殺し屋から狙われています!~身もココロも危険だらけ〜

浦 かすみ

怪しい男

「すみません、急に雨に降られまして、暫く雨宿りさせてもらえませんか?」


ベタな台詞だ。今時そんな胡散臭い台詞で雨宿りで訪ねてくる?


しかしそう言って一人暮らしの我が家の玄関先で雨に打たれて立っていたのは、結構なイケメンだった。


その彼は年の頃は私と同年代かな?ブルーグレー色の短めのサラサラ髪にコバルトブルー色の綺麗な瞳だ。


イケメン…とは心の中では呼ぶけれど実際は呼ばないよ?そんな身バレする失敗は犯さない…ように気をつけている。


「まあ、それは大変でしたね。宜しかったら中で休んでいって下さいな」


私は何も分からない、何も知らないフリをしてその彼を家の中に招き入れて、体を拭く大きめのタオルを渡した。そして礼を言いながら遠慮も無く室内に入って来る、名前の分からないイケメン様。


普通の人なら、遠慮とか動揺の魔力波形が視えそうなものだけど、心の中のブレ?みたいなものが私の目には視えない。常に一定…良く言えば心が凪いでいる、悪く言えば心に起伏が無く…感情が無い。


こういう感情を持つ職業の人を知っている。殺し屋か暗殺…裏稼業の仕事をしている人達だ。


私は人の気配を読んだり、殺気?とかを感じ取れはしないけれど『魔力波形』が視える、魔術師だ。それもかなり特殊な…特殊だからこそ、こんな所に1人で住んでいるわけだが…


この人も魔力量はかなりあるし…ここが特殊な場所だと気が付いているだろうけど…さあどうしようか。


ここに入って来て怖くないのかな?私が怖くないのかな?


しっかしイケメンだなぁ…この世界には整形の概念はなさそうだし、天然のイケメンだな。顔や体に幻術系の魔力の術の気配は無いし…自身の造形を隠そうという気はないらしい。


オープン・ザ・イケメン!


でも、名無しイケメン様はご自身の体に魔術と物理攻撃の防御障壁が三重にかけている。彼の周りは綺麗な障壁が展開されている。成程、これは深層魔力量をかなり抑えているね、ほうほう……すごい術者だね。


彼の剣術の腕前は分からないけれど、体は割とムキムキだね。腕力系も強そう。弱点とかあるのかな?


タオルで体を拭き終わると、名無しイケメンは私の方を見た。


「そんなに見られると緊張するんだが…」


嘘つけよ、心は凪いでいるよ?


私は出来るだけ悪そうな顔に見える様にニヤリと笑って見せると


「もういいでしょ?ここに何の用?私の暗殺?」


と聞いてみた。僅かにイケメン様の魔力が揺らめいた。おおっ当たりだね。私はキッチンからココアを茶器に入れて持って来た。普通の暗殺者なら出された物に手は出さないよね~どうする?


名無しイケメン様は、微笑みを浮かべたまま躊躇わずに「ありがとう」と言ってココアに口をつけた。


おおっ!喉に持続性治癒魔法をかけた。無詠唱だよ~すごいっ!


「あなた、凄いね。初めて見たよ~ここまでの術者」


名無しイケメンは顔は微笑みを湛えたまま、魔力をピクンと動かした。ウフフ…


「ねえ?いつ殺す?今殺す?希望としては一瞬で殺して欲しい。ただ私は並みの術じゃ死なない体なんだ。自分で色々試したんだけどね~それにさ、死んだ後の私の体も塵一つ残さないように処分して欲しい。どうやら体の一部だけでも特殊魔力が残るらしくて、変態が私の排泄物でさえ、盗もうとして困ってるのよ。だから…」


