魔女のリハビリ指導

ミラム君の治療の為だから~とか何とか言っていたけれど、よく考えたらミラム君は産まれた時から、先天性魔力生成機能不全を患っていたのだった。


歩くこともだけど、自分の足で立ち上がることすら今まで出来なかったはずだ。いや…そもそも歩くことを今までまともにしたことが無いのじゃないか?と思い至った。


これは私がリハビリを手伝ったほうがいいのでは…?


暫く髭と睨み合った後、取り敢えず話はここまで…というで解散となったので帰ろうとしていたリムに


「明日何時くらいに診察に伺ったらいいかな?」


と聞くと、リムは思案していた。髭父も何故か私と一緒に魔質をソワソワさせている。


「ミラムはいつもは日中寝ているが…もう起き上がれるんだろう?魔力も正常に流れているからいつでもいいとは思うんだが…」


「ああっ!?」


私の叫び声にリムとソワソワしていた髭父も一緒に驚いたのか、体をビクンと跳ね上げた。


そうだった!動ける…なんてレベルの問題じゃなかった。足の筋力が落ちているし、床に足を着ける前に筋トレをしなくちゃだよ!


「リム、ミラム君のリハビリ…え~と筋力をつけて普段の生活を送れるように、私がお手伝いしようかな…と思うんだけど」


「うん?」


リムはキョトンとして小首を傾げている。


この世界にリハビリとか無いのかな…もしかしたら怪我が治る=魔法があるからすぐに動ける、というのが常識なのかもしれない。


「ミラム君は魔法の使い方とか分かるのかな?」


リムは目を見開くと、あっ…と声を上げた。


「多分、ミラム君は…意識も朦朧としていたでしょ?本もまともに読めたことないんじゃない?」


「…そうだ」


リムは顔を歪ませた。ミラム君の以前の状態を思い出したのだろう…


「ミラム君だっていきなり魔法は使えないでしょ?まずは…体を鍛えて健勝な体を手に入れて、それから魔法を覚えれば?私で良ければお手伝いするし」


「…いいのか?」


私は自分の胸をドンと叩いた。


「まかせてよっ!すぐに帝国に引っ越して来るし、時間はたっぷりあるからミラム君のお勉強も見てあげられるよ!」


リムはパッと笑顔になると髭父の方を見た。髭父は顎髭を触りながら頷いている…が、何だか魔質はちょっと否定的な感じがする?


私の視線に気が付いたのか、髭父は私の方を見ると


「時間はたっぷり…はないかもだぞ?」


と言ってきた。


「なんでよ?」


帝国でいつも通り、薬を作って販売するつもりはあるけれど、現役軍人の父が働いてるんだから暫くはのんびりと家事手伝いぐらいさせて欲しいよ~


「お前のことを陛下にお伝えせねばないけないしなぁ…」


なんだって?


「へいか?…ん?……もしかして皇帝陛下!?」


何故、髭から一番偉い人の話題が出るのさっ!え?どういうこと?


「お前は“癒しの魔女”だ、それを俺は世間には黙っていた。勿論、陛下にはお知らせしているが」


「えぇ!?そうなのぉ?」


びっくりだ…いつの間に皇帝陛下なんて上の上の人に私の事を話しているの?


「それにだ、イアナが作っている回復薬と麻痺治療薬と毒消しは…軍部が全て買い取っている。いつも買取に来る薬問屋の男と衣料品を売りに来ている女性は、俺の部下だ」


なんだってぇぇ!?


「あのいつもニコニコしている薬屋のお兄さんと…ちょっぴり無愛想だけど、私の好みドンピシャの洋服とか小物とか持って来てくれる雑貨商のお姉さんって…軍人さんなのぉ!?」


何という事だ…森からなるべく出ないように、と言われておじいちゃんが紹介してくれたあのふたりは父の部下…当然、おじいちゃんも知っていたはずだ。


「お前にエリンプシャー王国の商人を近付ける訳にはいかなかった。今後は帝国の庇護下で…イアナは恐らく軍属になると思う」


「ぐ…軍属?誰が?」


「イアナだ」


髭父が私を指差してきた。


え?ええ?


「なんで私が軍人なのぉ?」


「一番はイアナが大陸一の治癒魔法の術師であることと…そして、俺の娘だからだ」


何故、髭父の娘が関係するのさ?


