第21話 一方、その頃。ゲラルド商会では
◇◇◇◇◇
ヴェルナーの元をオイゲンが尋ねていたその頃。
ゲラルド商会に一人の貴族がやってきていた。
貴族は水を温める魔導具を買いに来たのだった。
「え? ないのか?」
「申し訳ございません。魔導具全般、品薄の状態が続いておりまして……」
「それは困るよ。この私に水で顔を洗えと? この冬に?」
「申し訳ございません」
店員は平身低頭して謝るしかなかった。
貴族は憤慨しながら、帰って行く。
その貴族が去った後、店員は仕入担当の者に言う。
「まだ、入荷しないのか?」
「全くです」
「どうなってんだ?」
学院から卸されていた魔導具はその九割はヴェルナーが開発し、製造したものだった。
他の研究室の学生や院生、助教も組み立てを手伝ってはいた。
だが、コアとなる部品はヴェルナーしか作れない。
それゆえ、ヴェルナー産の魔導具の供給が完全に止まっていた。
「魔導具学部長が新作開発に総力をあげているから、旧作の製作に手が回っていないということでしょうか」
「これまでみたいに両方やってくれないと……」
学院長と魔導具学部長に賄賂を渡して、独占的に魔導具を卸してもらえることになっていた。
これまで以上に莫大の利益をゲラルド商会にもたらすはずだったのだ。
ゲラルド商会はここ数年で急成長した新興の商会である。
その原動力となったのは、賢者の学院で作られた魔導具を優先的に販売出来たことが大きい。
だというのに、
「このままでは、今月の売り上げが……」
それ以上は、どの店員も口には出せなかった。
売り上げが激減し、商会自体が傾きつつある。
そのぐらい全体の売り上げに占める魔導具の売り上げは大きかった。
「……ボーナスどころじゃない」
「ボーナスをあてにして、家を買ったのに……」
商会の片隅では、そんなことを呟いている店員達もいた。
そのとき、賢者の学院から木箱が届いた。
「おお! やっときたか!」
店員たちは、一斉に集まり木箱を開ける。
「魔導具だ!」
「新作でしょうか」
「おお、やっと新作が完成したのか!」
魔導具学部長が新作開発に手こずっているというのは、店員たちも噂で知っていた。
新作開発が無事完了したのなら、旧作の供給も戻るはずだ。
届き次第、先ほど憤慨していた貴族の屋敷に届けさせよう。
迷惑をかけたお詫びと言って大きく値引きすれば、機嫌も直るだろう。
そんなことを考えながら、店員たちは魔導具を確かめる。
そして魔導具が届いたと聞いた商会長ゲラルドも駆けつけた。
「やっとか! 何度もせっついた甲斐があった!」
何度も何度もゲラルドは学院長と魔導具学部長に圧力をかけ続けていた。
そして、ゲラルド自身、自らが所属する「神光教団」上層部からの圧力に頭を悩ませていたのだ。
このままだと、ゲラルド自身、立場が危うくなる。
「神光教団」の非合法部門が「光の騎士団」である。
「光の騎士団」指導下にある下部組織が「神光教団」と言ってもいい。
ゲラルドは魔導具を手に取る。
「…………何だこれは」
そして、顔をしかめる。
「えぇっと……。お待ちください」
店員は、魔導具の仕様書を読みすすめる。
「水を温める魔導具のようです」
「それはもう既存の製品であっただろう」
ゲラルドの機嫌が悪くなっていく。
「恐らく性能を向上させた製品なのでは? 仕様書にはなんと?」
「ええっと……コップ一杯の水を人肌に温める能力があると」
それを聞いたゲラルドの顔は鬼のように歪む。
「それを一体、何に使うんだ? 馬鹿なのか?」
「で、ですが、一瞬で温めるなら、使いようが――」
「馬鹿か! そんなもん他のもので簡単に代用できるだろうが!」
わざわざ高価な魔導具ですることではない。
暖炉の前にでもしばらくおけば、コップ一杯の水ぐらい温まる。
「ですが、一瞬で――」
一瞬で温められるならば、まだ価値はあると店員はゲラルドをなだめようとする。
だが仕様書に目を通していた店員が、ぽつりと言った。
「温め完了までに三時間かかるようです」
「「はぁ?」」
なだめていた店員と、ゲラルドの声が重なる。
人肌に温めるのに三時間もかかるなら、コップを手で温めたほうがまだ早いぐらいだ。
「こんなガラクタを送ってきて、何のつもりだ?」
「……わかりません」
「しかも、五十個も。馬鹿なのか?」
「……なんとも」
店員は、一個たりとも売る自信がなかった。
在庫を置いておくスペースの無駄にしかならない。
こんなガラクタを作るぐらいなら、素材のまま販売した方がまだ儲かる。
「俺は学院に向かう。そのガラクタを送り返す準備をしておけ」
「はい」
そしてゲラルドは学院へと向かった。
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