父、乱入

リムのおばあちゃんに泣きつかれて、懇願されたのでフィッツバーク家で夕食を食べて帰ることになった。


おばあちゃんは喜んだり泣いたり…笑ったり、嬉しさのあまりに、孫の病気が治ってハイ状態になっているようだ。


これはこれでお年寄りだから、急な心身の変化から倒れたりするんじゃないかと…夕食を頂きながら時々、おばあちゃんの体内魔流を目視確認しておいた。


夕食後、ミラム君の診察をした。うんうん、順調だね。


「大分、魔力が流れてるね…どう?目がはっきり見えてきてる?」


「うん…おねーちゃんの顔が見える…」


おおっ…もう喋れるんだ!ふむふむ…リム同様、ミラム君も魔力量が膨大なようで、体中を勢いよく魔力が流れているのがよく視える。


「流石、リムの弟ね!魔力量が多いね~将来良い術師になれるよ」


私がミラム君に、回復薬入りの液体シロップを匙ですくってあげながらそう褒めたたえると、ミラム君はシロップを飲み込んだ後にニッコリと微笑んだ。


「僕…大きくなったらおにーちゃんみたいな軍人さんになるんだ…」


おおっ軍人さんねぇ!へぇ…軍人?あれ?なんだと?兄みたいな軍人だって?ま…まさか、今は裏稼業っぽいお仕事をしているけれどリムってもしかして元は…


「ミラム君~?お兄さんはお仕事、軍人さんなの?」


ミラム君はこっくりと頷いた。


「第二部隊の隊員さんなんだ…この前、隊長のお髭のおじさんがミラムは将来はおにーちゃんみたいな軍人になれるよ~て言ってくれたよ?」


ちょっと待て?第二部隊だって?髭の隊長だって?


………うちの親父じゃないか。


なんてことだ!?リムは元軍人で…私の父の元部下だったのか!?これはマズいんじゃないか?


あれ?髭のおっさん(父)と言えば、何か忘れてるような?う……ん?


「おねぇちゃん…眠い…」


ミラム君が目を擦り出したので、横にさせると掛布を肩までかけてあげた。


「また明日、様子を見に来るからね?おやすみ」


「ぅ…ん、ぉ…すみ…なさい」


ミラム君が寝息をたてたのを確認して、部屋を出た。廊下には元軍人(疑惑)のリム兄が壁に凭れて立っていた。


「ミラムの様子はどうだ?」


「魔流の流れも順調だし、大丈夫そうだよ。暫く経過観察が必要だけどね~」


リムは大きく息を吐くと、床に膝を突いた。


「イアナ=トルグード、貴方のお陰で我が弟の命が助かりました。癒しの力と慈悲を与えて頂き深く感謝します。ここに我が剣と魔力を捧げ忠誠を誓うことを…」


「ぎゃあ!それ待ってっ待ってっ!!マワサムラ帝国の騎士の忠誠じゃないの!?やめてよ」


何を思ったのか、突然忠誠を捧げようとしたリムの言葉を強引に遮った。ヤバイ!!本当にリムって元軍人なんだ!


父が亡き母に同じような文言で、愛と魂を捧げる…とか言いながらイチャイチャしているのを、子供の時に何度も見ていたのだ。


忠誠の言葉を遮られたリムはムスッとした顔をして、私を鋭く睨んできた。


「イアナは治療代いらねぇと言ったじゃないか…じゃ俺の忠誠と体を差し出すしか…」


「からだぁ!?いやいやいや…待て待て!そんな極端なの求めてないから!私としてはあの転移陣を黙っててもらうことと、難病の治療させてもらえて術師としては勉強になったし、もう対価はもらったの!後はリムが危険な仕事から足を洗う!これだけは守ってもらえればいいから!」


そう…ご家族はおばあちゃんと弟との三人暮らしみたいだし、兄が仄暗い仕事をしているなんて、言語道断!


