思い込みです、はい……

皇帝陛下以下、マワサムラ帝国の私達がドン引きしている間もエリンプシャー国王と国王妃が激しく罵り合っていた。


「賢王である私が永劫、健勝であるべきだろう!」


あらぁ〜国王陛下ってば自分で賢いぜ〜って言っちゃってるよ。


「私の美貌が永劫続くのはどうでも宜しいと言うの!?」


どうでもいいです……とは流石に国王妃に向かって言えない。私の心の中ではツッコミは盛大に叫ばれているが、エリンプシャーの謁見の間は、国王陛下と国王妃のお互いの罵り合いの声しか聞こえていない。 


もう、帰っちゃおうかな〜とか思い始めた時に、エリンプシャー国王の側に立っていた若い男性が叫んだ。


「もういい加減にして下さい!私の治療してくれた術師の女子は私の身を案じて、治療薬をくれただけなのです!そんなくだらないことに使う為ではないはずです!」


私は叫んだ男性を急いで見た。金髪で細身の綺麗な顔の、私より少し年上のお兄さん……私がココトローナの薬屋で会った、腫瘍に体を蝕まれていたお兄ちゃんの面影と重なった。


という事は、この人がエリンプシャーの第四王子殿下だっ!良かった〜お腹の腫瘍は綺麗に無くなってるね!


思わず第四王子殿下の体を診てしまったが、殿下の体調は良さげだった。


しかし、第四王子殿下にくだらないこと扱いされちゃった国王は、顔を真っ赤にすると王子殿下に怒鳴りつけた。


「お前だけが治療を受けて魔女の恩恵を受けているのは、身に余ることだと言っているだろうっ!?」


えぇっ!?恩恵ってそれなに?


と、声に出して突っ込む前に、第四王子殿下とよく似た顔の男性(多分、ご兄弟かな?)が


「父上っ!そんな怪しげな効果は無かったと散々申し上げておりますでしょう!?癒しの魔女は治療に特化した術師だと再三申し上……」


と、言いかけたのを国王妃が叫びながら遮った。


「そんな訳ないわっ!!帝国のマエル公爵夫人は若返ったって聞いているわっ!」


はい……それ、気のせいです。思い込みとか気分の問題です。


そんな金切り声を上げる国王妃の言葉の後に、マワサムラ皇帝陛下の静かな声が響いた。


「そうですか?私の目には叔母上は若返ったようには見えませんが?目の錯覚じゃありませんか?まあ、年を召されるのも生きていれば当たり前ですが」


すげぇ……邪気の無いフリをして、ずばっと本音を言った皇帝陛下を羨ましいと思って背後から見詰めた。


但し、叔母のビエラレット様が聞いたら怒り狂って扇子でぶん殴られそうだな~と思ったけど、生憎とビエラレット様はここにはいない。


流石に、他国の皇帝陛下に言い切られてしまって反論は出来ないのだろう、黙り込んでしまったエリンプシャー国王と国王妃を放置して、私達はマワサムラ帝国に帰って来た。


その後エリンプシャーの秘薬の件はどうなったのか、私は詳しくは知らない。


ビエラレット様達に急かされて、美容系の薬の開発に忙しかったからだ。


ただ、少し経った後にエリンプシャーの第四王子殿下から癒しの魔女殿に……と、ソリフシャー外務大臣を通してお手紙を頂いた。内容はこんな感じだった。


直接会ってお礼を言いたかったのだが、貴女がくれた治療薬で健康を取り戻すことが出来た。本当に感謝している。死にかけていた私が見る間に治り、健勝になった為に国王達が薬の効果を湾曲して捉えてしまい、段々と考え方が歪んでしまったのを諫められなかったのは自分の責任だ。近いうちに国王には退位してもらい、長兄の王太子に王位を継いでもらうことになったので、安心して欲しい。


とか何とか書いてあった。そして追記でこんなことも書いてあった。


リメル商会に聞き取り調査をして、偽物の魔女の弟子を名乗る男は一年ほど前に、魔術師団に入団してきた男爵家出身のテリス=トイドルという男で、色々と調べている矢先に魔術師団を退団して行方をくらませた。気を付けてくれ。


という追記の一文が書かれていた。何とも薄気味悪い感じだ。


まず間違いなく、私の髪の毛を切り取ったのは男爵家のその男だろう。リムの予想した通り、貴族子息だったみたいだ。


リムに第四王子殿下からの手紙の内容を伝えると、少し考え込んだ後に頷いた。


「もう魔女の弟子と偽って、荒稼ぎはできなくなったな」


感想はそれかいっ!


