怪しい夜会に潜入準備

陛下毒殺未遂事件から一週間ほど経ったが、ミラム君は順調に回復していた。ストレッチと筋トレを中心にしたリハビリを行い、それと並行して魔術の勉強。もう少し筋力がついたら家の周りのウォーキングを始めてもいいかな?


そんな計画を立ててニヨニヨしている私の元へ、元薬屋のビラス副隊長さんがやって来た。


「いよっ!こっちの生活はどうよ?」


客間に案内してソファに座るなりそう聞いてきたビラスさん。そんなビラスさんの前に素早くお茶が出された。


先日から、髭父と私の住む屋敷にノワリア本家から派遣されて来たメイドと侍従、四人が住み込みで働いてくれている。


元々髭父の所有する屋敷は、小さな邸宅なので私一人でも手は足りていると思っていたが、本家のおばあちゃんが使用人くらいはおきなさい!と言ったので、大人しく祖母に従う事にしたのだ。長い物には巻かれよ……だ。


そんなおばあちゃんが派遣してくれた使用人は皆、とても仕事熱心で私に対しても非常に優しい。


こんな狭い家に来てもらって申し訳ないな~と思っていたので、働く使用人の皆に疲労回復の治療をしてあげたら、重度の腰痛持ちだった一番年嵩の侍従のベッテさん(アラフォーくらい?)がなんと、私の治療で腰痛が完治したそうだ。


「流石、癒しの魔女様ですよ!!」


と、ものすごい敬ってくれるようになったのだ。この件から使用人の私に対する色々な期待値が凄いことになっている気がして、慌てて例の件を否定しておくことにした。


「私の体から出る成分を摂取したって、不老不死にはならないからね!」


使用人一人一人にそう力説すると皆は示し合わせたように、そう言われて驚いた後に


「ありとあらゆる病魔と老化を防いでくれると言われていたのは嘘だったのですか!?」


と、ご丁寧に都市伝説を披露してくれたのだった。


全く誰だよ!?なんで皆してそう思うわけよ?デマだよっデマ!!


どうやら帝国でも私の血肉が、人魚を食べると不老不死になれるよレベルでの都市伝説級に勘違いされているようだった。


あのさ~不老不死になれるんだったら自分自身の生き血を毎晩啜ってるからさっ!


と、いう感じでのんびりと帝国での快適な新生活を始めていたのだけど……


°˖✧ ✧˖° °˖✧ ✧˖° °˖✧ ✧˖°


そうして私の前に座ったビラスさんは、困ったような苦笑いを浮かべながら話し出した。


「いや~なんて言うかなぁ~実はさ、ビエラレット様がねぇ~」


ん?ビエラレット様と言うと、前皇帝陛下の娘で公爵家に降嫁されたあの、ギャアギャア煩かったレグリアーナ殿下の実母じゃないか、その方がどうしたの?


「あ~うん……エリンプシャー王国から手に入れた秘薬をお披露目するとかで、夜会の準備をしているらしい」


「秘薬……エリンプシャー?」


怪しいワードがいっぱいだが、エリンプシャーと聞いただけで胡散臭さが倍増した気がする。


「その秘薬って、お披露目するくらい希少で価値があるものなの?」


私の疑問にビラスさんは少し首を捻った。


「それがねぇ~秘薬の情報が中々掴めないんだよ。で、その夜会で調査させようと思って、俺の姪を送り込む予定なんだ」


ビラスさん、姪がいるんだ!


「……で、その夜会にイアナも参加しない?」


え、参加?夜会って……っぶ、舞踏会ぃ!?


「えっムリムリムリ!!!踊れないもん!」


私が全力で拒絶すると、それを聞いたビラスさんが吹き出した。


「ブハッ!違うって~アハハ!もし、その秘薬が人に害のある成分が含まれているとしたら、夜会でそんなものぶちまけられたら困るだろ?で、すぐに治療の出来る人材を夜会に潜入させておきたい、て陛下が仰ってね。だから近衛としての参加だよ」


「あ……はい、びっくりした」


やっぱりな〜私ってば体のいい治療屋さんだと思われてるんだぁ〜


まあいいけど?


