第20話 再び来客

 馬車はまっすぐこちらに向かって走ってくる。


「誰の馬車だ?」

「馬じゃ。馬もかわいいのじゃ」


 ハティは、全く警戒した様子もなく尻尾をぶんぶん振っている。

 人も馬も、ハティにとっては愛玩動物みたいなものなのかも知れなかった。


「とりあえず、ハティはしゃべらないでくれ。人は竜が人語を話すと驚くからな」

「そうなのかや。わかったのじゃ!」

「竜自体がそもそも少ないし、話せる竜となると、もっと少ないからな」

「たしかにそうかもしれないのじゃ。古竜エンシェントドラゴンか、老竜エルダードラゴンぐらいなのじゃ」


 ハティは俺の肩の上でうんうんと頷いている。


「大きくなるのも、基本的に禁止だ。大きくなって欲しいときには言う」

「わかったのじゃ!」


 ハティに人とふれあう注意事項を説明する。

 馬車に乗っているのが人とは限らないが、念のためだ。


 少しの時間立ったまま待っていると、馬車が俺たちの前に来て止まる。

 馬車を固めていた、馬に乗った護衛は即座に下馬して、馬車に向けて跪く。


 そして、跪かなかった護衛の一人がゆっくりと馬車の扉を開けた。


「ヴェルナー卿! お久しぶりでございます!」

 五十代ほどの恰幅のいい男が降りてくる。


「オイゲンさんだったのか。よくここがわかったな」

「それはもう。情報は商人の生命線でありますから」


 このオイゲンという男は、この国最大の商会であるオイゲン商会の商会長だ。

 元々、辺境伯家と商売上のつながりがあり、その縁で、学生の頃は俺も魔導具を卸したりもした。


 助教になってからは賢者の学院指定のゲラルド商会にしか卸せなくなった。

 それでも、オイゲン商会は、学生の頃に作った魔導具のロイヤリティを支払ってくれているのだ。


「本当のところは誰から聞いた? 姉さんか?」

「さすがはヴェルナー卿です。鋭いですね。まさしくその通りです」


 姉が俺が荒野で困っているから助けてあげてくれとか言ったのかもしれない。


 ありがた迷惑、とも言いがたい。

 食料品などを購入できるならば、便利なのは間違いないのだ。

 片道五時間かけて、王都に買い出しに行くのはとても面倒だからだ


「立ち話も何だ。中に来てくれ。旨くないお茶でよければ振る舞おう」


 俺がここに持ち込んでいる食料は基本的に保存期間の長さと保管の簡単さで選んでいる。

 だから、味は全て微妙なのだ。

 とはいえ、せっかく来てくれたのに、お茶も出さないのは失礼だ。


 そのとき、太陽が完全に沈む。徐々に辺りが暗くなっていった。


「とりあえず、中で話そう」


 そういって、俺はオイゲンとハティと一緒に地下の研究室へと戻る。

 護衛たちにも「お茶を出すから中へどうぞ」と言ったのだが、断られてしまった。

 護衛としての決まりや礼儀みたいなものがあるのだろう。


 俺が手早くお茶を淹れていると、オイゲンがハティのことをじっと見ていた。


「あの、ヴェルナー卿。その肩に乗っているのは……?」

「ああ、この子は先日から一緒に住み始めた竜の子供だよ」

「……竜の……子供、でございますか」

「珍しいだろ。だが売らないぞ」

「も、もちろんです。恐ろしい竜を、たとえ子供であったとしても、商売のネタにしようとは思いませんよ。触らぬ竜に祟りなしです」


 そして、俺はお茶を来客たちとハティに振る舞う。


「本当に美味しくはないぞ。荒野暮らしゆえ、保管期間重視だからな」

「いえ、美味しいですよ。ヴェルナー卿の淹れ方が上手なのでしょうな」


 オイゲンは本当に美味しそうにな表情を浮かべている。

 流石は百戦錬磨の商人。お世辞がうまい。


 そして、ハティは俺の肩から降りると両手でカップを掴んで、ぺろぺろと飲む。

 尻尾がぶんぶんと揺れ始めた。美味しかったのかもしれない。


 そんなハティの頭を軽く撫でてから、俺は尋ねる。


「それでオイゲンさんはどうしてここに?」

「当然、商売ですよ。必要な物がないかお聞きし、何か売っていただける物はないか確認しに参ったのです」

「申し訳ないが売れる品は、まだないぞ?」


 会話しながら、俺は先ほど試作を終えた結界発生装置を新たに組み立てていく。

 部品自体は試作品製作中に沢山作っていたので、修正を加えて組み立てるだけでいいので簡単なのだ。


「もちろん、今回、売っていただける物があるとはおもっておりませんよ。学院をクビになった経緯も耳に挟んでおりますし」


 俺が研究室ごとすべてを奪われたことも知っているのだろう。


「ああ、開発中の魔導具は全部、持っていかれた」

「はい。とても理不尽な話でございますね」

「だから、今は開発の途中だ」

「ヴェルナー卿の魔導具が完成した暁には、何でも買わせていただきますよ」

「なんでもか? 売れそうもない魔導具かもしれないぞ?」

「魔導具なら何でも買うコレクターはいらっしゃいますから」

「そういうものか」

「それに、ヴェルナー卿の魔導具なら、宮廷魔導師の方々も勉強のために買われていきますし」


 教材にされていたとは知らなかった。

 ケイ博士の弟子ということで、過大評価されている気もしなくもない。


「ヴェルナー卿の魔導具はわくわくさせられますからね。どんなものでも買わせていただく方針です」


 オイゲンは笑顔だ。

 売れない物も定期的に買い付けることで、売れる物も優先的に買い付けさせて欲しいと言うことなのだろう。


「このようなことを言ったら、怒られるかも知れませんし、本当に失礼かも知れませんが……」

「ん? なんだ? 気にせず言ってくれ」

「はい。ヴェルナー卿が助教になられてから、我が商会と中々取引して頂けなくなってとても悲しく思っていました」

「開発した魔導具は全て学院の予算で研究したのだから、学院名義でってことになっていたからな」

「はい。本当に残念でした」


 学院御用達はゲラルド商会。

 俺が助教になってから製作した魔導具の大半はゲラルド商会に卸さざるを得なかったのだ。


 オイゲン商会にも卸していた量はごくわずかだ。

 それに新作は全て優先的にゲラルド商会に卸さざるを得なかった。

 オイゲン商会に卸せたのは、発売から一年ほど経った旧作ばかりだ。


「それゆえ、またヴェルナー卿と直接お付き合いできるのは、本当によろこびです」

「俺も嬉しいよ」


 そういうと、オイゲンは嬉しそうに微笑んだ。


「今日、参ったのも、商売と言うよりも、ご挨拶を兼ねたご用伺いのようなものですから」

「ありがとう。いつも気を遣ってくれて」

「いえいえ、ヴェルナー卿の魔導具には儲けさせていただいてますからね。それに我が子の命も救っていただきましたし」


 オイゲンの息子が、魔力が枯渇する病気で死にかけたとき、それを救ったのが俺の作った魔導具だ。

 大気中の魔力を集めて、枯渇した病人に流す治療器具である。


 俺の魔導具を優先的に卸してもらいたいからだとは思うが、それでも色々気を遣ってくれるのはありがたい。

 王都に片道五時間をかけて買い出しに行かなくても済むのはものすごく助かる。


「ひとまずは、必要なものはございますか?」

「実は、近いうちにここを引き払う予定なんだ。今のところ特にはないかな」

「そうでございますか」


 そして、オイゲンは去っていった。

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