今更ですが、癒やしの魔女です

屋敷に入った私とリム、父の3人は取り敢えず居間で話し合うことにした。


因みにこの屋敷は、父と亡き母と私で5年前まで一緒に住んでいた家だ。私は母が存命の頃からエリンプシャー王国のココトローナ地方の森の祖父の家と、この帝国の父の屋敷とを交互に行き来して生活していた。


祖父が亡くなってからは、私と父は森の家の方で寝泊まりをすることになったのだが、そこであの違法転移陣が活躍したのだ。あの転移陣のお陰で父は帝国で軍人をしながらスムーズにココトローナへ帰宅し、食事やお風呂などを森の家で悠々と済ませ、ぐっすり就寝をしてまた転移陣で帝国へ戻って…という生活をしている。


髭父はお坊ちゃん生まれのせいで、生活能力がダメダメなので…なんだかんだ言いながらも私に頼りっきりなのだ。


だが…それも良く考えればおかしなもので、父は腐っても伯爵家の三男だし、実家に頼めば使用人くらいは屋敷に送ってくれることも出来る筈だ。


ここもはっきりとさせておきたいことの一つだが…


私は3人分のお茶(紅茶っぽい)を準備すると父達の待つ居間へと戻った。


「ノワリア隊長、申し訳ありませんでした」


居間に入るとリムが再び謝罪している最中だった。そして、リムはたいちょーの髭面を緊張した面持ちで見詰めている。


今は口を挟むのはやめよう…


私は手早く男達の前に茶器を出して、お茶を準備した。


父は私が入れたお茶を一口飲んでから話し出した。


「退職の件はどういうつもりだ?」


「弟の…ミラムの治療費を得る為に、闇ギルドの仕事を受けようとしました」


「うむ……」


あれ?熱血オヤジの父なら、闇ギルドだとっ!?そんな所に行くな!…とか言って、怒るかと思ったのに…意外に冷静?


「そうか治療費の為か…リムならば闇ギルドの加入資格は充分にあるからな…」


「はい…その時に受けた依頼が、癒しの魔女の組織片の採取でした」


「組織片?お前……イアナの体から出たものを奪ったのか…」


「ちょっと!?食いつくのがソコ!?体から出たものって何だか卑猥だからやめて!リムにあげたのは髪の毛だから!」


変な反応を示しかけた父に慌てて否定してリムを見た。リムは真面目な顔をして頷き返してくる。


頷くんじゃない!髭を刺激するなっ言葉に気を付けて!


「ふん…髪の毛か…それでお前はイアナと接触して娘の力を借りようと思った訳だ」


「はい…俺が依頼主から聞いたのは、ココトローナの森に住む魔女に会う為には国に通行料を払い…尚且つ無事に森を抜ければいけないと…依頼主が通行料の百万リゼルを払い、俺は無事にイアナの家に辿り着きました」


「百万!?」


私と父の声が重なった。父のほぼ一ヶ月分のお給料の金額じゃないか!異世界の貨幣価値だと数百万円だと思っておくれ。


「通行料をふんだくっていたのか…いつの間にだ?すぐに調べる」


「はい」


気のせいかな…いつの間にか私そっちのけで、上司と部下…隊長と隊員の業務連絡みたいになってない?


