一人暮らしですよ?
勢いこんで家の外に出たのはいいけど、うっかりしていた。
「あの…」
「うん?」
「え〜とリム、あなた外国の方なの?」
リムはキョトンとした顔をした後
「ああ…マワサムラ帝国って、知ってるよな?」
と、疑わしげに私を見下ろしている。
リムってマワサムラ帝国人なのね!
「勿論知ってるよ、お隣の国で大きな軍事大国だよね?そこの出身なのね?」
マワサムラ帝国と聞いて焦った私は、知ってますアピールを声高にして誤魔化した。空を見上げると小雨になってきたので、リムを促して家の裏庭に誘った。
私とおじいちゃんが住んでいたこの小屋は、あらゆる魔法を駆使した小さな要塞だと思っている。この要塞は、魔術師だった亡くなった母が、生活に必要な補助魔法と外敵から家を守る防御魔法を綿密な術式で家と庭周辺に張り巡らせているのだ。
私の亡くなった母はこの国の生まれだ。私の父親はマワサムラ帝国の軍人をしている。そんな両親と私は母が亡くなるまで帝国で生活していた。そして母が病で亡くなり、軍人で生活時間の不規則な父が私の為にと…おじいちゃんの所へ引っ越して来たのだ。
帝国に単身赴任のような、そうでないような父は…月に何度か魔物討伐で留守にしている以外は、家に帰って来る。そう…帝国からここ、エリンプシャー王国からマワサムラ帝国に通っているのだ。
と言うような感じなのだが、色々諸事情により一応、父はここには居なくて私の1人暮らし…ということになっている。
おじいちゃんが亡くなった後…父からは、この家を引き払って帝国に行こうと何度も誘いを受けているが、ここでは治療術師として働き口もあるし、のんびり田舎が暮らしが性に合っているから大丈夫だと言って断っていた。
父からはっきりとは聞いたことはないけれど、父は帝国軍でそこそこ上の位の軍人ではないかと思っている。家に帰って来ている時は、ソファにごろ寝ばかりしているただのおっさんなのだが、魔力波形を視ると魔力量が尋常ではなく多いし、多分…剣技もそこそこ凄いのじゃないかと思っている。
「イアナの家の防御魔法は凄いな…」
声をかけられて、物思いから意識を浮上させた。
声をかけてきたリムを見ると、家の外壁を見上げている。
「凄いでしょ?私の母が施したものなんだけど、一国の王城並みの防御障壁だと思ってる」
「ああ…そうだな、普通の民家でこれほどの障壁を張られているのは初めてみたな…」
私は裏庭の端へ行き、そこへリムを手招きした。
これを使うしかない、その為には…
裏庭の畑の横にある物置小屋の前に立って、後からやって来たリムを顧みた。
「まず、治療をする条件を言うよ。ここで見たことは他言無用にして欲しい…その代わり弟さんの治療代はいらない、これを治療することの条件にしたい」
リムは目を見開いて狼狽えている。
「治療代がいらない…?ちょっと待て…」
「今、弟さんは苦しんでいる。正直危険な状態だと思う、違う?一刻でも早く治療を始めたいでしょう?」
リムは目を泳がせている。私の当てずっぽうが当たったようだ。
魔力が作り出せないなんて、血液を作り出せないのと同じだ。この世界にあちらの世界のような輸血を行える医療はない。
死を待つのみなのだろう…それにもう一つ気になることがある。
「あなた、私の髪の毛を持ち帰る仕事を受けていたよね?それって、ギルドを通してじゃなくて闇ギルド経由の仕事じゃないの?」
リムの魔質が揺らめいた。
そりゃそうだ、こんな辺鄙な所へ髪の毛の採取だけなんておかしなものだ。きっと依頼主は…
「髪の毛とか皮膚片でもいいけど…出来れば私の血肉が欲しい…とか言われて無い?」
リムの魔質が更に揺れている。
闇ギルドを通して仕事を受けて、臓器売買?絡みの仕事も請け負っているリム=フィッツバークは高額報酬を得て…それを弟さんの治療費にあてようとしている、これだね…
