第29話 師匠からの手紙

 俺はロッテの目をじっと見る。

 ロッテも、背筋を伸ばしてしっかりとこちらを見た。


「ですが、説明を聞いてから弟子入りするかを決めていただけますか?」

「私の心は決まっております」

「それでも、説明を聞いて改めてお願いいたします」

「畏まりました」


 後でこんなはずではなかったとか思っていたのと違うと言われたら、とても面倒なのだ。 

 事前に、色々と説明するのは必須と言える。


「まず最初に、このハティのことです」

「きゅる?」

「はい」


 ハティは可愛らしく首をかしげている。

 そして、ロッテはハティのことをじっと見て返事をした。


 操られていたとはいえ、ハティはロッテを襲ったのだ。

 トラウマとなっていてもおかしくはない。


「このハティは、私と殿下がお会いしたとき、殿下を襲った竜になります」

「そうだったのですか。大きさが全く異なるので気づきませんでした」

「ごめんね」


 ハティはぺこりと頭を下げた。


「いえ、私の方こそごめんなさい」

「え? どういうことなのじゃ? なんでロッテがあやまるのじゃ?」

「恐らくハティさんを操ったのはガラテア帝国の手のものです」

「そうだったのかや?」

「はい。古竜を操れる魔導具を作れる国は限られますから」


 具体的には魔法大国であるラインフェルデン皇国と、軍事大国であるガラテア帝国の二国だ。


「私が旅している間、魔物に何度か襲われました。私を襲わせるためにガラテア帝国がハティさんを操ったのだと思います」

「……そうだったのじゃな。でも、ハティがロッテを襲ったのは間違いないのじゃ。ごめんなのじゃ」

「私こそごめんなさい」


 互いに謝って、ハティとロッテは許し合った。

 仲良く出来そうで良かった。


 やっと改めて、弟子入りについての説明ができる。


「さて、シャルロッテ殿下。私は私がケイ博士に教えてもらったようにしか教えられません」

「はい」

「基本的に放置になります。丁寧に基礎から教えて欲しいならば、賢者の学院に通うべきでしょう」

「覚悟しております。見て盗めということでございますね」

「それは違います。見て盗めるほど魔導理論は浅くありませんから」


 神妙な表情を浮かべているロッテを見て、皇太子が言う。


「ヴェルナー卿。それは流石に……」

「ですがクラウス殿下。それにシャルロッテ殿下。魔導師の弟子というのはそういうものです」

「そうかもしれぬが……」

「それでは安定的で体系的な教育が難しい。そう考えたケイ博士が作られたのが賢者の学院です」


 俺がそういうと、皇太子も無言で頷く。

 学院長と魔導具学部長はクズだが、他の教員はまともである。

 学識を持ち合わせた教員が大半だ。良識もそれなりに持っているはずだ。



 基本的に学院では、自分の出自を明らかにしない文化がある。

 親の地位や役職など、記録してすらいない


 俺はシュトライトを名乗っていたが、辺境伯の息子だとは思っていない者の方が多いだろう。

 シュトライトは名族、旧家である。

 宗家である辺境伯家以外にも沢山の家があるからだ。


 だが、ロッテは国策で留学してきた王女。

 学院の中でも常に護衛が付くことになる。

 身分を明かさないわけにはいかない。


 そのロッテに理不尽な嫌がらせする愚か者はいまい。

 たとえロッテが、嫌われ者の俺の弟子であってもだ。


「シャルロッテ殿下には賢者の学院で学びつつ、放課後に私の所に来るのが良いと愚考いたします」

「ふむ」

「私自身、賢者の学院で多くのことを学びましたから」

「なるほど。どうかな。王女殿下」

「師の仰せのままに」


 そういってロッテは頭を下げた。


「説明を聞いて、それでも弟子になりたいというのであれば、お受けいたします」

「不束者ですが、どうぞよろしくお願いいたします」


 こうなったら、弟子に取るしかない。


「弟子となったからには、もはや殿下とは呼びません」

「当然でございます」

「うむ。とはいえ、今の俺には研究拠点がない。できたら改めて報せる」

「私にも研究所作りを手伝わせてくださいませ!」

「…………わかった。手が必要ならば手伝ってもらうことにする」

「はい! 頑張らせていただきます!」


 それから俺は皇太子に頭を下げる。


「殿下。我が弟子のことよろしくお願いしたします」

「うむ。それは任せておくがよい」

「ありがとうございます」


 それから、少し話をした後、ロッテは退室していった。

 皇太子が、俺にだけ話があると言ったからだ。


「殿下、お話とは……」

「とりあえず、これを読んで欲しい」


 そう言って皇太子は魔法で封印を施された手紙を差し出す。


