 そういうことには順序が……」


「あなたに拒否権はないから」



 こ、これが異世界クオリティか!


 俺は彼女に引っ張られるまま控え室を出た。

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