思わず溜め息が漏れる。
「目的の為には手段を選べなかったのは仕方ないにしても、普通のギルドでも高額報酬は得られるよね?」
リムは唇を噛み締めている。
「俺だって最初は普通に給金を貰ってそれを治療費に当てていた。しかし高濃度魔力は高価なうえに毎日ミラムに飲ませなきゃならない。給金じゃ足りなくなってきて…冒険者になったんだが、高額報酬は長期間拘束される魔物討伐や時間のかかるものが殆どだ…それじゃミラムの世話は出来ない」
「どなたかにお世話を任せられなかったの?」
「祖母がいるけど…ミラムの病気の為に俺が手を汚そうとしているのを知られる訳にいかなかった…」
「そうか…」
もうギリギリの所まで来ていたのだろう…
「世界で唯一の癒しの魔女……イアナの依頼を受けて、コレだっ!と思ったんだ。もうミラムを救えるのはこの癒しの魔女しかいない…って」
私はリムを睨んだ。
「これは私の勝手なお願いだけど、ミラム君の治療を終えたらこういう危ない仕事から手を引いて」
リムは私の目をジッと見詰めてきた。
「それも治療代を取らない代わりの交換条件か?」
「そう取ってもらっても構わないわ…」
私がその弟さんだったら、人を殺してまで手に入れたお金で命を永らえているなんて知ったら…リムを、兄を許せないと思う。現に今でも私は彼を許せない。
睨みつけていると…リムは小さく息を吐いた。
「分かった…他言無用にする」
リムの了承を得て私は物置小屋の錠を外して扉を開けた。錠は魔術認証付きの魔法錠だ。
汚い物置小屋だが、それなりに秘密があるからだ。
私は物置小屋に入ると一緒に入って来たリムに告げた。
「まずは、この転移陣でマワサムラ帝国に行きましょうか?」
「!?」
リムは余程驚いたのか、体内魔力が千々乱れているのが視える。
「て、転移陣…だってぇ?え?転移陣は国が管理して…使用には制限が……!これは…」
私はリムに微笑んで見せた。
「他言無用でお願いね?」
「……了解した」
リムは頷くと転移陣の陣の中に足を踏み入れた。
「公共に設置してある陣とは少し違うな…」
「ああ、だってお母さんと私とで作ったんだもん。そりゃ研究の為に公所に設置してある転移陣を偵察には行ったけど、まるごとコピ……ゴホン、えっと複写するのは他の公所の転移陣と空間連結しやすくなるからね、ここの陣がそれこそどこかの城の転移陣と繋がったら困るもの!」
リムは私の説明に何度も頷いている。
「そうか、親和性の高い陣だと連結しやすくなる。術として自身の独自術式を組み込んだほうが、ここの陣が独立性を保てるというわけか…まあ違法だな」
「そう、違法だよ!だから他言無用でね」
リムは少し微笑んだ。
そう…個人で転移魔法陣を設置するのは法律で禁止されている。父がエリンプシャー王国のココトローナ地方の森の中から外国である、マワサムラ帝国に通えるのもこの違法転移陣のお陰だ。
父としては違法だし、使うのはやめよう…と思っている気持ちと共に、私と母の作った転移陣はある意味便利なので、このままで…と思っている節もあり今の所はそのままの状態になっている訳だ。
「さあ…飛ぶよ!マワサムラ帝国に!」
「えっ?え……」
リムが戸惑ったような声をあげているが、それに構うことなく叫ぶと同時に、転移陣を起動させた。一瞬の暗転ののちに、マワサムラ帝国にある父の屋敷の裏庭の温室の中に移動した。流石、うちの転移陣…移動は快適だ。
「……」
降り立ったリムはポカンとしている。
「さあ着いたよ~マワサムラ帝国の帝都、ギルレアトです。リムの家はこの近くにあるの?」
リムは温室から出るとポカンとしたまま、屋敷の裏庭を見回している。
「マワサムラ帝国?」