「いつからだ…」


「え?」


「いつからここに住んでいる?」


イケメン様の質問の意図が分からない。


「前に住んでいたおじいちゃんが死んだ後、ずっとだけど…」


名無しのイケメンは少しだけ目を細めた。


「もしかして、殺した後の私の体を持って帰るまでが依頼範囲?でも先程も言ったけど、それ困るんだよね。どんな事に悪用されるか…」


「お前は死が恐ろしくないのか?」


「私?一回死んでるし…あ〜それよりも何度も殺されかかってるもん。今更でしょ?」


「軽々しく…!」


「え?」


名無しイケメンの魔力が揺らいだ。悲しみと怒り…


「軽々しく死を語るな!」


「軽々しくないわよ…さっきも言ったけど私、一度死んでいるのよ?私のこと知らない?界渡りの魔女…つまり違う世界から一度死んでここに来たの。因みに向こうでの死因は…」


名無しイケメンは顔色を流石に変えた。そして私の言葉を遮った。


「もういいっ!……すまん。あんたが界渡り…異界から来たのは知らなかった。あんたはこの国の秘匿案件らしいので俺の入手出来る情報が少なすぎたんだ」


秘匿案件?国に秘密にされている存在か。まあ秘密にしたいだろうな。


「探れた情報はどの程度なの?」


名無しイケメンは一瞬迷いを見せたが、すぐに答えてくれた。


「ココトローナ地方の王城近くの森に住んでいる。年は二十代くらい…以上」


「それだけ?」


「それだけだ、そこに世界で唯一の癒しの魔女が居る…その体、血肉一滴でも一欠けらでもいいから持ち帰るようにと…依頼されている」


「暗殺じゃないの!?」


「今日は採取?というのか、そういう依頼だ。あんたの皮膚片一枚でもいいらしい。それで不老長寿になれるらしいし」


「ふろうちょうじゅ?」


「ああ」


知らなかった…私のフケとかへそのゴマとかでも不老長寿になるのか?知らんけど…


「へぇ~知らなかった。じゃあはい!あげる」


私は髪の毛を一本抜いて、名無しイケメンに差し出した。イケメンだけの大サービスだ。イケメンに贔屓するんじゃねぇ!と言われそうだけどイケメンは正義、イケメン様の云う通り、イケメン様の言うことに間違いはない!


要はこの彼が好みのイケメン様だっただけ。


「こんな髪の毛一本で不老長寿になれる訳ないと思うけど、まあ信じることは無駄ではないよね!」


「不老長寿にならないのか?」


「それは知らないよ?私だってまだ試したことないもん。でも私の作った薬を使っている人達からは老けないわ!とかは聞いたことはないけどね。はっきり言っちゃうと、ただの迷信じゃない?」


イケメン様は暫く、顎に手を当てて考えていた。


「あんたの体の全てには治癒魔力が宿っていて、それは人体の構造すら書き換えてしまうほどの魔力だと…聞いている」


「へえ…それは知らなかった」


本当に知らないな〜私ってばいつの間にそんな凄い魔力持ちになったんだろう?


イケメン様は私の髪の毛を握り締めたまま、暫く思案していたがその髪の毛を試験管?みたいな入れ物に入れてウエストポーチの中にしまった。


持って帰るんだ!それならへそのごまでも良かったかな?