息継ぎしないで叫んでから、ハァハァいいながらリムを見詰めた。


「分かった…感謝する。でも何かあったら必ずイアナの力になる、いつでも言ってくれ」


「了解です……明日もミラム君の様子を見に来るから、今日は帰るね」


私が早く帰ろうと、フィッツバーク家の外に出ると何故だかリムがついて来た。


何の用?


「いや…夜も遅いし送っていこうかと…」


「大丈夫だよ」


そう言うとリムは目付きを鋭くした。


「ちょっと待てよ、今まで何度も殺されかかってるもん…とか言ってなかったか?こんな夜にフラフラと出歩いては危険だろ?」


何故、私の口真似をするんだ?もん…とかイケメン様なのに気持ち悪いと一瞬思ってしまったよ。


「あの…ほら、帰りは特区の方向だし…」


「特区だからと言って狼藉者が出ないとは限らないよ…やっぱり送ってくよ」


あ…もう~妙なところで騎士道精神?とでもいうのか、発揮してくるんだねぇ。


でも、まあいいか…流石の私でも夜道は怖いし…


リムが転移魔法を発動してくれて、一瞬でギルレアト区の父の屋敷に着いた。その時に屋敷の中に魔質の気配を感じた。


あああっ!!屋敷に明かりがついている!父、居るのか?そうなのかっ!?


そうだっうっかりしていた、今日父が…魔獣討伐の遠征から戻って来る日だった!


私が門前でオロオロしているとリムが明かりに気が付いたのか


「ん?屋敷の持ち主が帰っているのか?使わせてもらったし挨拶したほうがいいか?」


とか言い出してしまった。


「ああ、いいやえっと…そのぉ…」


私が少し言い淀んだ時に屋敷の中から地鳴りが聞こえてきた。


ヤバイヤバイ!!!


「イアナーーーー!!!こんな遅くまでどこに行ってたんだぁぁぁぁ!!!んん?」


髭の隊長……父親のモーガス第二部隊隊長…恐らくリムの元上司が、屋敷の中からバーンと飛び出して来た。


髭の親父は飛び出してきて、私の周りを忙しなく見回している。


「あれ?おかしいな…お前誰かと一緒にいなかったか?」


「え?」


私は周りを見た……横に立っていたリム兄がいつの間にか消えている!?


「う~ん…?この魔力残滓どこかで……」


髭のおっさんはこんな余計な所で軍人の勘?を働かせ始めたようだ。これ…リムの存在を隠してあげた方がいいのだろうか?そうだよね?…でも、私が内情を知っている訳じゃないしな…そもそもリムはどんな形で軍を辞めた?もしくは休職中?になっているんだろうか…


「遅くなったのは…難病の患者の治療に出向いてたからなの…」


「難病…?」


父が更に目つきを鋭くした。


「ねえ…お父さん、知ってる?エリンプシャー王国がうちの森に入って来る人に、通行料取ってるの…」


「え?」


父はキョトンとした顔をしている。父の魔質に嘘はない…父も通行料のことは知らなかったようだ。


「この際だからお父さんが知っていること全部教えてよ?お母さんがあの家に魔術防御障壁をあれほど頑丈にかけている訳を…おじいちゃんが必要最低限しか森から出ないように…って言い続けてた訳を…何故あれほど暗殺者がやって来ているのか…知ってるんでしょう?」


父は暫く迷っていたが


「中に入ろう…」


と、私を屋敷の中に促した。


それにしてもリムはどこにいるんだろうか?微かにだが、リムの魔力が漂っているので、もしかしたら近くで聞き耳をたてているのかもしれないけど…


「何かまだ気配を感じるな…お前、誰といたんだ?」


父は振り返りつつ、門扉の辺りを睨んでいる。


髭のおっさん(父)は思っていたより鋭かった!やっぱり腐っても軍人だった!