「向こうから手出しが出来ないからココトローナに住んでいたんだが、それが住民や悪い輩を引き寄せる原因になるとはな…」


「お父さん…」


私が父を見ると父とリムは一瞬、顔を見合わせた。そして父はひとつ息を吐いた後に


「そろそろ動いてもいいだろうな…」


と呟いた。


「イアナ…お前は小さくて憶えてないかもしれないが、ジーナと一緒にココトローナに里帰りしている時に事件というか、事態が一変することが起こったんだ」


お母さんが元気だった頃?おじいちゃんちで?はて……


「お義父さんの薬作りをお前が手伝って…その作った薬をお前を連れて薬屋に納品に行った時に、お義父さんが孫自慢を店先で語っていた時だった」


「孫自慢……」


「ああ、うちの孫はまだ小さいがこんな薬を作れるんだよ~天才なんだよ~と言うような内容を薬屋の親父に語っていたそうだ…これはその場にいたジーナから聞いた」


なるほど…そう言えば昔は里帰りの度におじいちゃんの薬作りを手伝ってたよね~


「その時、兵士が薬屋に駆け込んで来たそうだ。何でもココトローナより西側の魔窟周辺で魔物討伐を行っていたが…想定外の魔物が大量発生しており、怪我人が多数出て回復薬と治療薬が足りないので至急分けてもらえないか…とのことだった。お義父さんは手持ちの治療薬をその兵士に渡し…薬屋の親父はその兵士と共に討伐地に行くことになったそうだ。その時に飛び込んで来た兵士にイアナが言ったそうなんだ」


はて…?何か言ったかな…そう言われてみればそんなことがあったような?


あれ?父がめっちゃ睨んで来るよ…あの、私もそのあたりの記憶は曖昧でして…


「内臓に悪性腫瘍が出来ている…すぐにこれを飲め、と言って自分の作ってきた薬を手渡したそうだ。内心、ジーナもお義父さんも異界の知識を有するイアナでも、病巣を指摘出来るのも半信半疑だし、それを薬で治療出来るとは思っていなかったのだろう…子供が作った未完成の治療薬なので気にしないで下さい…と言ったんだが、その兵士はイアナが作った薬を持ち帰ったそうだ」


あれ?そう言えば…あったね、そういうこと。結局あの男の子どうなったんだろう…無事だといいな。


父は大きく息を吐いた。


「その薬屋に飛び込んで来た兵士は…エリンプシャー王国の第四王子殿下で…」


ええっ!?


「当時、殿下は発症はされていなかったが…魔物討伐から帰還してすぐに、魔流を阻害する臓腑の腫瘍の病に侵された。余命宣告まで受けたそうだ。そこでイアナに渡された薬を思い出したのだそうだ。病気を言い当てた小さいイアナの術師としての才覚に王子はかけてみた…そして奇跡的に完治した。そこからは大体が想像つくだろう?王族がイアナの捜索を始めて、薬を卸している薬師の親父から身元がバレて…イアナを引き渡せと言われたジーナとお義父さんは……森に籠城した」


「籠城!?」


父は苦笑して見せた。


「ジーナの性格…お前も良く分かってるだろう?ジーナは怒りに任せてココトローナの森に大規模障壁を張った」


障壁…そうか、今も森に張ってある障壁ってその時にお母さんが張ったのか…


「お母さん、エリンプシャー王国の魔術師団に勤めてて…色々あって帝国の魔術師団に入団したんだっけ…」


母がエリンプシャーで何があったのかは詳しくは知らないが、居づらくなったので辞めたとしか聞いていなかった。


「俺はそんなことになっていると知らなくてなぁ~里帰りしているジーナとイアナと連絡が取れなくなって…何かあったのか?とエリンプシャーにやって来たら、こっちの軍部の奴らに捕まりかけてな、いやぁ~あの時は焦ったな」


「ええっ!隊長がっ!?」


「お父さんがっ!?」


リムと私は驚いてほぼ同時に声を上げた。


「まあ…最初は訳が分からないから適当に相手をしていたんだけどさ、捕まえた奴らを締め上げたらジーナとイアナが王族に反逆しているとか言っててよ、俺を捕まえて、人質にしようと思ったんだってよ、吃驚仰天だよ」


本当に吃驚仰天だよ…いつの間にやら反逆罪になってましたか…そう言えば段々思い出してきたよ…私が大分小さい時の話だね、それ。


やたらとお母さんとおじいちゃんが表に出るな、魔物がいっぱいいる!とか脅しつけていた時期があったな~と思い出したけどあの時かな?


