下ネタを叫ぶ高貴な人
実際は軍人だった、薬屋のお兄さんと雑貨商のお姉さんは大丈夫なんだろうか…
髭父も屋敷にはまだ戻っていないし、もう帰っていいよ?と言ったのにリム兄は怖い顔で温室の転移陣を睨んでいる。
「……」
そしてリムは暫く睨んでいたが、おもむろに温室に設置してあるテーブルの下に手を入れてゴソゴソし始めた。
「あっ!」
リムが触っているのはもしかして!?エリンプシャーとココトローナの森を繋いでる転移魔法陣!?
私はリムの背中に飛びついて、剥がそうとしているリムの腕を掴もうとした。
「だ、駄目!!その転移陣の術式を外しちゃったら、ここに転移出来なくなる!お兄さん達がエリンプシャーに取り残されてっ…」
リムは私を引き剥がすと私を見て、淡々と説明した。
「その転移陣を使って、エリンプシャー軍がここの屋敷内に直接乗り込んで来たらどうする?俺一人では防ぎようが無い」
「あ…ぅ……っ」
言い返せない、確かにその通りだ。もしあの転移陣を使ってエリンプシャー軍がここになだれ込んで来たら、私個人の問題では済まなくなる。
私のせいで、エリンプシャー軍をこの屋敷内に誘い込むわけにはいかない。
リムはテーブルの裏側から転移魔法陣の描かれた紙をはがしてしまった。
「心配するな…ビラスさんは部隊で副隊長を兼任している腕前だ。ユーラさんも強い。たかだか数十人規模の手勢に後れをとることはない」
副隊長!?あのお兄さん髭の次に偉い人だったの…そう言えばお姉さんはともかくとして、お兄さんは初めて会った5年前から成長というか老化を感じないんだけど、お兄さんって実はおいくつなの?
おねえさんに年令を聞くのは憚られるけど、お兄さんに聞いたら教えてくれるかな?
リムは強い…と言ってはいるが、お兄さん達の移動手段が断たれた今、どうすればいいんだろうか…と心配になり、落ち着かないので温室を出たり入ったりを繰り返していた。
やがて…門扉の所に髭父の魔質が近付いて来た。私は急いで駆け出した。
「お父さ…」
門扉には物々しい集団がいた。
髭父と、夜なのに何それスポットライト当たってる?みたいな銀髪の若くて格好いい男性と、ちょっと怖そうなおじ様と軍服を着た方数名、そしてローブ姿の方数名が屯っていた。
明らかに父の知り合い、つまりはマワサムラ帝国の関係者だと思われる。
走る速度を落として、そろそろと近付いて行くと…スポットライトを浴びたような銀髪の格好いい男性(よく見ると私と同年代かな?)が私の方を見て、破顔すると両手を広げてこちらに駆け出して来たぁ!?
「ひぇぇ!?」
銀のイケメンだけど、何故私に向かって駆け寄って来るの!?え?え?なにぃ?
慌てて逃げようと後ろを向くと、ブルーグレーの髪色を輝かせて闇夜にしっとりした色気を放つイケメンリムが、私を追いかけて走って来ていた。
前門の銀のイケメン、後門の青いイケメン…イケメンの挟み撃ちだ。
どうしようどうしよう!?と慌てている間に、銀のイケメンにタックルをされてしまった。
「会いたかったよぉぉぉ…」
「ぎゃあぉ!?……ん?やだぁ!?どこ触ってるんですかぁ!あなた誰よっ!?おとうさーーーんっおと…」
銀のイケメンのタックルで地面にひっくり返ってしまった私は、銀のイケメンの締め技?から逃れようと、藻掻きながら髭父に助けを求めた。
「陛下っ!?」
「娘から離れて下さい!」
「陛下っ!婦女子に何たる行いですかっ!?」
髭父とおじさん達の怒号を聞いて、ギョッとして銀のイケメンを見ようとしたら…銀のイケメンがビョンッ!とバネのような動きをして羽交い締めしていた私から飛び退くと、何故だか丸くなって地面にゴロンと寝転がった。
今がチャンスだ、このまま逃げようと這いつくばったまま移動していると、追い付いて来たリムに抱き起こされた。
「ありがと…ぅ」
「こ…こらー!この拘束魔法っは…リム=フィッツバーク!!お前だな!?」
地面にゴロンと横になったまま、叫んでいる陛下?と呼ばれている銀の髪のイケメン様を怪訝な顔で見詰めていると、リムがボソッと呟いた。
「今はイアナの護衛を任されています」
陛下?は芋虫のように地面でモゴモゴと動いていたが、髭父とおじ様に支えられて何とか立ち上がっていた。
