第32話 辺境伯家に研究拠点を作ろう!
皇太子と話し合いをした次の日の朝。
朝ごはんを食べながらハティが言う。
「主さま。研究所はどこにつくるのじゃ?」
「まずは土地を見つけないといけないからな」
「大変なのじゃなぁ」
俺の弟子となったロッテは、賢者の学院の学生でもある。
賢者の学院に近い方がいいだろう。
そして、王宮に近い賢者の学院の周辺には上級貴族の屋敷が建っていることが多い。
土地の値段は当然高いのだ。
「金は払えるが……、そもそも売りに出されている土地があるかどうか」
とりあえず、オイゲン商会にでも出向こうと思う。
オイゲン商会ならば、よさげな土地を仲介してくれるだろう。
どんな土地がいいのかとか、土地の値段とか、そういう話をハティとしていると、
「ヴェルナーさま。土地をお探しのようですね」
そう尋ねてきたのは辺境伯家の執事である。
執事は昔から辺境伯家に使えてくれている、威厳を漂わせている六十代の老紳士だ。
王都屋敷の家政全般を取り仕切り、ローム子爵である姉の秘書役も務めている。
「そうだが……どこかに土地があるのか?」
「はい。ございます。朝食の後で、ご案内いたします」
「主さま! 土地が見つかったのじゃ! 良かったのじゃ~」
「そうだな」
そうはいっても、執事がどんな土地を紹介してくれるかわからない。
期待はしないでおく。
「主さまのために、土地を見つけてくるとは偉いのじゃ。かわいいのう!」
ハティは、パタパタ飛んで執事の頭を撫でにいく。
ハティが以前、猫と同じくらい人は可愛いと言っていたのは本当らしい。
俺も子猫も老猫も可愛いと感じるので、それと同じなのだろう。
「も、もったいのうございます。ですが私が見つけたのではなく……子爵閣下が……」
恐らく可愛いなどと言われたことは数十年なかっただろう老執事は戸惑っていた。
気持ちはわかる。
「ところで姉さんは?」
「はい。子爵閣下は、早朝から王宮に参内しておられます」
「そっか。それなら仕方ない」
姉であるビルギットは辺境伯家の嫡子、ローム子爵である。
父である辺境伯の名代として、毎日忙しくしているのだ。
王宮に出向くことも、珍しくはない。
俺とハティが食事を終えると、執事が言う。
「どうぞ、こちらにおいでください」
執事が向かったのは庭にある離れ家だ。
そんな離れ家があるとは、俺も知らなかった。
どうやら、ごく最近建てられたものらしい。
「子爵閣下が、ヴェルナーさまの研究室としてこちらを使うようにと……」
「……いいのか?」
「もちろんでございます。ラメット王国の王女殿下を弟子にされたとのこと。ならば辺境伯閣下もなにもおっしゃられますまい」
今までならば、屋敷の離れを研究所にしていたら、いつ追い出されても文句は言えなかった。
だが、他国の王女殿下であるロッテが通っている研究所ならば、父も文句を言わないだろう。
「もし何か言ってきたら、皇太子殿下に泣きつけばいいしな」
皇太子の要望に従い、ロッテを弟子にしたのだ。
少しぐらいなら、願いを聞いてくれるだろう。
皇太子から、父に「王女殿下を頼む」とひとこと言ってくれれば、それで充分だ。
父も「御意」としか返答するしかあるまい。
「ありがたく使わせてもらうよ」
「それがよろしゅうございます」
俺は離れ家の外周を一周した。
「姉さんは、もしかして……」
「ヴェルナーさまのお察しの通りでございます。ヴェルナーさまが賢者の学院をお辞めになったとお聞きになったらすぐに、この離れ家の建築を命じられました」
使うかどうかわからなかったときに建て始めてくれたようだ。
ありがたいことである。
俺とハティは離れ家の中に入って見て回る。
平屋で、中には大きな部屋が一つしかない。
そして、一般的な魔導具研究室の基本要素は全て押さえられていた。
水も使えるし、実験器具や道具なども一通り揃っている。
実験に使いやすい机も椅子もあった。
危険な液体をかぶってしまったとき用のシャワーまである。
だが、そのシャワーからはお湯が出ないし、外から見えないようにする仕切りもない。
あくまでも非常時用なのだろう。
当然のようにベッドもない。
風呂に入るときと眠るときは、ちゃんと母屋に戻ってこいと言う姉の意図を感じた。
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