その時…魔力の気配が濃くなり、何も無い空間からリムがふらりと唐突に現れた。


「!」


一瞬で戦闘体勢になった父は、現れたリムを見て


「リム…お前、リムじゃないか!こらっ今までどこに行って………お前、うちの娘と一緒だったのか?」


と、言いかけてすぐに怖い魔質を放ち始めた。


「ノワリア隊長……申し訳ありません」


「うるせーぞ、リム!申し開きは聞かねえ…うちの娘に手をだしたのか…」


こらーーーっ髭っっ!!何を言い出してるんだ!やっぱり父とリムは上司と部下だったんだ、という事実よりこんな市街地のど真ん中で戦闘体勢に入っているおっさんをなんとかしなくてはと、焦っていた。


そ、そうだ!


「お父さんっ!!リムの弟のミラム君に会ったことあるんでしょう?カッコいい父に会えたってミラム君が喜んでたよ!」


髭父は煽てれば、簡単に木に登ってくれるのだ。


父はミラム君の名前を出すと、怖い魔力を引っ込めた。


「おっ?そうか、あっ!もしかして難病ってリムの弟のことだったのか!?何だよっ早く言えよ!」


ありゃ?リムが目を泳がせた後、私を見てきた。


「お父さん…リムから弟さんのこと何も聞いてないの?そもそも何故お父さんがミラム君に会ったりしたの?」


父はオドオドしているリムを睨んでいる。


「リムが…急に軍を辞めると言って辞表だけ置いて消えたからだ。リムは借金をかなり抱えているが、賭け事に使い込んでいることでもないし、本人の素行が悪いわけじゃない。寧ろ優秀な人材だ。だからご家族に確認をしに行ったんだ。そこで寝込んでいるミラムに会った。祖母に聞き取りをしても、軍を辞めたことは知らなかったようなので“休職扱いにしている”と伝えた」


「!」


髭父は怖い顔をしてリムを見下ろしている。因みに父は二メートルくらいの身長だ。


「何故俺に相談しないんだ。そうすればミラムの症状はうちのイアナが治療すれば間違いなく改善したはずだ」


リムは驚愕の表情を浮かべたまま叫んだ。


「まさか隊長の娘さんが…あの“世界で唯一の癒しの魔女”だなんて知らなかったんです!」


そりゃそうだ…このモーガス=ノワリアが父親だと私も公言していないし、父も私が娘だということはひた隠しにしている。隠す理由は恐らくだが、癒しの魔女…と呼ばれることになった原因にあるのだと思う。


流石に髭父も理不尽なことを言ったと思ったのだろう、巨体を少し屈めるとリムに謝った。


「そうだな…すまん、リム。俺も娘の存在を隠していたし…無理を言ったな。それはそうとミラムはもう大丈夫なのか?」


父が私の方を見たので、大きく頷いた。


「今だから言えるけど正直…後数日、遅かったら危なかったと思う」


「えっ!」


私の言葉にリムが仰天したような声を上げた。私はリムにも大きく頷いて見せた。


「だけど間に合った…だからもう大丈夫だよ」


リムは衝撃を受けたのか、ヘロヘロ…と地面に座り込んでしまった。父がリムを慌てて支えている。


「お父さん、色々とリムも含めて話し合いをした方がいいんじゃない?お互いに隠していることで、今回は偶然にも大事に至らなかったけど、ミラム君の命が危なかったわけだし、はっきりさせておこうよ」


父は暫く黙っていたが、頷いた。


「イアナが俺の娘だとバレたしな…リム、構わないか?」


リムも黙って頷いている。


あれ?今、気が付いたぞ…髭父は暑苦しい外見をしているが、魔質は意外に凪いでいる…そして言わずもがなリムも表層魔質は穏やかだ。


父とリムが並んでいると、同じような魔質…魔力の操作訓練を受けているのでは、と思えるほどの魔力の揺らめきだ。父とリムは軍の同じ部隊の出身…


え?こんな熊男(父)だけどもしや特殊な訓練受けているの?リムはそれっぽいけど、こんなドタバタしたおっさんが?


父に促されて屋敷にリムと一緒に入って行きながら、アラフォー熊男の背中を胡散臭げに見詰めてしまったのだった…

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