立ち上がった時に、髭父が拘束魔法の解術をしていた。陛下?はリムをびしぃと指差した。
「ふ、不敬だぞぉ!リムゥゥ!」
「何を仰いますかっ!婦女子に飛びつく陛下の方が悪いのでしょうが!」
おじ様が、陛下(確定)を叱った。
初めて皇族の方にお会いしたのが、叱られている時なんて…なんだか締まりがないような気がする。
じっとりした目で陛下を見ていると髭父が近付いて来た。
「遅くなってすまんな、あの通り陛下が付いて来ると騒がれてな…」
ホントびっくりだよ。皇帝陛下だっていうからてっきりエロジジイかと思って心の中でエロジジイと連発していたのに、なんと同年代っぽい年令な上に、銀色の髪の美形陛下だったとは…
エロジジイなんて思っちゃってすみません、でも可愛い女性の護衛がイイナ!とかの選り好みは良くないと思います。
「…もう分かったよっそんなに言うなよ!益々禿げに拍車がかかるぞ!」
「陛下っ!!」
皇帝陛下の威厳とか貫禄を全く醸し出さないまま、銀色のイケメン陛下はお小言を言っているおじ様に、禿げしく憎まれ口を叩きつつ…私の方を見てきた。
「や~ごめんねぇ!さてさて改めて…ヴィアンド=フォエルバ=マワサムラだ!宜しくっ」
か…軽~いぃ
私は慌てて腰を落としてカーテシーをした。
「イアナ=トルグードと申します」
髭父も私の横に倣って腰を落とした。
皇帝陛下から、小さく笑い声が漏れた。
「イアナよ……本日より私の護衛を申しつける!」
「陛下っ!?」
「癒しの魔女は治癒専門だと聞きますよ!?」
「まだそのようなことをっ!」
禿げ疑惑のおじ様や軍人さん?と髭父から一斉に声が上がった。
私も顔をあげて、胡乱な目を皇帝陛下に向けてしまう。
本当に護衛に、とか言ってるんだ…私なら陛下の横に突っ立ってるだけで、なーーんにも出来ないと思うけどな
「疲れたらすぐにイアナの手で優し~く擦ってもらいながら、回復魔法をかけてもらえるじゃないかっ!」
「そんなものは回復薬を飲んでおれば宜しいでしょうが!!」
「ヤダッ!若い女の子に擦ってもらいながら…が良いんじゃないかっ!」
「何を破廉恥なことを仰いますか!!」
どうやら、禿げ疑惑のあるおじ様がこの銀髪陛下のお目付け役&お叱り役らしい…オツカレ
「取り敢えず…リム、任務ご苦労。お前は休職扱いだからすぐにでも復職しろ」
「はっ」
髭父がリムに向かって、それと…と言いかけた時に門扉に魔質が二つ現れた。
「!」
私が身構えると、父が手で制してきた。
「大丈夫だ…ビラスとユーラだ」
その名前は!薬屋のお兄さんと雑貨商のお姉さん!?
私は門扉に向かって駆け出した。門の向こうからビラスさんとユーラさんの姿が見えた。
「お兄さんっお姉さん!?」
「あ…よっ!イアナちゃん、無事だったか?」
お兄さんとお姉さんの軍服は少し着乱れて、汚れたりしている。まさか怪我を?と思い、私はビラスさんの体をすぐに診た。重症な傷は無いみたいだ…良かった…すぐにビラスさんの体に回復魔法をかけた。
ビラスさんは笑顔になった。すぐにユーラさんの体を診た。
ユーラさんはお腹に深手を負っている!?すぐに治療魔法をかけた。ユーラさんは一瞬、顔を歪ませたがすぐにいつもの無表情に戻った。
「すまないね…ありがとう」
「どういたしまして」
私はユーラさんの治療が終わりかけたところへ、ユーラさんの体全体に回復魔法をかけた。
「や~お見事!回復魔法の術の施術速度も速いし、おまけに治療の完治速度が恐ろしいくらい速い!さすが、癒しの魔女!」
「……お褒めに預かりまして恐縮に御座います…」
カカカ…と笑いながら近付いて来る、皇帝陛下を胡散臭げに見詰めてしまう。何か胡散臭いと感じるのだ…乙女の勘だが…
「イアナの手に触れられて元気になるのが待ち遠しいなぁ!」
元気…の単語を妙に張り上げて叫んだのが、下ネタ発言のような気がして顔を引きつらせていると、私と同じく下ネタと感じ取ったのか…禿げ疑惑のおじ様が、あろうことか皇帝陛下の後頭部をグーパンチで殴りつけた
「陛下っ!」
「叔父上…今、本気で殴ったね?父上にも殴られたことないのにっ!?」
どこかの歩くロボのパイロットが叫んでいた名言に似た言葉を発した皇帝陛下の言葉で、禿げ疑惑のおじ様は皇帝陛下の叔父?伯父?だということが、今…判明した