リムが教えてくれたのだけど、エリンプシャー王国では魔術師団に入団していても、副業的なことは認められているらしい。仕事の合間に新薬を開発したり、市井に自分の薬を卸したりと割と自由なのだそうだ。


それは良いのだが、詐欺事件を起こしたりの犯罪行為は別物だ。


テリス=トイドルが癒しの魔女の弟子だと発覚した時には既に、秘薬を売って得たお金を持って退団して行方不明だったそうだし、実家の男爵家は知っていたのかな?お家、取り潰しとかされたんじゃないかなぁ。


髭父とリムはテリス=トイドルが逆恨みでもして、私の所に現れるんじゃないかと心配していたけれど、陛下の護衛(話し相手)をしたり、マダム圧を受けながら美容液を作ったり、ビラスさんから急かされて石鹸を作ったり……魔女の弟子に会う暇なんて全然無い。


「だから私の護衛とかもういいんじゃないかと思うんだけど?」


試薬研究室で石鹸の元になる殺菌作用のあるググの果実と、ハイ豆の煮汁を煮出しながらリムに声をかけた。


リムは作業の手を止めて、気怠そうにこちらを見た。リムは石鹸箱に時間停止魔法と防腐魔法の貼り付けをしてくれているのだ。


「そうもいかない。陛下にまだ刺客が送られてくる」


「あっ……そうか」


皇帝陛下が妙にヘラヘラしているせいですっかり忘れていた。そう言えば陛下毒殺事件もあったな……あれ?そう言えば陛下が犯人の目星はついてる風なこと、前に言ってなかったっけ?


「ねえ、リ……」


リムに毒殺の犯人の話しをしようとした時に、試薬研究室にお昼を知らせるベルが鳴り響いた。


リムは石鹸箱を籠の中に置いて、私を見た。


「昼か……食堂行くか?」


「行く!」


そうそう!お城にあるレストラン、市井のお店に比べてお値段はちょい高めだけど、料理は美味しいしボリューム満点で最高なんだよね!


リムと試薬研究室を出ると魔術師団棟を出た。中庭の回廊を歩いていると、食堂に向かう人波に合流した。


「城勤めの何が楽しみかって言ったら、食堂だよね〜」


「確かに美味いよな」


そう答えてくれたリムの頬が僅かに緩んでいる。リムは感情の起伏が判り辛いけれど、魔力波形が醸し出す感情と顔の表情はシンクロしている。


つまり私から見れば裏表の無い人なのだ。


「イアナ!」


私の後方から名前を呼ぶ声が聞こえる。この声は……


「副隊長?」


リムと同時に後ろを向くと、影の近衛の副隊長のビラスさんとユーラさんが急ぎ足でこちらに近付いて来るのが見えた。


「きゃっ!ビラス様よっ!?」


「食堂にいらっしゃるなんて、この時間に来て良かったわっ!」


回廊にいるメイド服のおねーさま方から歓喜の悲鳴が聞こえた。年齢不詳のお兄様のビラス副隊長は、そのおねーさま方に笑顔を向ける余裕のある登場だ。


流石、公爵子息だね。何が流石なのかは分からないけれど……


「いや~良かったわ。魔術師団棟に行こうと思ったけど、ユーラがこの時間は食堂に向かってるはずだって言うから、入れ違いにならずに済んだ」


ビラス副隊長の安堵した表情の横で無表情ながら、大きく頷いているユーラさんを見てちょっと首を傾げてしまった。


二人揃って訪ねて来て何だろうか?


「急ぎの用事ですか?」


私が訪ねると、ビラスさんは視線を回廊の外に向けた。


「ちょっと庭に出るか?」


なるほど、人の前では話せない内容だと……


ビラスさんとユーラさんと共に中庭に出て暫く歩いてから、ビラスさんは私達の周りに消音魔法を使った。


更に会話も周りに聞かれたくないと……面倒事なのかなぁ?