「そーだよ」
「帝都のギルレアト区?」
「そーだよ、ここは貴族専用住宅街区画の中だよ」
「貴族!?」
「そーだよ」
リムは叫んだ後、裏庭から表の門まで駆け出して行った。
「本当だ…ギルレアト区の専用特区だ…イアナ、お前勝手に貴族の屋敷に転移陣繋げてるのか!?」
うむ…これを説明してしまえば、お父さんに迷惑をかけちゃうかもだし…
「いや、許可貰ってるよ。でもくれぐれも違法だから…他言無用でね」
リムは目を泳がせていたが、何とか頷いてくれた。
「俺の家はミルバード地区なんだ」
「ああ、隣の区だね、普通に転移魔法使う?」
「俺が連れて行こう」
リムが私の肩に手を置いた瞬間に転移が起こって一瞬で終わっていた。
流石、魔力量が膨大な術者なだけあるね。転移も一瞬だ。
「ここだ…」
リムは住宅街にある、二階建てのある意味普通の民家の中に入って行った。もっと殺し屋のアジトみたいなおどろおどろしいモノを想像していた。
「リム?早かったね…暫く戻れないって…」
白髪交じりのおばあちゃんが廊下の奥から出て来た。
「俺の祖母…ばーちゃん、ミラムの治療をしてくれるイアナ=トルグード先生だ」
リムの言葉におばあちゃんの顔がパッと明るくなった。
「治療…あの子は治るのかい?」
私はおばあちゃんに頭を下げつついつも診療前に患者に説明している言葉を言った。
「ご期待に沿えるかは診てみないことには分かりません。リム、いいですか?」
「ああ、ミラムはこっちだ」
リムに案内されて廊下の奥の部屋に入った。カーテンが閉められていて部屋の中は薄暗い。
「ミラム?」
ベッドの上で何かが動いた、弟君が横になっているようだ。リムが枕元に近付いて
「ミラム、治療術師の先生を連れて来たよ。今から診てもらうからな」
声をかけたが、ミラム君の返事の声は聞こえない。声を出す気力も無いのだ…少し離れた位置からだが、既にミラム君の目視診療を始めていた。
魔流が全然視えない。心臓や臓器の動きはどうなんだろう…この世界の人の魔力は心臓と脳で生成されているようだ。この二つの臓器から体中に魔力が流れている…というのが私が今まで診てきた患者の体内状態を診療し導き出した結果だ。
私はリムの横に膝をつくと、ベッドの上の少年を見た。
小さい…おまけにガリガリだ…見ているだけで辛くなる。
「イアナ=トルグードです、今から診察しますね。手を触りますが痛かったら教えて下さい」
「…」
微かだが、頷いてくれたようだ。ミラム君の手を取る。
軽い…手は骨と皮しか身についていない状態だ。その痛々しい体を視界から追い出すようにして目を瞑り、ミラム君の体の中の魔力の痕跡を辿ることにした。
無い…ここにも無い。心臓…じゃない。脳…探れ、探れ…………
あった!!
脳の魔流の吹き出し口に小さな結石が付着して詰まっている。
「見付けた……」
結石に魔力を向けて、溶けろ溶けろ…というイメージを送る。結石がゆっくりと形を崩し、魔流が一気に流れ出した。
「ふぅ…はぁ…よしっ!ミラム君、リム…何とか魔力が廻り始めました。暫くミラム君は慣れない魔力の巡りに逆に疲れが出てしまう可能性があります。それと魔流の流れを阻害していた結石が再び出来る可能性もあります。暫く経過観察をさせて頂きます」
リムは顔を歪めると、ミラム君の顔を覗き込んだ。
「ミラム…ミラム?分かるか?今お前の中に魔力が溢れているよ…」
「…ぅん…」
不覚にも涙が零れてしまった。治療が出来ずに悲しい結末になったこともあるけれどこうして自分の治療が命を救えたことに…ただただ異世界にこの力を所持して生まれ落ちたことに私は感謝するのだった。
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