「眠い……俺、取り敢えずミラムが気になりますので、一旦帰ります。明日、頼むなイアナ」
今、話し出した言葉の直前にリムの本音が駄々洩れしていたような気もするが、頷き返すと、こんなワチャワチャした状況の中でリムは転移して颯爽といなくなってしまった。
あいつ…面倒臭くなって逃げたな?…そんな気がする。
「とにかくぅ~イアナに癒されたいんだ!」
「我儘を言うなっ!」
宰相閣下の伯父?叔父?と皇帝陛下の甥の口喧嘩がヒートアップしているのを見かねて、側にいたおじ様達が仲裁に入っていた。
「まあまあ…宰相閣下もその辺で…」
「もう夜も遅いですし…」
禿げ疑惑のおじ様は宰相閣下だったようだ…結構偉い人だ。そりゃ皇帝陛下の親戚だもんね
ていうか、私もそろそろ寝たい…欠伸をかみ殺していると皇帝陛下と目が合ってしまった。
「いっけない☆女の子に夜更かしは禁物だったね!詳しい話はまた今度ね~先ずはリムの弟の治療に専念してくれたまえ!」
「え?は?…はぁ…?」
私が返事を返す前に、皇帝陛下は高笑いをしながら帰って行ってしまった…
「陛下っ!?」
「全く気ままでおられるから…」
お付きのおじ様達が小声で文句を言いながら、その後をゾロゾロと付いて行く。最後に残った宰相閣下が、髭父を見上げてきた。
「モーガス=ノワリア隊長…リム=フィッツバークの弟御の容態はどうなのだ?」
髭父は私を見てきたので父の代わりに私が答えた。
「はい、病の元は根絶しましたので後は体力をつける為の食事治療と、筋力をつける運動をミラム君に教えて行こうかと…」
宰相閣下は満足そうに頷いている。
「そうか…暫くはそちらの治療を優先させて構わない…ただなるべく早く皇城に登城してもらいたい」
「えっ!?」
銀色の陛下は半分ふざけて護衛にイイナ!と言っていると思っていたけれど、宰相閣下の魔質を視ると……閣下は真剣だった。
宰相閣下は何度か門扉の方を見てから声を潜めて話し始めた。
「実は陛下は今年に入って数度、毒を盛られているのだ」
「えっ!?」
驚愕して叫び声をあげてしまったが、髭父は驚いていないので知っていたようだ。そうか…父も影の護衛だから当然知っているよね。
「毒と並行して刺客にも襲われている。刺客の方は近衛とノワリア隊長が防いでいるが…毒物に関してはかなり危険な状態に陥った…そこで、常に陛下のお傍で完全解毒の出来る治療師を常駐させたいと考えている…それが、イアナ嬢だ」
「はあ…なるほど」
毒は多種多様な数がある。普通の治療術師は薬と魔力による治療を併用して対応している。外傷性の怪我とは違って内部の治癒には魔力のみの治療は向いていないとされている。
ところが、私には異世界から来たせいか、チート能力が備わっている。完全解毒、完全修復、完全完治…つまり寿命以外の病気は“完全に治せる”し“体組織の再生”も自由自在なのだ。
これが私が癒しの魔女と呼ばれる本当の理由だ。だからと言って私の髪の毛に不老長寿の成分は含まれていないよ?念の為…
そうか…毒物か…毒の特定に時間がかかれば死に直結するし、後遺症が残れば帝国の君主としては致命的だ。
覇権争いかな…あぁヤダヤダ…リアル宮廷愛憎劇場じゃないか。だからと言って助けられる命があるのに、見てみぬふりも寝ざめが悪い。
はぁぁぁ…父がお世話になってる職場(皇城)だしなぁ…
「分かりました。ミラム君の治療が一段落したら護衛につきます。あの…ひとつだけお願いがあるんですが」
「おおっ…それは有難い!で…何かな?」
「陛下に抱き付かれたり…体を触られたりするのは困るのですが…」
「っ……すまんな…言い聞かせておくから…」
宰相閣下が躾のなっていない飼い犬の不始末を謝る、飼い主のような魔質を体から滲ませている。色々とオツカレ…
「その点は心配いらん、リムをお前と陛下のお目付け役にしておくからな」
髭父がフンスッと鼻を鳴らして宣言してくれた。それは頼もしい…何せ不敬上等で拘束魔法を高貴な人にサラリとかけられるリム兄なら適任だと思ったからだ。
よし…明日から頑張ろう!
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