第6話 再戦

「みなさま! お待たせしました!!

 本日の天気は快晴!! 絶好の闘技場日和です!!!

 今日の闘技場、本来は9時から始まる予定でしたが、急遽、飛び入り参加が決まったということで8時30分からお送りします!!」


 割れんばかりの歓声。


「なお、この試合に賭けはありません。

 個人的な賭けは問題ありませんが、闘技場は一切、責任を持ちませんのでご了承ください」


 歓声が一瞬でブーイングに変わる。

 アナウンサーはその状況を予想していたのか、全く焦る様子が無い。


「しかし、今回は特別なカードとなっています。

 みなさんが盛り上がること間違いないでしょう!!

 それでは赤コーナーから。

 記憶を失った少年、ノザキーー、ヒロトーーーーーー!!!!!」



 誰だそれ!?



「彼は森の中で救助された時点で、すでに記憶を失っていました。

 分かるのは自分の名前がノザキヒロトということだけ。

 親も仲間もいないその状況で、彼がとった手段はなんと、闘技場で名をはせること! そう、彼は孤独から解放されるために、自らの命を賭けたのです。

 この勇気ある青年を誰がバカに出来ようか!!」


 え? ちょっと待て?

 これは、どういうことだ!?


 「早く試合しろー!」「頑張れ!!」「いや、バカだろ!」

 闘技場内が盛り上がる。意外と応援してくれる声もあったが、半分以上は呆れ、

バカにしていた。


 まあ普通はそうだよな。

 こんな作り話みたいな設定、信じる方がおかしい。

 

「ノザキヒロトさ~~~ん!」


 後ろから俺の名前を叫ぶ声が。

 振り返ると、観客席の最前列にいるリッカルドが、大きく手を振りながら叫んでいる。リッカルドは俺が気づいたことを察したのか、振っていた手を下ろすと、俺に向かってグーサインをした。


 これはお前のせいか~~~!!!

 

「さて、そんな勇気ある青年の前に立ちはだかるのは、

 闘技場内でも屈指の強さを誇る、あの魔獣。

 額と手についた石はどんな魔法も無力化させ、その大きな肉体で相手を粉砕する。


 青コーナーから、ロックーーーベアーーーーーー!!!!!!!!!」


 ゲートが開き、ロックベアがフィールドに足を踏み入れる。

 

 瞬間、今日一の盛り上がりを見せる闘技場。

 つんざくような歓声が空に、客席に、そしてフィールドに響き渡った。

 リッカルドも叫び声を上げながら楽しんでいる。


 ……よし。この試合が終わったら、あいつをボコボコにしよう!

 

 新たな決意を胸に抱き、前を向く。眼前にはもちろんロックベアがいた。

 闘技場のロックベアは、森で出会った個体とほぼ同じサイズだ。

 首輪などがつけられている様子も無く、見た目も野生と変わらない。

 よだれを垂らしている様子から察するに、戦いの前は食事を抜かれたのだろうか。

 もしかすると、わざと飢餓状態にしているのかもしれない。

 ……だとすれば。


 案の定、ロックベアは俺を見つけた瞬間に、なりふり構わず突っ込んできた。


「初めに仕掛けたのはロックベアだー!

 ノザキヒロトに向かってまっすぐ突進していく!!

 さあどうする? ノザキヒロト!」

 

 うん、予想通りの展開だ。

 とりあえずこの攻撃をかわそう。

 ロックベアの突進は一度見ている。

 かわすイメージはばっちりだ。


 ……いや、それでも怖い。めっちゃ怖い。

 やはり一回経験したからといって、この恐怖は無くならない。

 怖い物は怖いのだ。


 直進してくるロックベア。

 俺は急いで両手で盾を構える。


「ノザキヒロト、盾を構えたぞ?

 まさか受け止める気か!?」

 

 グングン近づいくるロックベア。

 俺はギリギリまで引きつける。

 5メートル、4メートル、3メートル、2メートル。


 今だ!! 


 盾をロックベアに向けたまま、俺は足に力を込めて右に飛んだ。

 ロックベアは俺に目もくれず通りすぎていく。

 それでも、突進の衝撃が盾を通して全身に伝わる。

 まるで車にでもひかれたみたいなその衝撃で、俺を横に吹っ飛ばされた。

 

「うおっ!?」


 全身が宙に浮く。

 それも束の間、俺の体と地面が激しくこすれ合った。


 痛ぇ!!

