第20話 初陣
巻き付くように折りたたまれていた翼。
その翼がゆっくりと開いていく。
翼開長は2メートルほど。
元いた世界ではありえない大きさだ。
背中を伝う嫌な汗。
心臓の鼓動が早くなる。
俺は瞬時に理解した。
これはヤバいと。
「ワンッ!!」
シロの空への叫び。
急いで視線を移す。
そこには、翼を巻き付け加速する2羽のカラスが。
「うおっ!?」
咄嗟に体を動かす。
ギリギリの横っ飛び。
くちばしが俺の片袖を切り裂いた。
あ、危ねぇ。
想像していたより何倍もスピードが速かった。
重力で落ちてくるスピードじゃねぇぞ。
加速するスピードもおかしい。
もしかして、魔物も魔法を使えるのか!?
「ガァ~!!」
カラスの断末魔。
見ると、シロが1羽仕留めている。
「シロ!!!」
すごい!
やっぱり伝説の魔物は伊達じゃない!!
「「「カァー!!!」」」
上空のカラス達が唐突に叫び始めた。
それを皮切りに、複数のカラスが一斉に動き始める。
翼を巻き付け、攻撃の準備に。
今度は2羽だけじゃない。
10羽以上で仕掛けてくる気だ。
俺は木刀を抜いて身構えた。
手から噴き出る汗。
これからの動き、一歩でも間違えれば死が待っている。
本能がそう叫んでいた。
ほんと最悪だ。
せっかくの異世界なのに、俺は死にかけてばかり。
しかも、相対するのは魔王軍や悪徳領主なんかじゃない。
ただの森の魔物。
こんなの割に合わないだろ。
……まあ、そんなこと考えても仕方ない。
今に始まったことじゃないのだ。
とりあえずは、この状況を乗り切ることだけを考えよう。
集中、集中だ。
漆黒の槍と化したカラス達。
彼らは無慈悲にも空から狙ってくる。
やるしかない!!!
カラスの突撃が始まった。
1羽目は、俺の胸元めがけて。
俺は木刀で距離を測りながら、これを右に回避。
すかさず2羽目が俺の頭に。
着地と同時にさらに右へ。
3羽目は少し右にずれていた。
俺の動きを予測したのだろう。
右足で踏ん張り、なんとか左前へ。
くちばしが右腕にかする。
だが、それを気にする余裕など無い。
4羽目は俺の正面に。
俺は勢いにのって左に走った。
更に5、6、7羽と俺の右側から続け様に降ってくるカラス。
俺は走った。
どれも間一髪。
数センチ後ろの地面にカラスが突き刺さっていく。
一瞬、空に目を向ける。
上空のカラスはもう10羽もいなかった。
いける!
いけるぞ!!
8羽目も右側から俺の足に。
これをジャンプしてかわす。
よし!
あと7回だ。
あと7回かわせば上空のカラスはいなくなる。
そうすれば、この猛攻も終わるはず。
……いや、おかしい。
9羽目も右側から足に。
もう一度ジャンプして駆け抜ける。
何かがおかしい。
なんだこの違和感は?
10羽目も右側から。
またも狙いは足だ。
8羽目、9羽目と同様にジャンプしてかわす。
やはりおかしい。
これもジャンプしてかわせる。
なぜだ? なぜ簡単にかわせるんだ?
なぜカラス達は当たらないのに同じような攻撃を続けるんだ??
3羽目のように、俺の動きを予測しないのか???
……待てよ。
もし、今までが攻撃じゃなかったとしたら?
もし、これが誘導だとしたら??
ジャンプした足が地面につく直前、俺は前を向いた。
そこには低空飛行で突っ込んでくる1羽のカラスが。
やばい!?
やられる!!
「ファイヤーボール!!!」
咄嗟に放った魔法。
火の玉が正面のカラスに命中する。
だが、もちろんこのカラスにファイヤーボールは効かない。
火の玉はあっけなく貫かれ、霧散した。
思考が止まる。
あ、死んだ。
ガブッ!!!
俺の正面にいたカラスの首に、シロが噛みつく。
「シロ!?」
「ガァ~~!!」
カラスの悲痛な叫び。
すぐに事態を把握したのか、カラスがもがく。
だが、着地したシロがもう一度顎に力を加えると、
そのカラスの目に宿っていた微かな光は、音もなく消えた。
「うげっ!?」
俺はというと、足に力が入らず着地に失敗。
人知れず、地面にヘッドスライディング。
……なんてダサいんだ、俺。
そんなダサい俺にすぐ気づく優しいシロ。
くわえていたカラスを放すと、急いで俺に駆け寄り、
「グルルルッ!!!」
と、俺を守るように上空に向かって威嚇を始めた。
くそっ!
俺は一体何をしているんだ!!
急いで体勢を立て直す。
空を覆うほどいた上空のカラス達も、すでに8羽しかいない。
周りを見渡すと、地面に突き刺さったカラスが7羽、シロにやられた
であろうカラスが9羽、転がっていた。
上空のカラス達は、もう戦う気がないようだ。
その場を旋回したままで動きを起こさない。
地面に突き刺さったカラス達も1羽、2羽と空へ戻っていく。
シロも俺の前で威嚇を続けるだけで、地面のカラスを攻撃しない。
こうして、俺の冒険者としての初陣は苦すぎる思いで終わった。
異世界でスローライフを! いいえ、待っていたのは過酷な現実でした 甘党むとう @natanasi
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