エリンプシャーに戻るのは絶対嫌だし、帝国の庇護化に置いてもらうのが一番なのは分かってるよ。いいよいいよ!存分に役に立ってあげようかね。


「それはそうと、ビラスさんの姪御さんって軍人なの?」


「いいや?只の公爵令嬢だけど?」


「げっ!?……失礼しました」


公爵令嬢!?ちょっと待て?じゃあビラスさんって公爵家のお坊ちゃま?


「そうだよ~俺ってば公爵家の三男なのさ!姪は一番上の兄の子。アマリアはちょっと気は強いけど、機転も利く良い子だよ」


叔父さんからのいきなりの姪っ子自慢が始まったが、ビラスさんって公爵家の方だったのか……今まで慣れ慣れしくしていたけど、殿上人だったんだ。


そうして実は殿上人だったビラスさんが帰った後、入れ替わりでリムが屋敷にやって来た。ミラム君のリハビリのお迎えみたいだ。


リムと一緒に出かけながら、先程のビラスさんの件を伝えると既に聞いていたみたいで


「夜会の日程は把握しているから、ミラムの診察を終えたらイアナの近衛の隊服の採寸に城に行こう」


と、淡々と言われましたよ。着々と外堀を埋められているようです。


「でもっ私が隊服着てたって、近衛の仕事したことないんだよ?ビエラレット様主催の夜会で何か失敗したら物凄く目立っちゃうよ?」


そう聞くと、リムは秀麗なお顔で少し考え込んだ後に


「当日は変装でもしておくか?」


……リムは斜め上の打開策を出して来た。


そうじゃない!身バレを懸念している訳じゃない!何かを失敗して悪目立ちすることを懸念しているんだっ!


そう訴えてもリムは一ミリも表情を変えなかった。


「失敗する?壁に沿って立ってるだけなのに何をしくじると言うんだ?」


「え?た、立ってるだけなの?そう……」


リムはジロリと睨んで来た。


「近衛の仕事を何だと思ってるんだ?特に警護任務なんて同じ場所で数十時間立ちっぱなしなんてよくあることだ」


「そう……それはタイヘンソウダネ……」


リムの近衛は立ちっぱなし発言を聞いて、根性の無い私はすぐに嫌になって来た。


ああいきなり憂鬱だよ。近衛ってそんなに大変なの?知らなかった……


明らかに私のテンションが下がったことにリムは気が付いたのか、ミラム君の治療が終わってさり気なく逃げ出そうとしている私を素早く捕縛すると、有無を言わさずに城に連れ出した。


「は~な~せぇぇぇ~」


リムに引きずられるようにして城の裏門から城内に入った。裏門から更に奥の方に向かい、突き当りの重厚な建物の端っこの倉庫?みたいな所に辿り着いた。そしてその建物の入口付近を見てみると、明らかに場違いなキラキラしたご令嬢が戸口の前に立っているのに気が付いた。


そのご令嬢は大変目立つ容姿の美女だった。赤銅色の髪に女性らしい丸みを帯びた目を見張るような美ボディで、こちらを顧みた瞳の色は翡翠色だった。


「うわぁ……」


思わず感嘆の声を上げてしまった。


「フィッツバーク卿、その方が癒しの魔女?」


そう言ってゴージャスな美女が私の前まで歩いて来た。


えっ誰?と、オロオロしている私の横でリムが敬礼をしている!?うはぁ!このゴージャス様は貴族の方ですかっ!?


すると、そんなリムを見て美女は小さくお上品にオホホ……と笑い声を上げた。


私にとって人生初の、リアルオホホ笑いを聞いた瞬間だった。


「今更なんですの?堅苦しいのはお止めになって!初めまして私、ビラス叔父の姪です」


「!」


本物のこっ、公爵令嬢ぉぉぉー!?


私も慌てて腰を低くしてカーテシーをした。


そんな私の肩に公爵令嬢の白魚のお手手が乗せられた。ひぇっ!爪まで綺麗だよぉ!