「じゃあ依頼完了だね~ご苦労様~」


私は手でイケメン様を追い払うような仕草をした。


イケメン様は試験管?を手に持ったまま唖然としているみたいだ。まだ何かあるのかな?先程まで凪いでいた魔力が今はユラユラと揺らめいている。


「あんたは……どんな病でも治せると聞いた…」


私はイケメン様を見た。こいつも他の奴らと一緒なのか、と魔力波形の奥を視る。


「金は出す、俺の弟を診てくれないか?」


「病名は?」


イケメン様は私の目を見つめ返してきた。


「魔力が体の中で生成されない、先天性魔力生成機能不全と診断された」


「……そう」


先天性魔力生成機能不全、難病だ……この世界の人にとっては魔力が体で作られないのは、死に直結する。


魔力が無い→魔力枯渇で死亡、普通はこうなる。


「弟は7歳だ…産まれてすぐ長くは保たないと言われて7年頑張ってくれた」


彼の話に嘘は無い…イケメン様の魔力が教えてくれる。


「作られない魔力はどうしてるの?」


「毎日、高濃度魔力の摂取をしている」


「拒絶反応は?」


「知り合いの術師のだが拒絶反応は少ないと思う」


他人の魔力か…拒絶反応が少なくても、体は辛いはずだ。しかし高濃度魔力か…回復薬に混ぜて飲んでいるのだろうが、かなりの高額薬品ではないか?しかも毎日…そりゃそうか、魔力が生成出来ないなら毎日摂取しなければ死んでしまう。


「金は払うっどんなに大金でも必ず払う!だからミラムを…」


声を大きくしたイケメン様を手で制した。


「お金の話は今はいいわ。ただ一つだけ、あなたの弟さんに寿命…命の終わりが来ていたら、どんな病でも私は助けることは出来ないわ、それだけは覚悟していて」


死に行く体を元に戻すことは出来ない。これは経験から得たこの世界の理だと確信したことだ。


私に治せない病は無い。だが、定められた寿命は変えられない。病の元を消すことが出来ないのだ、何かの力に阻まれて私の治癒魔法が一切効かないのだ。


私はそんな状態の患者を、寿命が尽きる寸前だと判断している。その時は嘘や誤魔化しはしない。どんなに患者やご家族に怒鳴られようとも、泣かれようとも真実を伝える。


自分が知らなくて一度死んでしまったからだが…


「……分かった、ミラムを診てくれるか?」


イケメン様は迷っているような魔力のまま、頷いた。今、心の中では葛藤しているだろう…もし治らなかったら?寿命がきています…と言われたら?


誰だって自分や家族の死期を知るのは辛い。


「じゃ、行きましょうか?」


「え?」


私が座っていた椅子から立ち上がると、イケメン様は慌てている。


「今から…行くのか?」


「何を言ってるの?弟さん、難病の患者なんでしょ?早く診てあげないと…」


私が壁にかけている肩掛け鞄を取って、体に斜め掛けにしてロングコートを羽織る間、イケメン様はまた唖然としているみたいだ。


「ボンヤリしないで?行くわよ」


イケメン様は戸口に向かいかけた私の前に立った。


「あんたはっ…この国から出られないんだろ!?」


「はぁ!?」


なんだよ、それ?


私が怪訝な顔をしていると、戸惑ったようなイケメン様は低く唸った後、呟いた。


「あんたはエリンプシャーの庇護下で生活していて、この森に入る為に俺達は馬鹿高い通行料を国に払って入るんだよ…知らねえの?」 


通行料!?


「ええっ!?国がお金取ってるの!?知らなかった…皆、好き勝手に入ってくるんだと思ってたよ」


イケメン様は


「えっ…どういうこと?この森で保護しててエリンプシャーがあんたを国から出さないようにしてるって…」


と、言葉を続けるが…言われた私の方は初耳だ。


「保護も何も、おじいちゃんとふたりで住んでて、おじいちゃんが亡くなってからはひとりで住んでるだけで、ここにたまたま住んでるだけで…え?どういうこと?」


国が勝手に保護者を名乗って、私との謁見料みたいなの取ってたの?え?うそ…私、何も知らないよ?


そう言えば、税金?とかどうなってるのかな…ヤダ、おじいちゃんが亡くなったのが一年前くらいで、相続税とか住民税とかどうなってるのか…知らない。


でも…


「私は国から出てはいけないなんて言われたことないもの…うん!あ、自己紹介まだだったね、私はイアナ=トルグード!」


イケメン様に自己紹介をするとイケメン様はニヤッと笑った。


「リム=フィッツバークだ」


私はリムと一緒に家の外に出た。

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