ビラスさんは私に向き合うと、困ったような表情を見せた。


「エリンプシャーに潜ませている密偵から連絡が来た。王妃が懲りずに癒しの魔女に不老長寿の秘薬を作って寄越せと言え、と騒ぎ出したそうだ」


「ええっ?また!?」


ビラスさんは半笑いを浮かべている。


「国王妃も引っ込みがつかないのかね?うちの陛下に大々的に献上された手前、こちらを偽物の魔女とは言えなくなってしまったし」


皇帝陛下から渡された時に散々言われてたのに。エリンプシャーの殿下達は何やってんだよ?


「何を言ってこようとも、そんな秘薬なんて存在しないからね~また回復薬あげればいいさ。内心は効いてないのに~と、馬鹿にされているのも辛いよなぁ。おっと、これは不敬な発言だな」


不敬だと思ってなさそうなビラスさんのニヤニヤ笑いを、じっとりとした目で見詰めた。するとビラスさんは笑いを止めて、怖い表情に変った。


「あの国の奴らは馬鹿ばかりなんだよ。イアナもじーさんも副団長もずっと戦ってきたんだ。嫌がらせみたいに刺客や軍人を送り込んで、俺達は隊長と10年も守ってきたんだ。もういい加減にしろ、と言いたい」


……あ、そうだった。ビラスさんもユーラさんもそして髭父も、私とお母さんとおじいちゃんの住むココトローナの森を、エリンプシャーから守ってくれていたんだった。


「ありがとうございます……」


私が小さな声でお礼を言うと、ビラスさんは私の頭を撫でてくれた。


「まぁ、アレはアレで楽しかったしな。薬屋に扮装してエリンプシャー軍をめった殺しにしても文句言われなかったし」


……ん?何気に怖い発言を聞いた気がしたけど、聞こえないフリをしておこう。


「それにさ、心配するな。ビエラレット夫人……あ、か?と、陛下が先んじて帝国内に向けて、魔女特製の石鹸と美容液の売り出しを始めることを、大々的に発表することにしてエリンプシャーを牽制するそうだ」


「えぇ?発表?美容液の方はまだ開発中で……」


ビラスさんの言葉に仰天して叫び声を上げそうになった私に、ユーラさんが手を挙げて制止してきた。


「大丈夫だ、美容液は先行発表という形をとるそうだ。それをきっかけに石鹸の受注に繋げたいということだ。金貨500枚もするただの回復薬を飲んでも、秘薬扱いしてもっと寄越せなんて言うエリンプシャーに、一泡吹かせたいらしいね。石鹸にしては少し高価だが、確かな効果のあるのはこっちだぜ~グハハッ!とやりたいらしい。イアナには石鹸作りに専念してもらう為に、護衛勤務から魔術師団に転属という手続きも可能だということだ」


無表情のユーラさんから、繰り出されるグハハ笑いを頂きました。


「転属ですか?まだ陛下の暗殺が……」


今度はビラスさんが手を挙げた。皆が注目する中、ビラスさんは微笑みを浮かべた。


「それに関しちゃ、やっとビエラレット様が考え直してくれたんだ」


「考え直す?」


思わずビラスさんの言葉を繰り返してしまったけれど、どう言う意味だろう?


「レグリアーナ殿下の婚約を、だよ。殿下の相手はドューエ=エリガ侯爵子息。前マエル公爵の遠縁の者だ。前マエル公爵に推薦されて、ビエラレット様も了承して婚約したのだけど、これが胡散臭い奴でね~陛下暗殺の主犯だと疑われている」


「婚約者が主犯!?」


え?つまり、レグリアーナ殿下の婚約者だから結婚したら?……そうか!


「陛下を暗殺したら、レグリアーナ殿下が帝位に就くから自分が王配になるとか思って?」


「思考回路がマエル前公爵と似ているな、流石親戚だな」


またリムが鋭くツッコミを入れている。


それで暗殺なんて……レグリアーナ殿下の婚約者、一体どんな奴なんだろう?

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