第6話 ヴェルナー対策会議in王宮

  ◇◇◇◇◇


 ヴェルナーが賢者の学院をクビになった次の日。

 その報せは、ラインフェルデン皇国の皇太子クラウスの元に届けられた。


 それを耳にして、皇太子は顔をゆがめた。

「…………それはまことか?」

「たしかな情報です」


 そう答えたのは、諜報を主任務とする皇太子の側近中の側近だ。


 皇太子は三十五歳。

 ヴェルナーの暮らすラインフェルデン王国の政治を実質的に動かしているのがこの皇太子である。


「……余計なことをしてくれたものだ。大賢者さまが我が国を留守にしているというのに」


 皇太子がため息をつくと、老齢の侍従長がうなずいた。


「大賢者ケイさまに続いて、その直弟子ヴェルナー卿まで去るという事態は避けなければなりませぬ」

「ええ、ケイ博士ほどではないとはいえ、ヴェルナー卿も有用な男ときいております」


 そう言った若い側近を、皇太子はじっと見た。


「本気で言っているのか?」

「はい。確かに優秀だとは聞いておりますが、ケイ博士ほどではないかと」


 自分の考えは何でも臆せず言うように、そう日々皇太子は部下に命じている。

 だから若い側近も睨まれても、臆することなく即座に答える。


「そなたは認識を改めよ。新型爆弾があったであろう? あれを作ったのがヴェルナー卿だ」

「え? あの爆弾をですか? あれはケイ博士が作ったのでは?」

「違う。当時十二だったヴェルナー卿がつくった。もっともヴェルナー卿は鉱山採掘のために作ったのだがな」


 ヴェルナーの作った爆弾は、鉱山夫が持ち運びしやすいように軽く、威力の調節が容易だった。

 任意のタイミングで爆発させることもできる。


 軽いから、投石器で城塞の中に放り込める。

 威力の調節が容易で、任意のタイミングで爆発させることができるとなれば、兵器として非常に有用だ。


「五年続くと思われた反乱を三日で終わらせたという、あの……」

「そうだ。あの爆弾だ。もっともヴェルナー卿が開発者だと言うのは機密事項だ。口外するな」

「畏まりました」


 神妙に頭を下げる若者に、皇太子は優しく言う。


「それだけではないぞ。魔法の鞄マジック・バックを作ったのもヴェルナー卿だ」

「……なんと。兵站の概念を根底から覆したと言う、あの魔法の鞄まで? あれもケイ博士なのでは?」

「ケイ博士ではない。十五歳の時にヴェルナー卿が作ったものだ」

「……考え違いをしていたようです」

「わかればよい」


 そして、皇太子は側近たちをゆっくりと見回す。


「ヴェルナー卿を絶対に敵に回すわけにはいかない。それだけは肝に命じよ」

「御意」

「とはいえ……今はヴェルナー卿の妹ルトリシア殿とティルが仲良くしていればそれでいい」


 ルトリシアは辺境伯家の末娘。ヴェルナーの妹である。

 そしてティルは皇帝の末子、つまり皇太子の末弟だ。

 ルトリシアとティルは婚約を結んでいる。

 

「ですが、ティル殿下もルトリシア殿もまだ十歳。婚約と申しましても、おままごとのようなものです」


 中年の男がそう言うが、クラウスは首を振る。


「おままごとは、おままごとでも、極めて政治的なおままごとだ。そなたたちは二人が仲良くすることに腐心せよ」

「御意」

「ティルとルトリシア殿の婚姻は、辺境伯家と皇家の結びつきを深める以上の意味がある。ルトリシア殿をヴェルナー卿は可愛がっているゆえな」

「婚姻が成れば、ヴェルナー卿が皇国を裏切ることはないと?」

「それだけでは足りぬ。ルトリシア殿が幸せである必要がある。ヴェルナー卿はそういう男だ。だから御しやすい」


 皇太子の側に居た別の若い男が言う。

「殿下。ヴェルナー卿に裏切られるのが恐ろしいならば、いっそのこと亡き者にすれば良いのではないでしょうか」

「なんと愚かなことをいうのだ! 殿下の御前であるぞ!」


 侍従長が叱るが、クラウスはそれを止める。

「我が前では、陛下への叛意以外、それが何であっても口にしてよい。たとえ私への叛意であってもだ」


 そういってクラウスは笑う。だが目が笑っていない。


「ただし、それを実行に移そうとしたときは、楽に死ねると思うでないぞ? 肝に銘じよ」

「「御意」」


 緊張した様子の臣下たちに、クラウスは易しく説明する。


「ヴェルナー卿は、その作った魔導具が最大の脅威だと思われがちだ」

「違うのですか?」

「違う。最も恐ろしいのはヴェルナー卿本人だ」


 そう言われても、納得できないようで、若い側近同士で顔を見合わす。

 ため息をつくと、皇太子は続ける。


「よいか? ヴェルナー卿を殺そうとするなど、古竜エンシェントドラゴンの巣に強力な爆弾を放り込むようなものだ。それで古竜を殺せればよいが殺せなければ国が滅びる。つまり国をかけた賭け、それも非常に分の悪い賭けだ。しかも殺せたとしても我らが得るものは何もないのだ」