 受け身をとった右半身はすり傷だらけだ。

 すこし目測を見誤ったか?

 もう少し早く回避しても良かった。


「ノザキヒロト、お見事! お見事です!!

 ロックベアの攻撃を間一髪かわしました!!

 対してロックベア、突進の勢いのまま壁に激突してしまったが大丈夫か?」


 崩れる壁。巻き起こる砂ぼこり。


 観客が動揺する。

 ロックベアの安否を気にして。

 こんなにあっさり終わってほしくないのだろう。

 

 こんなことで終わるのならば、

 初めからファイヤーボールをぶっ放しているところだ。

 

 砂ぼこりが晴れる。

 当然、ロックベアは無傷だった。


「おぉーっと!

 ロックベア、無傷! 無傷です!!」


 安堵の声が客席中に広がる。

 

「ロックベア、またもノザキヒロトに照準を合わせました!

 ノザキヒロト、一回目はうまくかわせましたが、次はどうだ?」


 視線が重なる。

 今ので少し正気を取り戻したのか、すぐさま襲ってこない。


 ……また睨めっこか。


「ここに来て、両者、一歩も動かなくなってしまいました。

 一体どうしたんだ??」


 突然起こるブーイングの嵐。もちろん、全て俺に向けてだ。

 「戦えー!」「さっさと仕掛けろ!」「ボコボコにされろ!!」


 ひどい、ひどすぎる。

 俺の味方はいないのか?


「頑張れ~!」


 リッカルドの声援が響く。

 ダメだ。お前は許さん!!


 そんなことを考えているうちに、ロックベアが突進の構えを取り始めた。

 

 やばい、やばい。

 俺はポケットに入れておいた、彼女から貰った小袋を急いで取り出す。


 これが最後の頼みだ。この状況を打開できるものであってくれ。


 俺は願いを込めて小袋を開ける。

 もちろんロックベアから目は離さずに。

 瞬間、立ちこめる刺激臭。


 くっさ!!!


 視線が外れる。

 待ってましたと言わんばかりにロックベアが突進してくる。

 俺は急いで盾を準備してかわした。


「動いたのはロックベアです!

 あぁ~っと残念。ノザキヒロト、これもギリギリでかわします」


 あ、危ね~。やられるところだった。

 

 しまった! かわした拍子に、小袋の中身がほとんど散らばってる!?

 手元には、もうちょっとしかない。やばい、どうしよう!?

 

「もう一度、ロックベアが照準を定めます。

 ノザキヒロト、そろそろ反撃の一手が欲しいところ!!」 


 くそっ! どうすればいいんだ!?

 結局、この粉はなんなんだ??



 ……食べてみるか。うん、それしかない。

 食べてパワーアップだ!!


「おぇ~!!!」


「この突進もギリギリでかわす!!!

 ノザキヒロト、素晴らしい身のこなしだーーー!!!」


 だめだ。なんにも変わってない。

 あいつはなんでこんなもの俺に渡したんだ?


「ロックベアもあきらめません!!

 ノザキヒロトをこれでもかと凝視しています!!!」


 なにか、なにかないのか?


「さあ、ロックベア、四度目の挑戦だ!!!」


 くそっ! こんなのきりがないぞ。


 ロックベアが動いた。

 俺は今までと同じように、盾をロックベアに向ける。

 そして、ロックベアをギリギリまでひきつけてかわした、が。

 なんと、ロックベアが軌道を変えた。


 嘘だろ!?


 ロックベアの頭が俺の盾を捉える。


「がはっ!」


 当然、俺は遙か後方に吹っ飛ばされた。

 あまりの衝撃に、思わず両手から盾が離れる。

 突進の威力は地面についても弱まらない。

 俺はフィールド上を激しく転げ回った。


 観客の熱気が爆発する。


「なんと!? ロックベア、突進の軌道を変えてきた~~~!!!

 ノザキヒロトもこれは受けきれない!! 盾ごと吹っ飛ばされるーーー!!!」


 全身に走る痛み。


 やばい、ピンチだ。


 俺は痛む身体に鞭を打ち、急いで立ち上がった。

 ロックベアの追撃を防ぐために。

 再度、視線が重なる。


 くそっ!