「これは?」

「ケイ博士からの手紙だ。卿が王女殿下を弟子にしたら渡すようにと」

「中身は……」

「もちろん見ていない。見ようともしていない。ケイ博士が見るなというものを見ようとするほど、我らは愚かではないのだ」


 皇太子はケイ博士の逆鱗に触れたくないのだろう。

 気持ちはわかる。

 師匠は味方にしても、いまいち頼りないが、敵にまわしたら非常に厄介なのだ。


「拝見します」


 一言断って、俺は手紙の封を開ける。


『※※※この手紙は君が読んだ後、誰にも見せずに燃やすように※※※』


 最初に忠告が目に入った。

 俺以外が読んだらダメらしい。


 ちらっと俺の肩の上に乗っていたハティに目をやると、こくりと頷く。

 そして、肩から降りて、手紙が読めない位置に移動する。


「ありがとう、ハティ」

「気にするでないのじゃ。主さまの師匠が誰にも見せるなと言うのならば、ハティも見ないのじゃ」


 俺は慎重に手紙を開くと、ゆっくりと読む。


『親愛なるシュトライト君


 これを読んでいると言うことは、弟子入りを受け入れたようだな。

 とても良いことだ。


 だが、荒野にいる大魔導師を訪ねろという手紙を、ロッテに託したというのに、自分のことだと気付かないとはがっかりだぞ。

 わしのほうが強いのは確かとは言え、シュトライト君も大魔導師を名乗ってもいいぐらいの腕前だ。


 それに荒野にはシュトライト君しかいないのだ。

 だというのに、自分のことだと気付かないとは。


 シュトライト君はもう少し洞察力を高めるべきだ。

 そして、なにより、わしの方が強いということをけして忘れないように。


 ……ロッテのことを頼む。とてもかわいいだろう?


 昔話をしよう。

 シュトライト君が生まれる、ずっとずっと昔。大昔の話だ。

 それこそ千年ほど前になる。


 まだ若かったわしが仲間とともに大魔王を討伐したことは知っているだろう?』



(知らないが? 初めて聞いたが?)


 皇太子がいるので、いつものように突っ込めない。

 心の中で突っ込んでおく。 



『勇者と、わしの妹でもあった治癒術師、それに魔導師であるわし。

 三人のパーティだった。


 大魔王を倒した後、勇者は魔王城のあった場所に、ラメット王国を作ったのだ。

 そしてわしの妹を妻としたのだ。』


(師匠の妹ということは、エルフ? ならもしかして妹もご存命なのだろうか?)


 だが、ラメット建国王の王妃が生きているなど聞いたことがない。

 なにか秘密がありそうだが……。

 今度、師匠にあった時に聞かせてもらおう。

 それを聞く権利ぐらいは、俺にもあるはずだ。


 俺は手紙の続きを読み進める。


『つまりロッテはわしの妹の子孫。わしにとっても遠い遠い親戚に当たる。

 まあ、姪のような者だ。』


(姪とは血の濃さが全然違うだろ!)


 今のラメット王は、第五十代目。

 師匠の妹の血など、薄くなって、ほぼ関係ないと言ってよいぐらいだろう。


『だからこそ、わしはラメット王国とその王族のことを他人とは思えぬのだ。

 それゆえ、伏してロッテのことを頼む。


 もしロッテのことが気に入って、ロッテもシュトライト君のことを気に入ったら、結婚しても良い。

 その場合は仲人を務めてやろう。


 偉大なる君の師匠。大魔王一体と魔王二体を倒した大賢者ケイ』


(魔王二体?  大魔王とは別に二体? どういうことだ?)


 というか千年の間に、二体も魔王が出現したとは知らない。

 師匠が勝手に言っているだけではないだろうか。


 署名の大分下に続きがあった。


『追伸

 言っていなかったが、魔王は三百から四百年おきに出現している。

 そして大魔王は千年おきだ。


 四百年前の魔王と、七百年前の魔王は、わしがひとりで倒した。魔王ぐらいならば余裕だ。

 だが、勇者とともに大魔王を倒してからそろそろ千年。

 つまり、大魔王の復活も近い。


 さすがに強いわしでも一人では多少難しいやも知れぬ。

 腰も痛いしな』


(腰が痛いという設定、まだ生きていたのか)


『大魔王復活の際は、シュトライト君にも手伝って貰うかも知れぬ。


 よろしく頼んだぞ』


(それは勿論構わないが……)


 師匠の方が強いとはいえ、人手がいるなら手伝うのは弟子として当然だ。

 そのとき、さらに下にまだ何か書いてあることに気がついた。


『追追伸

 ああ、それと、ロッテは勇者なので、しっかりと教えてやってほしい』


 衝撃的なことが書かれていた。

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