第2話 住む家も失う魔導具師

 クビを宣告されたあと、研究室に寄ることも禁じられたので、俺は自分の住居へと戻る。

 俺は賢者の学院の寮に、それこそ学生の頃から長い間住んでいたのだ。


 だが、自室の前には屈強な警備員が二人立っていた。


「……あの、私の部屋に何か御用ですか?」

「シュトライトさんですね」

「はい」

「この部屋に立ち入ることはできません。この部屋も学院の財産ですので」


 確かに学院の寮だから、学院の財産ではある。

 だが、この部屋の住民は十年以上この俺だ。生活用品はこの中にある。


「退去しろというのはわかりました。とりあえず私物を……」

「それでも入れるわけにはいかないんです。命令ですから」


 上からの命令なら、警備員に何か言っても仕方がない。

 だが、私物を取り戻すためにどうしようか考える。


 住居といっても、帰ってきて寝るだけのスペースだ。

 金目のものはないが、思い出の品はある。


「この部屋には研究室のように、研究開発の何かがあるわけではないんですけど」


 だから封鎖する理由もないのだ。


「事情は理解いたしましたが……その、命令なので――」


 申し訳なさそうな警備員の言葉の途中で、


 ――ドサドサ


 扉近くの窓が開いたと思ったら、俺の私物が投げ捨てられる。

 あまりの事態に警備員は目を丸くしていた。


「その汚物を持って、とっとと消えろ!」


 人の私物を汚物とはひどい言い草である。

 部屋の中から聞こえた声は、学院長と魔導具学部長と仲のいい職員のものだった。


「さすがに――」

 ひどすぎるだろうと思ったのだが、

「うるせえ! 消えろ!」

 職員の馬鹿にした声に続いて、ゲラゲラと笑い声が聞こえて来た。


 学院長と魔導具学部長の息がかかった職員たちが集団で、俺の部屋を漁っていたらしい。

 やっていることが、ほぼ空き巣だ。


「……すみません」

 警備員が謝りながら、俺の私物を拾い上げようとする。


「おい! 余計なことするな!」

 それをみた職員が警備員を怒鳴りつける。


「お気になさらず」


 俺は地面にしゃがみこんで、私物を拾う。

 学友や師匠、家族から貰ったものなどが中心だ。


 俺の衣服の類は、ほとんどがボロボロになっている。

 縫い目を破り、ポケットの中を漁った形跡があるものさえあった。


「……人の服になんてことを」

「はぁ? 元々そうだったが?」

「ああ、確かにそうだった。なあ、みんな」

「違いない。この目でしっかり見ていた」


 全員が口裏を合わせているらしい。

 抗議しても、証拠がないと取り合ってもらえない可能性が高い。


 俺は、あきらめて私物を回収し立ち去ることにした。

 そんな俺に向かって、

「二度と戻ってくるなよ!」

 職員たちの馬鹿にした声と、ゲラゲラという笑い声が浴びせかけられた。


 寮から立ち去る前に、もはやゴミと化した俺の衣服の大半をゴミ捨て場に捨てた。

 残ったのはわずかな衣服と思い出の品だけだった。



 追い出されるようにして学院を出た俺は、困っていた。


「職と同時に住む場所まで失ってしまった」


 このままでは、冬だというのに野宿である。

 命にかかわりかねない。

 実家に戻るという手段はあるが、父も兄も俺が魔導具を作っていることにあまり好意的ではないのだ。

 なるべくなら、実家に戻るのは最終手段にしたい。


「部屋を借りるために、馴染みの商人のところに行くか」


 俺は助教時代、魔導具を卸していたゲラルド商会へと向かうことにした。

 ゲラルド商会は、大きな商会である。

 日用品から魔導具、宝石類から武具防具、それに不動産まで扱っているのだ。


 ゲラルド商会には、いままでとても良くしてもらっている。

 俺がまだ十歳ぐらいのころ、師匠であるケイ博士のお遣いで出向いた時からの付き合いだ。

 先代の商会長は、子供だった俺にお菓子をくれたり、色々可愛がってくれたものだ。


 学院を卒業し、助教になって、商会長も代替わりした。

 それでも、ずっと仲良くしてもらっている。


 俺はいつものように、ゲラルド商会の建物の中へと入る。

「すいません」

「………………」


 商会にはいつものように店員が沢山いる。

 だが、いつもとは違い、誰も挨拶を返してくれなかった。

 いつもならば、気付いた店員が駆け寄ってくるのだ。


「あの、シュトライトですけど、用がありまして」

「うちにはありませんよ?」


 そういったのは主任の一人だ。

 店員の中ではそれなりに偉い人物である。


「え?」

「みじめに、学院をクビになったあんたにかまってる時間はないって言ってんだよ」


 まさか、俺が学院の仕事のふりをしてやって来たとでも誤解しているのだろうか。


「いや、今日は学院の仕事ではなく、個人的に……」

「だ~か~ら! お前なんかと、うちは取引しねえっていってんだ、帰れ!」


 店員たちがくすくすとこちらを見て、馬鹿にしたように笑っていた。

 店の奥にいる商会長が、冷たい目でこちらを見ている。


 ゲラルド商会全体が、俺とは取引しないと決めたのだろう。

 学院長が裏から手を回したのかもしれない。


「そういうことなら、わかりましたよ」


 誰と取引するかは店の自由だ。

 腹が立つし、理不尽に感じるが仕方がない。


 俺はあきらめて店を出ると、冬の寒空の下を歩いていった。


 ◇◇◇◇◇


 立ち去ったヴェルナーを見て、店員の一人が主任に言う。


「見ましたか? あのみじめな後ろ姿を」

「ああは、なりたくねえな」


 主任はそう言って、ヴェルナーを鼻で笑った。


「これからは、賢者の学院が開発した優秀な魔導具を専売できるってことっすね」

「ああ、大儲けだ。あいつも魔導具学部の研究者の一人だったらしいがな」

「でも、下っ端っすよね」

「そうだ。偉大なる師匠の七光りで助教になった無能らしい」

「はぁ。どこの世界にもいるんすねぇ、コネだけで偉くなる無能ってのは」

「そうだな。魔導具学部長さまと、その指導を受けた研究者たちの魔導具があれば、うちが魔導具販売の分野で天下を取るのもそう遠くはないだろうさ」

「ボーナスも期待できますね!」

「そうだな」


 ヴェルナーの情けない背中を見て、ゲラルド商会の皆がそう思っていた。

 ボーナスに胸を躍らせ、ワクワクしていた。


 そして、商会長は誰よりも黒い笑みを浮かべていた。


 だが、賢者の学院名義で販売されている魔導具の九割以上がヴェルナー一人によって開発されていたことを、彼らはまだ知らなかった。


 ◇◇◇◇◇

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