「堅苦しいご挨拶は止めてくださいまし。この度のビエラレット様主催の夜会の事で、お話したくてここに押しかけましたの。さあ、先に採寸を済ませましょう」


公爵令嬢はビシバシ、この場を仕切り始めた。流石、高貴な方は部下に指示なども慣れていらっしゃるようだ。


そして美女と珍獣で建物の中に入って気が付いた。


この建物は大きな裁縫室だった。室内には細かく間仕切りがあり、布を切る音や衣擦れの音がしている。漫画喫茶の個室みたいだな。


そんな室内の一番奥に大きな間仕切りがあり、複数人が色が違うね〜とか、布が良くないよ〜とか話している声が聞こえる。


恐らくデザインなどの打ち合わせをしているのだろう。


「何か御用ですか?」


お張り子さん達より離れた席に座っていた事務方っぽい女性が、ぼんやりとしている私に声をかけてきた。


私がその女性に返事を返すより先に、公爵令嬢が話し出した。


「女性用の近衛の隊服の予備はあるかしら?」


事務の女性はリムを見てから、公爵令嬢を見た。


「アマリア様、今度は近衛に潜入ですか?」


私が驚いて仰け反るのと同時に、公爵令嬢のアマリア様からまたオホホ笑いが聞こえてきた。人生二度目のオホホですな。


「まあいやだ〜今回は違いますわ!このご令嬢に合う隊服をお願いしたいの」


今回と言ったね?思わず胡乱な目でアマリア様を見詰めた。


事務の女性がちょっと怪訝な顔をして私を見てきた。


いかん!不審人物だと思われているんだ!


「は、始めまして!モーガス=ノワリアの娘のイアナと申します。父がいつもお世話になってます!」


私の名乗りに事務の女性や室内にいたお張り子さん達が一斉にこちらを見てきた。


「まあ……ノワリア隊長の!」


事務の女性の声に他の事務員さん達がワラワラと集まって来た。


「トルグード副団長の娘さん?あら~お母様に似てるのね!」


奥から小走りに近付いて来たちょっとご年配のお針子さんが、私の顔を見るなりそう言ってくれた。


「母をご存じなんですか?」


ご年配のお針子さんのおば様は嬉しそうに微笑むと


「副団長は可愛い顔してるのに荒っぽい子でね~術師用のローブを何着も破いちゃうのよ?もっと大切に着て欲しいって言っても、そんな簡単に破れる方が悪いんだ!と言ってね~うちの縫製部の連中がそれを聞いて、奮い立ってね~トルグード副団長の魔力でも耐えられるような術服を作ろう!なんて皆で頑張ったもんだよ」


と、盛大に亡き母の黒歴史を語り出した。


「は……母が大変ご迷惑をおかけしました」


ひえぇぇ……やっぱりお母さんって昔から暴れん坊で俺様女子だったんだ。


「でも副師団長があんなに早く亡くなられるとは思わなかったわ……」


別のお針子のお姉さんが悲しみを纏った魔力を発している。


「そうですね。寿命……でしたので悔しいけど仕方が無いです」


「じゅみょ?」


お針子の皆さんがキョトンとした顔で私を見た。ああ、そうか寿命って仏教用語かな?え~と……


「肺の病気で私が治療しても治りませんでした。女神テュテュシナが時の終わりを告げたのだと思います」


「ああ……娘さんは癒しの魔女だったね、じゃあ女神が定めた時間が来ちゃったのが分かったのね」


「副師団長も若かったのにねぇ……女神様も酷な事をされるわ」


この世界では『寿命が来た』や『お迎えが来る』的な表現の代わりに『女神テュテュシナが終わりを告げる』という表現を使うのが一般的だ。


この世界では女神テュテュシナは、ペルペリアルという神の国と地上の中間層に住んでいる女神で、人の死期が近付くと『そろそろ時間が来ますよ』とお知らせに来る女神様らしい。


まあつまり情緒の無い言い方をすれば、どんな偉い人やお金持ちだって抗えない死があって、そんな場合は私がいくら治療しても魔術を受け付けてくれなくなるのだ。


母のような魔術師ならばそんな状態になれば、ある程度冷静に死期が来たなと悟ってくれるけれど、当たり前だけど大抵の人は抗うからね。だからこそ私の髪の毛で不老不死だぁ~と騒ぐ輩が要る訳で……あ、思い出してまたムカついて来た。

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