第5話 師匠からのちゃんとした手紙

 姉に囁かれた執事はどこかへ行った。


「姉さん、あれってなんだ?」

「ケイ博士からヴェルナーあてに手紙が届いていたんだよ」

「……手紙か」


 先ほどの花火の手紙と対になる手紙ということかもしれない。

 困った俺が花火を上げることで、辺境伯家に連れ戻される。

 そして、その辺境伯家に手紙を託す。


 そういう回りくどいことをやりたかったのかもしれない。

 深謀遠慮なのか、遊び心なのか、全く読めないのがケイ先生だ。


「ケイ博士って、今はどちらにいらっしゃるんだ?」

「俺も知らない。先週、突然学院に辞表を出して消えたんだよ」

「ふむ? よくわからないな」

「俺にもよくわからない」

 

 弟子である俺にも何も告げず、師匠は突然消えたのだ。

 学院長には腰が痛いという理由で辞表を出していたようだ。

 だが、俺はその理由を信用していなかった。


 千歳以上と噂されているもののケイ先生の実年齢は不明である。

 ケイ先生はエルフ。

 老化は遅い。ぱっと見では俺より年下に見えるぐらいだった。

 体も健康そのもの。だというのに急に腰が痛いとか言い出したのだ。

 怪しいことこのうえない。


 そんなことを少し考えていると、執事が戻ってくる。


「閣下、こちらです」

「ありがとう」


 手紙を受け取った姉は、そのまま俺に手渡してくる。


「何が書かれているのかはわからないが、とりあえず読んでみるといい」

「ありがとう」

「もしかしたら、研究所を建てるから手伝いに来いとか書いているかもしれないし」

「それはないと思うよ。……どれどれ」


 俺はケイ先生からの手紙の封を破って目を通す。



『親愛なるシュトライト


 これを君が読んでいる頃。わしは田舎の温泉に浸かってゆっくりしていることだろう。

 きっと君のことだ。


 学院をクビになって、困っているに違いない。

 まあ、これを読んでいるということは、無事、ご実家に戻ったのだろう。


 まあ、君は異常に優秀で強いから心配はしていない。だが、わしのほうが強い。



 さてさて、君には何も言わず隠居したこと、申し訳なく思っている。

 だが、どうしても腰が痛かったのだ。

 そういうことになっている』


「絶対嘘だろ……まあいいか」


 そういうことになっているのなら仕方がない。

 俺は細かいことには気にせず、続きを読み進める。


『一応、わしの後任に君を推薦しておいたが、学院長のことだ。

 わしの後任に君を就任させることはあるまい。


 もしかしたら、難癖をつけて、追い出したりもするのかもしれない。

 だが、いい機会だ。


 あいつらの君に対する態度は良くない。

 クビになっても君は困るまい。だが、あいつらは困るだろう。


 君は当面好きに過ごせばいい。引きこもってもいいだろう。

 もしかしたら、何かを頼むことはあるかもしれない。

 その時は頼む。


 師として君には魔法技術は教えることはもうない。もちろんわしのほうが強いのだが。


 わしは君にひきこもるなとは言わない。

 実際、わしは温泉付きの家を買ってひきこもっている。

 うらやましいだろう。

 わしは強いのでこういうことができるのだ。


 君は天才だ。

 魔導具は独創的にして革新的。

 控えめに言っても、魔法理論を二百年は進化させたと言っていいだろう。

 ちなみにわしは八百年は進化させた。



 わしは君に危険な新技術を開発するのは慎重にしろとは言わん。

 技術や理論の進歩は止められん。隠しても誰かが思いつくものだ。

 君自身が悪しき目的で開発や研究をしなければそれでよいとわしは思う。


 だが、師として老婆心ながら、これだけは言わせてもらおう。


 研究所の防護はしっかりしろ。

 わしよりも弱い君にとってはとても大切なことだ。


 安全安心快適なひきこもりライフには、それが必須だ。


 そして最後にわしから大切なことを一つ言っておこう。

 わしのほうが強い。



 君よりも強い君の偉大なる師匠、大賢者ケイ』


 そこまで、自分の方が強いと強調しなくてもいいのにと思う。

 千歳を超え、地位も実績も得ているのに、まだ弟子に負けたくないというその向上心。

 なんと若いことか。


 俺も見習わなければなるまい。


「……とはいえ、自分で自分のことを大賢者とか偉大とか言うか普通」

「ケイ博士は何だって?」

「研究室の防護はしっかりしろって」

「それだけ?」

「それだけだな。あと師匠のほうが強い」


 そういって、俺は手紙を姉に渡す。


 手紙を読んだ姉は

「本当にそれだけなのだな」

 と呟いた。



「姉さん。師匠には色々言いたいこともあるが、書いてあることは間違いない。研究室の防犯と防御はすごく大切なんだ」

「防犯なら、この屋敷も充分――」

「もちろん警備は厳重だろう。だが、師匠の言う防護というのはそれだけじゃない」

「ふむ?」


 姉はこちらをじっと見て、俺に続きを話すように促してくる。


「開発する魔導具には鉱山用採掘に使う爆弾の類もある。事故が起こっても周囲に被害が及ばないようにしなければならない」

「それは、そうだろうな。起こさないよう万全を尽くしていても起こりうるから事故なのだし」

「まあ、いつも危ないものを作っているわけではないが魔導具作りに使う薬品類には有毒な物もある」


 賢者の学院の壁は非常に分厚い。

 有毒ガスが発生したときに排出する装置などもあった。


 そのような設備のない辺境伯家の屋敷で、開発をするのは危なすぎる。


「ということで、防護用魔導具を開発できるまで、王都を離れようと思う」

「……王都郊外に研究所を作るのか?」

「ひとまずは。数年前に師匠の手伝いをしたときに使っていた拠点があるからね」

「……そうか」

「ということで、早速」

「待て待て。少しゆっくりしていくといい」


 姉は慌てたようにそんなことを言う。

 急いでいるわけでもない。


 だから俺は三日ほど辺境伯家の屋敷に滞在した。



 俺はひきこもりたい。

 とはいえ、荒野でひきこもるのは色々大変である。

 本当は王都でひきこもりたい。

 田舎より都会のほうが、ひきこもり生活を送るにしても便利だ


 だが、王都での快適ひきこもり生活を現実のものとするには、下準備が必要である。


「……安全安心、かつ快適なひきこもり生活まで、あと少しだ」


 色々と面倒なことも多いが、ひきこもり生活のためなら頑張れる。

 俺は沢山の保存食を姉からもらい、馬車で送ってもらって、荒野へと移動したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る