第33話 オイゲン商会

 研究室を一通り見て回った後、俺はハティと一緒に買い物に出かけた。


「なにを買うのかや?」

「そうだな。眠れるようにベッドだろ。それにシャワーも快適に使えるように水を温める魔導具を作る材料だな」

「そっかー」


 研究所でより快適に過ごせるように、色々と買い物をするのだ。

 母屋で寝てほしいらしい姉には悪いが、研究が佳境に入ったら、その短い移動も面倒になるものだ。

 寝るにしても、研究を終えて五秒で寝れるようにしたいし、朝起きたら五秒で研究再開したい。


 俺とハティはオイゲン商会の本店へと向かう。


「ちゃんとした服を着てくるべきだったかな」

「? 主さまは今日もかっこいいのじゃ」

「ハティ、ありがとう」

「えへへ」


 ハティは褒めてくれるが、真に受けてはいけない。

 古竜であるハティならおっさんが全裸で歩いていても可愛いと言うだろう。

 かっこいいと思う基準も、人間とは全く異なるのだ。


 俺の今日の服は以前ゲラルド商会に着ていった服と一緒だ。

 特に何かを意識してのことではない。

 俺は元々持っている服が少ないと言うだけのことだ。


「まあ、いいか」


 中に入ると同時に、

「どうされましたか?」

 店員の一人に声をかけられた。


「少し欲しいものがあって」

「どのようなものでしょうか」

「ええっと……」


 俺は必要な物を告げていく。

 ベッドや毛布。それに魔導具を作るための材料である。


 店員は真剣な表情で聞いた後、

「少しお時間がかかりますので、おかけになってお待ちください」

 と言って、小走りで消えた。


 言われたとおりに椅子に座って待っていると、

「どうぞ」

 お茶とお茶菓子を出される。


 当然だが、俺の分だけ。ハティの分はない。

 すると、ハティがこっちを無言でじっと見た。

 お茶とお茶菓子を口にしていいか、目で尋ねているのだ。

 ハティは俺が教えたとおり、人前だから話さないのだ。


「食べていいよ」

「…………」


 ハティは尻尾をパタパタ振って、お菓子を食べる。

 美味しそうにお茶も飲んでいる。


 そんなハティの頭を撫でて、和んでいると、

「ヴェルナー卿ではございませんか!」

 俺と面識のある番頭の一人が走ってきた。

 面識があるといっても、会うのは数年ぶりである。


 近づいてくる途中で、番頭は小声で店員の一人に言う。

「……商会長にヴェルナー卿がおいでくださったと伝えてください」


 そして、俺の前に来ると丁寧に頭を下げる。

「お久しぶりでございます。いつもお世話になっております」

「お久しぶりです」


 そこで、番頭は俺のお茶をハティが飲んでいることに気付いた。


「少しお待ちを」


 そしてすぐに、お茶のおかわりが運ばれてくる。

 今度は俺とハティの分、二人分のお茶をだされた。


「大変、失礼いたしました」

「ありがとうございます。お気遣いなく」


 ハティがまた飲んでいいか目で尋ねてくる。


「いいよ」

「…………」


 ハティはお茶も大変好きらしい。

 俺もせっかく出して貰ったので、そのお茶を口にする。

 少し甘いお茶だった。

 ハティは甘いお茶が好きなのかもしれない。


 それからは、番頭と世間話をする。

 父は元気かとか、姉は元気かとか、ケイ博士は元気かとか、そういう話だ。 


「お待たせしました! あっ」


 最初に俺に応対してくれた店員が戻ってきた。

 そして、番頭が俺と話をしているのを見て、少しびっくりする。


「ご要望の品の準備ができました」

「ありがとうございます」


 そして、俺とハティは、番頭と別れて、店員と一緒に準備をしたという場所へと向かう。

 ベッドを店頭まで持ってくるわけにはいかないので、別室に揃えてくれたらしい。


 別室につくと、俺は揃えてくれた商品を確かめていく。

 ベッドはともかく、魔導具の材料は産地や製造工場までしっかり確かめなければならないのだ。


 その作業の途中で、

「あ、あの……」

 店員は俺に何かを尋ねたそうにしていた。


「なんでも聞いていいですよ」

「あの、すみません。番頭とはどのようなご関係なのですか?」

「古い知り合いです」

「そうだったのですね」


 どうやら、俺のことを知らないのに、丁寧に応対してくれたようだ。


「私からも聞いていいですか?」

「なんでしょう?」

「私の服って、とても金を持っているようにも、身分が高いようにも見えないと思うのですが……」

「そんなことは……」

「いえ、自分がどう見えているかはよくわかっていますから、お気になさらず」


 俺のことを、オイゲン商会と取引関係のあるヴェルナーだと知っているなら、何の不思議もない。

 お得意様を優遇するのは、良くあることだ。


「私が誰か知っていたわけではないんですよね?」

「も、申し訳ありません。誠に失礼ながら、存じ上げておりませんでした」

「ならば、なぜ……」


 粗末な服を着た俺を厚遇したのか。

 貴族っぽさ、つまり偉そうな態度がにじみ出ていたのなら、改めなければなるまい。


「お客様を服装で判断するなと、教えられておりますので」

「そうでしたか。素晴らしいことですね」


 そんなことを話している間に、商品のチェックが終わる。


「素晴らしい品質です。全て買わせて頂きます」

「ありがとうございます。代金ですが……」


 そのとき、部屋の中に、

「ヴェルナー卿! おいでくださるならおっしゃってくださればよろしいのに!」

 商会長が息を切らせて入ってきた。

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