第78話 王都に近づいた竜

 ハティに掴まれ空を飛びながら、俺は遠距離通話用魔道具を使ってロッテに呼びかける。


「ロッテ聞こえるか?」

『はい。お師さま。聞こえます』


 夜も遅いというのに、ロッテの返答は早かった。


「近衛魔導騎士団に言づてを頼む」

『なんなりと』

「王都の中を移動中、北東の方向から竜の咆吼が聞こえたから、いま向かっているところだ」

『王都の近くに竜ですか? すぐ伝えます!』

「頼む。竜の詳しい情報はまだなにもわからない」

『わかりました。お師さまお気を付けて』

「ありがとう」


 それだけでロッテとの通話は終わる。

 だが、その短い通話で充分だ。伝えたい情報は全て伝わっただろう。


「やはり便利だな、遠距離通話の魔道具。ロッテが戦術、戦略が根底から変わると言うだけのことはある」

「さすが主さまなのじゃ! あっ、もう見えてきたのじゃ!」


 ハティがそう叫んだ時、王都を出発して三分が経過していた。

 馬より数倍速いハティとはいえ、三分で移動できる距離はそう長くはない。


 分厚い雪雲に遮られて、月や星の光は届かない。

 加えて激しい吹雪のせいで姿は見えない。

 だが竜の大きな魔力は感じる。


 俺は戦闘に備えて、ハティに掴まれた状態から、ハティの背の上へと移動する。


「王都にかなり近かったな」

「ハティのときより近いのじゃ」


 ハティが暴れた荒野はもっともっと遠かった。

 ここまで竜が近づかれたというのは、充分に緊急事態だ。


「ハティ、竜と会話できるか?」

「ある程度賢い竜なら会話できるのじゃ」

「賢いことを願うしかないな」

「そうでもないのじゃ。賢い竜は、基本的に強いのじゃから」


 そもそも言葉が通じない程度の竜ならば弱いので、力で抑えることも難しくはないだろう。

 だが、賢くて強い竜が説得に応じない場合、とても厄介な事態になる。


「ハティみたいに操られていたら、説得もできないし大変なのじゃ」

「そうだな。その場合は、俺が竜の頭にしがみついてでも魔道具を壊すしかないな。……む?」


 やっと、吹雪の向こうに竜の姿がおぼろげに見えてきた。

 本来のハティの姿よりも、かなり大きい。


「……この大きさなら古竜の成竜であってもおかしくないか?」

「まさか、そんなはずないのじゃ」


 ハティが近づいてくれたことで、竜の姿が見える。

 それは古竜とは似ても似つかぬ姿だった。


「なんだこれは?」

「ハティにもわからぬのじゃ」


 それは竜と言うより巨大なゴーレムにみえた。

 全身の大半が岩石で構成されている。

 形も竜らしくない。まるで頭のない巨人のようだ。


 太くて短い二本の足の上に、立方体に近い胴体が乗っている。

 そして、腕は身長よりも長かった。


 ――GOUUUAAAAAA


 謎の石の魔物は咆哮する。

 同時に胴体の中央あたりから魔力の奔流が連続でハティ目がけて撃ち込まれた。


「っ!!」


 ハティが空中で素早く回転し、魔力の奔流を回避する。

 その攻撃の威力は高く、そして速かった。

 不意を突かれたというのに、回避できたハティは見事としか言いようがない。


 回避し続けながら、ハティは


「主さま! 変なのじゃ!」

「変?」

「姿は変だけど、確かに竜の魔力なのじゃ。でも、なぜかわからないけど違和感が凄いのじゃ」

「違和感か」


 なぜかわからないとハティは言う。

 ならば巨大ゴーレムの姿に竜の魔力ということに違和感を覚えているというわけではなさそうだ。


 俺は謎の石の魔物を観察して、ハティの感じ取った違和感の正体を探っていく。

 観察するといっても、俺が乗っているハティは、熱線を避けるために高速機動の最中だ。

 上下左右に勢いよく振られているので観察するのが難しい。

 油断すれば振り落とされてしまうだろう。


 だが、しがみつきながら、必死に目をこらして、魔力を感じとり謎の石の魔物は一体何者なのか調べていく。

 確かに、謎の石の魔物がまとっているのは竜の魔力だ。


「この違和感、魔道具を付けられていそうだが……」

「ハティが付けられた奴と同じ魔道具かや?」

「いや、似ているが雰囲気が違うな」


 謎の石の魔物に魔道具が付いていると言うより、謎の石の魔物自体が魔道具であるかのようだ。


「だからといって、魔道具そのものではないんだよな」


 前学院長に襲われたとき、魔道具が自律型兵器として運用されていた。

 犬の散歩用魔道具を魔改造された哀れな魔道具である。

 だが、今回はそれとも違う。


 そこまで、判明したところで再び目をこらす。


「あっ、そうか。竜を魔道具で包んでいるのか」

「ど、どういうことなのじゃ?」

「簡単に言うと、あの石の魔物の中に竜がいるということだ」

「え? そんなことが出来るのかや?」

「やろうとした奴は、俺の知る限りいない。だが、理論上は可能だろう」


 巨大な魔道具の中に、竜をいれているのだ。

 まるで、魔道具の動力として、魔石の替わりに竜を使っているかのようだ。


「いや、動力だけじゃないな。思考も竜の脳にやらせているのか」

「ひどいのじゃ」

「ああ、ひどいな」


 ――ゴアアアアアアアアアアアァアァァァァァ


 巨大な石の魔物が咆哮する。

 それはまるで、泣いているかのようだった。

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