第4話 姉ビルギット
馬車の中は暖かい。
馬車で走ると、すぐに実家の屋敷が見えてきた。
到着すると、執事は俺より先に馬車より降りて、丁寧に礼をする。
「おかえりなさいませ、ヴェルナーさま」
「うん、ただいま」
屋敷の中に入って、すぐのところで姉が仁王立ちしていた。
姉は俺をじっと見る。
「ふぅ。賢者の学院をクビになって、住むところがなくなったなら、すぐにこちらに来なさい。連絡もよこさずに、お前は全く」
「俺はこの屋敷には父上と兄上がいると思っていたんだ」
「だからといって……」
父と兄と仲が悪いとか、いじめられているというわけではない。
ただ、父と兄は俺が魔導具の研究ばかりしていることを快く思っていないのだ。
「父上も兄上も俺が魔導具の研究するのに反対だろう?」
「それは確かにそうだが」
「俺が賢者の学院をクビになったと知れば、絶対に面倒なことになる」
父と兄は俺が魔導具研究を続けることに反対なのだ。
その反対を抑えるのに、賢者の学院の助教という立場は非常に便利だった。
「私も、父上の気持ちもわからなくもないし、確かに嬉々として色々とヴェルナーにさせようとするだろうね」
俺の父はシュトライト辺境伯という大貴族だ。
シュトライト辺境伯として絶大な力を持つ父は、俺に魔導具の開発をやめろとよく言ってくる。
そして父の元で、辺境伯家の軍隊を率いている兄グスタフも父に同意見だ。
何かあれば、俺に魔導師として軍に入れと言ってくるのだ。
俺は軍人になどなりたくない。
だからこそ、実家とは距離を置き、ひきこもっているという面もある。
子供の頃にケイ博士の弟子となることを父が許可したのも、攻撃魔法を極めて軍で活躍することを期待してのことだ。
「父上とグスタフのことを面倒に思う気持ちはわかる。だが、いつもお前の味方をしている私にすら、連絡しないというのはどういうこと?」
姉は少し怒っているようだった。
「それは申し訳なく思っているよ。だけど、姉さんが王都に来ていることを俺は知らなかったんだ」
姉はシュトライト辺境伯家の嫡子、法定推定相続人である。
法定推定相続人とは、継承順位一位かつ、今後誰が生まれても継承順位一位から動かない者のことだ。
そして、ローム子爵というのは、シュトライト辺境伯の法定推定相続人が名乗る従属爵位なのだ。
そんなローム子爵ビルギットは、シュトライト辺境伯代理人として定期的に王都に滞在している。
宮廷に対する政治的なあれこれや、貴族同士のあれこれなどなど。
色々と忙しく働いているはずだ。
「私が帰ってきていることを知っていれば、連絡したと」
「まあ、そうなる」
そういうと、姉の表情は柔らいだ。
「ふむ。では連絡をよこさなかったことへの説教はこのぐらいにしておく」
「ありがとう」
「お腹が空いているね? 続きはご飯でも食べながらにしよう」
それから食堂に移動して、俺は出されたご飯を食べる。
やはり辺境伯家の屋敷で出る食べ物は美味しい。
賢者の学院で研究しながら放り込む乾燥パンとは比べものにならないほどに美味い。
美味しいご飯を味わっている俺を見ながら、姉はお茶を飲んでいた。
お腹がいっぱいになった後、俺は気になることを姉に尋ねる。
「……ところで、どうして俺の居場所が分かった?」
「花火をあげただろう?」
「あげたな」
「ケイ博士から今朝手紙が届いてな。花火があがったら、ヴェルナーが困ってるから助けてやれと」
「……あのいたずらにしか思えない手紙と花火にそんな意味があったのか」
驚くしかない。
「というか、ケイ先生は俺がクビになることを知っていたのか?」
「そうかもしれないな。何しろ千年の時を生きる大賢者さまだ」
何を、どこまで考えているのか、弟子の俺にもよくわからないときはよくある。
「とりあえず、ヴェルナーはこの屋敷でしばらくゆっくりしなさい」
「……それは、やめておく。研究したいからな」
姉が好意で言ってくれているのはわかる。
だが、この屋敷には、兄や父も定期的にやってくるのだ。
それに研究設備などもない。
「本当にヴェルナーは研究が好きだね」
「そうだな。多分性に合っているんだと思う。辺境伯家で内政や軍事面で手伝うよりもね」
「……なら渡すしかないね」
そういって姉は、執事に何事かを囁いた。
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