「慌ててココトローナの森に向かったらさ、ジーナの頑丈な障壁があるから森に入れないし、おまけに森の周りはエリンプシャー軍や訳の分からん厳つい輩達が屯ッてるわで…こりゃマズイな、と思ってたら…ジーナの連絡蝶が飛んで来て、森の外に小さい障壁の隙間を開けたからそこから入れって指示があって…それで俺もやっと森に入れたって言う訳だ」


「とんでもないことになってたんだね…」


私が呟くと、父は頭をガシガシと掻いた。


「イアナが薬をあげて殿下を助けたのは良い事だよ、悪いのはイアナの力を手に入れてしまおうとしたエリンプシャー王国側だ。ふつーに助けてくれてありがとよ!ってイアナに謝礼金だけ渡しときゃこんなことにはなってないし、お義父さんやジーナだって強硬姿勢を取らなかった」


「あの…いいですか?」


ここでリムが挙手したので、父と私はリムを見た。


「では、あの通行料を取ったり俺以外にもイアナに接触しようとしているのは…エリンプシャー王族の手の者…ということですか?それにしては……」


言い淀んだリムの後に父が続けて


「癒しの魔女…という通り名を流布させているのはエリンプシャーだけじゃないだろうな。噂がすごいしな…それこそイアナの爪を煎じて飲めば不老長寿になるとか…なあ?」


ニヤニヤしながら言ってきたので、ジロリと父の顔を睨んだ。


「そんなものでなるんなら、私が一番に試してるよ…」


「そうだな…」


リムが小さな声で賛同してくれた。


「しかし森に入るのに通行料を取り始めてるのか…ジーナの張った障壁が強固過ぎてぶち破れないから、揺さぶりをかけてるのか…」


私は父とリムの顔を交互に見た。


「こっちは転移陣で帝国と行き来が出来るから生活に困らないもんね~エリンプシャーはあの転移陣には気が付いてないんだよね?」


二人は頷いている。


あ~もう面倒だな…確かにココトローナの森は薬草の宝庫だけど、おじいちゃんがここに住み続ける!とか言ってたから私もお父さんも付き合ってたんだけど…


「おじいちゃんもいないしな…もう帝国に戻ってもいいのかも」


私がそう言うと父がパッ…と表情を明るくした。


「そ、そうか?だったら早くこっちに戻って来い。薬もずっとこっちの薬屋に卸してたし問題は無いだろ?それに帝国にも薬草が自生しているガラベルの森もあるしな!」


父は吞気にそう返してきたが、私の気持ちはそう吞気にはなれなかった。


「あのね、帝国に戻って来るのはリムの弟のミラム君の治療経過を診る為でもあるんだからね!それにココトローナの森の家にいたら、反逆罪で踏む込まれちゃうかもしれないじゃない?」


「今更、あそこに踏み込んで来れるか?10年以上障壁破られなかったんだぞ?」


「だけどリムが来たじゃない!」


父は急に目を泳がせ始めた。


「そ…それはジーナが少しだけ隙間を開けて、その隙間に気が付いた術者は腕を試してみたいとかなんとかいってたから…」


母ーーーっ!?そんな腕試しの為に殺し屋さんを招き入れてたのぉ!?確かに母が亡くなってからはそんな人達も侵入してこなくなったけど…いつも母が外でお話ししてくるね!と言って外に出ていたのは…その殺し屋さん?と拳と拳で熱く語り合っていたからなのか!?


「リムってそんなにすごい殺し屋さんなの?」


リムのいつも凪いでいた魔質が揺れている?


あれ?いや待てよ?リムは今は軍を辞めてる扱いだけど、元々殺し屋さんじゃないよね?じゃあ軍人なのにそんな訓練を受けてるのって……


「…!」


言葉に出しかけて慌てて飲み込んだ。


まさかリムってネイ〇ーシー〇ズみたいな特殊部隊の人なの?


んん?ということは父はその部隊の隊長で……只の髭だと思っていたのだけど、やっぱり父って軍じゃそこそこ偉い人なの?


口やかましい髭のおっさんなのに?


「イアナ…なんでそんな目で俺を見るんだ?」


妙に勘のいい髭オヤジが私を半眼で見てきた。


「目付きはお父さんに似てて、悪いんですよ?」


髭と私は暫く殺し屋みたいな目付き同士で睨み合っていた…






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