 あいつ、俺の動きに対応してきた。

 もう盾もない。全身が痛みで悲鳴を上げている。

 次でけりをつけないと。

 俺は、やられる。


「ノザキヒロト、なんとか立ち上がります。

 しかしもう後が無いぞ! さあ、どうする!?」


 観客のボルテージはマックスだ。

 誰もが俺の敗北を望んでいる。


 ……。


 もう、いいかな。


 俺は既に1回死んでいる。

 この命は本当は無かったものだ。

 無理に抵抗すれば痛みが長引くだけだし、ここは潔くロックベアの攻撃を受けた方が楽に逝けるだろう。

 さすが、俺の不運。

 2回目のロックベアとの対決は乗り切れなさそうだ。


 そういえば、この世界に来た時に、俺は本当はロックベアに殺されてたんだ。

 さっき、実況がロックベアは闘技場内でも屈指の強さを誇るって言ってたよな?

 やっぱり、異世界に来てすぐにロックベアと戦うのはおかしかったんだよ。

 まあ、あの時はピンク髪の彼女が助けてくれたおかげで生き延びられたが。



 ……待てよ。

 たしかあの時は、ロックベアにファイヤーボールが効かなくて絶体絶命だったんだ。実況も『額と手についた石はどんな魔法も無力化させる』と言っていた。

 ロックベアに魔法は効かないはずでは?

 それなら、彼女はどうやってロックベアを倒したんだ?

 あの時、彼女はまだ茂みの中にいた。

 魔法以外でロックベアを倒したとは考えにくい。

 だが、ロックベアの頭は胴体と離れ、飛んできた……。


 ……そうか、首だ!

 魔法を無力化するのは額と腕だけなんだ!!

 だが、それが分かったところで今の俺にロックベアは倒せない。

 俺が使える魔法はファイヤーボールとそよ風だけだ。

 あのロックベアの首は切り落とせないだろう。

 どうする?

 もう時間が無い。

 ロックベアのしびれが切れそうだ。

 なにか、なにか無いのか!?


 ロックベアがとった攻撃態勢。

 俺は無意識に、既に手にない盾を構える。

 そして、気づく。

 今の俺には闘技場で支給された武器があることを。


『どの武器もロックベア水準の武器となっています』


 ……いける!

 今の俺なら、あのロックベアを倒せる!!


「ロックベア、最後の構えだ!!」


 覚悟は決まった。一発勝負だ!!


「なんと!? ノザキヒロト、両手を前に突き出した。

 まさか魔法を放つ気か!?」


 観客がさらに盛り上がる。

 これが最後だということを感じているのだろう。


「ロックベアの突進だーーーーー!!!!!」


 俺は両手を前に突き出したまま、叫んだ。


「ファイヤーボール!!!」


「ここでノザキヒロト、魔法を放ったーー!!

 だが、ロックベアに魔法は効かないぞ!?

 我を忘れたか?」


 ファイヤーボールがロックベアに迫っていく。

 しかし、俺のファイヤーボールはロックベアに当たらなかった。


「魔法が外れたーー!! これはノザキヒロト、絶体絶命の大ピンチだーーー!!!

 いや、待てよ? ロックベアが苦しんでいる!?」


 俺のファイヤーボールが着弾したのは、ロックベアの目の前の地面だった。

 そして、このファイヤーボールは激しく地面を削っていた。

 その時に飛び散った破片の数々がロックベアの目に突き刺さったのだ。


 俺はすぐさま剣を抜き、ロックベアに向かって走った。

 左手を前に突き出し、舞い上がった砂ぼこりを風魔法で取り払う。


 見えた!!!


 ロックベアの首めがけて剣を振り上げる。

 剣はなめらかにロックベアの首を通過する。

 手応えは充分。あとはこれで倒れてくれることを祈るのみ。


 勢いのまま走りきり、すぐさま方向を切り替える。

 もし、ロックベアが動き始めてもすぐ対応できるようにだ。

 しかし、もう戦う力は残っていない。

 頼む、これで終わってくれ!


 数秒の静寂。



 ドシン。



「やりました!! ノザキヒロト、やってのけました!!!

 ロックベアを撃破です!!!!!」


 突然、割れんばかりの大歓声が、闘技場の街に響き渡った。

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