「……それほど、ヴェルナー卿は強いのですか?」


 若い側近が尋ねると、クラウスは深く頷く。


「人の域を超えている。そしてヴェルナー卿は現在我が国と皇家に友好的なのだ。あえて敵対するなど愚の骨頂と言わざるを得ない」

「畏まりました。肝に銘じます」


 臣下たちが、ヴェルナーに手を出す恐ろしさを理解したと考えて、クラウスは深く頷いた。


「シュトライト家の者たちはヴェルナー卿の制作物への関心が強いようだが……本当に恐ろしいのは卿自身だ」

「ローム子爵閣下はヴェルナー卿に魔導具を作らせようとし、辺境伯閣下は作らせたくないと考えているようですが、殿下はどのようにお考えなのでしょう」

「どちらかというとローム子爵に近い。だが、私としては卿が魔導具を作ろうが作るまいがどちらでも良いと考えている」

「ヴェルナー卿が味方でさえいてくれれば、でございますね」

「その通りだ。本来であれば、国の要職に迎えたいのだが……」

「何度か打診しておりますが断られております。勅命を出せば――」


 勅命は皇帝の命令。貴族は絶対に従わなければならない。

 もし勅命に逆らえば、文字通りの意味で首が飛ぶ。


「勅命はやめよ。他国に亡命されれば、元も子もない」

「御意」

「さりげなく、強制しない形で味方に引き込むよう腐心せよ」

「御意。ですが難しいとは思われます」

「けして急ぐな。……本当に賢者の学院の奴らは何を考えているのか」


 ヴェルナーが定職についていたというのに。

 無職になったヴェルナーが、旅にでるとか移住するとか言いだしたらどうなるのか。

 国にとって多大なる損失だ。


「当代の学院長は余程愚かなのでしょう」


 若い男が言うと、クラウスは首を振る。


「単に愚かなものが学院長まで上り詰められるものか」

 そう言って少し考える。


「愚かではないはずのものが、愚かとしか思えないふるまいをする。そこには何かある」


 学院長の振る舞いは、賢者の学院の利益にはならない。

 そしてラインフェルデン皇国の国益にもそぐわない。


「一見愚かなふるまいは、学院長に何らかの益をもたらすのかもしれぬ」

「国益に相反する自身の益でございますか?」

「ああ。……学院長周辺を、よくよく調べてみよ」

「御意」


 そう言ってから、クラウスは少し遠い目をした。


「……味方につなぎ止めるためならば、ヴェルナー卿に皇女を嫁がせるのもよいかもしれぬ」

「妹君を、でございますか? ティル殿下とルトリシア殿の婚姻が決まっている以上、あまりにも辺境伯家と皇家の関係が深くなり過ぎるのでは?」

 侍従長がそういうと、若い側近も頷いて続ける。

「他の貴族との関係もございますし、それに妹君は公爵家の公子と仲が良いとお聞きしておりますが……」

「皇族の婚姻に個人的な親密さなど微塵も関係ない。とはいえ……、あいつはわがままゆえな」


 王侯貴族の婚姻は非常に政治的なものだ。

 個人の恋愛感情など、かけらも重視されない。


「……妹が嫌がるのは構わぬのだが、そうなるとヴェルナー卿に断られるであろうな」

「はい、卿のご性格から考えまして、そうなるでしょう」

「そうか。もし必要ならば、我が娘を嫁がせる」

「皇孫女殿下を? お言葉ですが、まだ五歳でございます」

「王侯貴族の婚姻に置いて、年齢など大きな問題ではあるまい」

「それはそうでありましょうが……」


 困惑する臣下たちにクラウスは微笑みかける。


「ヴェルナー卿を、味方につなぎ止めるためならば、我が愛娘を嫁がせてもよい。そのように私は思っている。皆もそのつもりで動いてくれ」

「御意」

「けして敵対せずに、強要せず。あくまでも友好的に働きかけよ」


 そうして王宮におけるヴェルナー・シュトライト対策会議は終わったのだった。

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