「以前から陛下に娘を早く帝国に連れて来いと言われていた。陛下が傍近くに置きたいと言われてね…まあ、俺は陛下の護衛もしているからな」


「え?お父さん近衛だったっけ?」


「いや、近衛は表向きの護衛だ。陛下の御身に危険が伴う場合に俺達が影の護衛として付く」


俺達…と言ってチラリとリムを見た、髭父。


影の護衛……つまり実働部隊か、何かあった時に表で近衛が護っているけれど、裏で暗躍する人達。


このやかましい父が?裏方向いてねぇ…


「気のせいか?イアナから…冷たい目線を感じるが…?」


「お父さんが護衛だからってなんで私が護衛になるのよ…」


「陛下が男に護衛されるより、可愛い女性が良いと煩いんだよ…」


陛下っ!!あんた…このエロジジイめ!エロジジイめっ!


実際の陛下のご年令は知らないけれどエロジジイと確定し、心の中で皇帝陛下に不敬発言を連発しておいた。


「なあイアナ…エリンプシャーのココトローナの森はもう危険だと思うが?」


リムの言葉にギクッと体が強張った。


「俺が障壁をこじ開けて中に入って行ったのは、闇ギルドのギルド員が見ていた。おまけに森の入口で通行料を払った時にエリンプシャーの連中も監視目的で後ろから見てたし」


げげっ!?そうなの?


もしかしたら…今頃障壁のこじ開けたところから侵入されてるかも?


少し前までの私は、万が一障壁が破られてリムみたいな殺し屋?が入り込んで来ても、何とかなるだろうと楽観視をしていた。


だが…相手はエリンプシャー王国だということが判明した…もしかすると国の魔術師達にいつかは破られて一気に侵入されるかもしれない。その時に私の身柄をエリンプシャーが丁重に扱ってくれるなんてことは絶対に無い…と思う。


一生、城に囚われて血を抜かれて治療を強要されて…ゾッとした…


それならば、まだ父のいるマワサムラ帝国に来た方が絶対に良い。


「お父さん…ココトローナに荷物取りに戻りたい…」


私がそう言うと、父はハッとした顔をしてリムを見た。


「リム、頼めるか?」


「はっ!」


父が怖い魔質を滲ませている。リムが一つ返事を返して…私の背後に回ってきた。


何?なんで背後に回るの?


「イアナ、今から必要最低限の荷物をリムと二人で取りに行ってこい」


「え?今から…」


もう夜だし…明日にしようと思ってたのに…


怖い魔質と怖い顔でそう言い出した髭父を見てから、背後のリムを顧みるとリムも怖い魔質と怖い顔(但しイケメン)で私を見て頷いている。


「イアナ…万が一を考えてだ。既にココトローナの森のあの家はエリンプシャー軍に包囲されている、もしくは侵入されている可能性もある。今のうちに貴重品や薬の材料…持ち出せるものは持ち出した方がいい」


リム兄の怖いイケメンフェイスに圧されて…ガクガクと震えながら頷いた。


「イアナすぐ帰って来い、リムは護衛だ。俺は陛下に至急謁見を申し込んで来る。エリンプシャーがお前に関して帝国に難癖をつけてくる前に先手を打ちたい」


ひええっ!?父ってば陛下を夜に突撃訪問(謁見)するの?おじいちゃんはもう寝ている時間じゃないかな?


髭父はそれだけ言い残すと、直ぐに屋敷から転移してどこかに行ってしまった。


「俺達ものんびりしていられないぞ、すぐ戻ろう」


リムが更に脅しかけてくるので、私は慌ててリムの後に続いた。


「転移してココトローナの森の家に着いたらすぐに障壁を張るから、絶対に離れるなよ?」


「っ…はい!」


何でそんなに脅しかけるのよっ…リムは屋敷の中の温室内の転移陣の所まで戻ると、無言で睨んで来る。


そんな鬼気迫る?怖い魔質を漂わされても、私が怖いし困るわ


「起動しま~す…」


転移陣に魔力を籠めて術が発動して…ココトローナの家…裏庭の物置小屋に転移した。


「!」


リムが障壁を展開して、一気に魔力をあげて戦闘態勢に入っている。勿論、私も直ぐに周りの状況を把握出来ている。


「囲まれている…?」


「ああ…だが家の周りの障壁の中には入って来てないようだ」


リムの言うとおり、家の周りに沢山の人間の魔質が視える。だが、家の周辺に張り巡らせている障壁は、生前の母が作った障壁に加えて私の障壁も重ねてかけてある。


攻撃系術者の障壁と防御系術者の障壁は魔質の性質が違うから並の術者じゃ解術出来ない。ましてや元、帝国魔術師団の副団長だった母の障壁だ。エリンプシャーの魔術師でもそう簡単に破れないだろう。


