第3話 師匠の全く役に立たない伝言

 ゲラルド商会を通じて、家を借りるという手段がうまくいかなかった。

 もう日が沈みつつある。

 今日中に新しい住処を手に入れるのは難しいかもしれない。


「どうするか。宿屋に行くとしても……」


 かなり歩くことになる。

 賢者の学院は王都の中でも、王宮に近い。

 周囲には上級貴族の屋敷などが並んでいるのだ。


 王宮や上級貴族をお得意さまとしている大商会の本店とかはあっても、宿屋などはほぼない。

 俺が泊まりたい安い宿やなどは、皆無である。


 安い宿屋に泊まるためには冬の夜の道を数時間歩く必要がありそうだ。


「……寒くなってきたな」


 日が沈み、さらに悪いことに雪が降り始めた。

 元々温かい室内で研究していたところを、学院長室に呼び出されて追い出されたのだ。

 雪の降る中を歩くには、少し薄着だ。


「何かあったような」


 職員に大半の服をごみにされてしまったが、無事だった服もあるのだ。

 鞄をガサゴソ探って、無事だった厚手のローブを取り出した。


「これが無事だったのは、奇跡だな。いや……そうじゃないか」


 そのローブは師匠であるケイ博士から昔にもらったものだ。

 師匠が素材から手作りした服で、とても丈夫で温かいのだ。

 刃物も通らないし、牛に引っ張らせても破れない。


「職員も破こうとしたが、出来なかっただけかもな」


 盗まなかったのは、一見するだけでは、地味でボロに見えるからだろう。

 それに、盗品を持っていれば、俺が訴え出たときに証拠になり得る。


 俺は師匠に感謝して、そのローブを身に着けた。


「む? なんだこれは」


 ポケットの中に何かが入っている。俺の記憶にないものだ。

 手に取ってみると、小さな筒だ。

 しかも、軽く認識阻害の魔法もかかっている。

 魔導師ではない職員なら気付けなかっただろう。


「……こんなことをするのは師匠かな」


 このローブを最後に着たのは、一年ぐらい前だろうか。

 その後、どこかのタイミングで、この筒を仕込んだのだろう。

 俺の部屋に自由に出入りしていた師匠なら簡単なことだ。


「えっと、筒の中には一体何が……」


 筒は中が空洞になっており、手紙と小さな球が入っていた。


『親愛なるシュトライト


 もし困っているなら、その球に魔力を込めて空高く放り投げなさい。』


 手紙にはよくわからないことが書いていた。

 しかもどうやら、文章はそこで終わっている。


「なんだこれは? だが、師匠がいうのだからきっと何か意味が……」


 俺は球に魔力を込めて、空高く放り投げた。

 すると、


 ――ひゅるひゅるひゅる…………ドーン


 雪の降る冬の夜空に似つかわしくない、綺麗な花火だった。


「なに、これ」


 俺はもう一度手紙をじっくりと見る。

 すると、うっすらと文字が浮かびかがって来た。


「花火に反応して文字が浮き出る仕組みか」


 手紙と花火で一つのセットとなる複雑で非常に高度な魔導具だったらしい。

 同じものを作るならば宮廷魔導師が総力を挙げて、数か月かける必要があるだろう。


「それで、そんな高度な魔導具を用意して師匠は一体何を……」


 俺は浮き出た文字を読む。


『どうだ。綺麗だっただろう。


 たまには夜空でも見上げて、のんびり深呼吸でもしてみたらいい。

 そうすれば、なにかいい考えも浮かぶかもしれないな。


 君の偉大なる師匠、大魔導師ケイ』


 それだけだった。


「……えぇ」


 師匠の書いていることは何も間違ってないが、今の俺には何の役にも立たなかった。

 大人なのだから、困っても自分で何とかしろということなのだろう。


「……まあ、いいか。宿屋に行こう」


 師匠は遊び心を持った人間なのだ。

 深く考えても仕方ない。


 だから俺は夜道をゆっくり歩いていく。


 花火を打ち上げてからだいたい十分後。

 大きな馬車が走ってきて、俺の真横で止まった。


 そして、中から身なりのいい男が降りて来る。


「ヴェルナーさま。お探しいたしました」

「…………うん」


 その男は、俺の良く知っている人物だった。

 実家の執事の一人である。


「ヴェルナーさま。お寒いでしょう。どうぞ馬車の中へ」

「俺は宿屋に」

「一晩ぐらいよろしいでしょう。それに今お屋敷にいらっしゃるのは子爵閣下だけでございますから」

「わかったよ」


 馬車に乗った俺は、そのまま実家へと連れていかれたのだった。

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