「兎に角、急いで荷造りしよう」


リムはそう言って私達の周りに更に何か術をかけた。


「姿を認識出来ないように見せる魔術だ、急ごう」


リムに促されて、物置小屋を出たが、リムの言ったとおり障壁の向こうには軍人っぽい人達とローブを纏った人達…魔術師だろうがひしめき合っていた。


本当に私達に気が付いてないみたい…


私はそれでもコソコソしてしまい、腰を屈めながら足音をなるべくたてないようにして家の裏木戸から中に入った。


「見つかってないよね?」


「障壁を壊すことに躍起になっているからこちらに意識が向けられてはいないし、殺気も感じない」


意識とか殺気とかは私にはさっぱり感じないけど、私なりの判断方法の魔質を視ると擁壁の外にいる人達の魔質は私達に意識が向いていないようだ。


「のんびりするな、すぐに荷物を纏めろ」


「イエッサー!」


リムが立ち止まって私を振り返った。


「なんだそれ?」


「異界で軍人が上司に、了解しましたの返事の代わりに叫んでいる言葉」


リムが変な顔をしているけど、無視無視!


先ずは手近な薬草備蓄部屋に入ると、手に入りにくい高価な薬草を中心に皮袋に詰めていった。作り置いていた薬も片っ端から袋に放り込んだ。


「おい、魔術書の類は持って出たほうがいいんじゃないか?」


リムの声が隣の部屋から聞こえた。そうだっ!お母さんが持っていた魔術書は貴重な本も沢山あるよ。


「うん、出来れば全部運びたい!」


「分かった」


リムに空の籐籠を渡してそれに本を詰めてもらった。


荷物が多いので何度か手分けして運んだ方がいい、ということになってリムと籐籠を抱えて何度か転移陣で往復してこれで荷物は最後…という時だった。


「…!」


急に障壁の向こうが騒がしくなった。


障壁の魔力が揺らめいている!?


「リムッ!障壁がもたないかも!?」


リムが私の持っていた皮袋を引っ掴むと、両手に荷物を持ち抱えた。


「物置小屋まで走れ!」


台所から飛び出すと、庭を走り裏庭まで突っ切った。


その間にも障壁がユラユラと動いている。後少しで物置小屋…と言う所で障壁が眩しい光と共にはじけ飛んだ。


「!」


障壁の外に居た魔術師と軍人達がなだれ込んで来た。一番手前にいた目付きの怖い術者と目が合った気がした。


もうダメだ!


物置小屋にあと一歩…その時、物置小屋の扉が内側から開いて小屋の中から伸ばされた手に、小屋の中に引っ張り込まれた。


小屋の扉が閉められ、魔術で内側から小屋全体に障壁が張られた。


引っ張り込まれた物置小屋の中で私の手を掴んでいる人を見上げた。


「薬屋のお兄さん!雑貨商のお姉さん!」


「よっ!久しぶり!」


いつも薬を買い取ってくれていた薬屋のお兄さんは、今日は軍服を着用していた。雑貨商のお姉さんも同じ服を着ていた。お姉さんは無言で頷いている。


二人共本当に、髭父の部下だったんだ…


「リム、ごくろーさん。後始末は俺らがしとくからお前達は帝国に先に戻れ」


薬屋のお兄さん…本当はリムの先輩?あたりだろうか、リムを見て私を見て微笑んだ。


「ビラスさん…」


「この転移陣をこのままにしておけない。任せろ」


雑貨商のお姉さんが無表情のまま、そう言って頷いた。


「…っ、分かりました。お願いします!イアナ行くぞ!」


「え…っちょ…!」


視界が暗転して気が付いた時には、帝国の髭父の屋敷…つまりは私の生家に転移していた。

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