謎の秘薬

お針子のお姉様達と母と髭父の昔話を聞きつつ、近衛の隊服の採寸が終わって無事に隊服を手に入れることが出来た。


縫製室を出るとリムに向き合った。


「よしっ!後は夜会まで準備することってある?」


こうなれば、やってやるぜ!と気合いを入れてリムに聞くと冷ややかな眼差しをしながら告げられた。


「……当日まで体調を整えておけ」


ちょっ……!!リムのアドバイスそれだけかいっ!!!


「フフ、まあこれで無事に潜入出来ますわね」


アマリア様の明るい声が聞こえてリムと私は彼女の方へ向き直った。


そうだ、聞いておかなきゃ……


「あの、アマリア様は夜会ではどうされるのですか?」


何だか変な聞き方をしてしまったけど、潜入捜査?だとして、アマリア様は近衛に潜入はしないと言ってたしね?どうするんだろう。


「ああ、私はビエラレット夫人から夜会に招待されておりますの。ですから夫人の近くで見守りさせて頂きますわ。もし危険な薬物を取り扱うようでしたら、他の方が危険ですもの!この私が身を挺してっ」


「そこは近衛に任せて下さい」


良い感じで熱弁を揮っていたアマリア様の言葉をぶった切って、リムがピシャッと言い切った。アマリア様はリムと静かに睨み合いをしている。


この二人仲悪いのかな?


それにしてもさ、みんなしてやけに警戒しているけどそんな危ない薬品?を夜会なんかでバラまいたりするかなぁ?


°˖✧◇✧˖°°˖✧◇✧˖°°˖✧◇✧˖°°˖✧◇✧˖°


そうして夜会の日になりましたよ。


リムと髭父が私に変装を薦めるので、茶色のウィッグを装着して眼鏡をかけ、更には頬にそばかす風の化粧をしてから近衛の定位置の窓際に立つことにした。


髭父も今日は近衛として参加している。リムは私の隣で警護してくれるようだ。何かあった時のフォロー宜しくね。


夜会会場のセッティングを使用人の方々する傍らで、下っ端近衛の仕事は何かと言うと……危険物が無いかと会場内を隅々まで点検することだった。


因みに私も不審な魔力の痕跡を細かく探れるということで、会場の入口付近で不審人物に目を光らせる係になった。


『X線検査みたいだね……』


「何か言ったか?」


「いえ何も……」


思わず日本語でポロッと言っちゃったけど、本当に熱センサーや空港の手荷物検査のようだね。


しかし今のところ、忙しく動き回る使用人にも配置についている近衛にも不審な魔力を抱えている人はいない。


ただ個々の体に不調を抱えている方が分かるので、そちらの方が気になって仕方が無い。


ああ、あのメイドの女の子お腹痛いんじゃないかな?


近衛の渋いお兄さん、手首痛めてるねぇ。捻挫かな……


とか観察をしているうちに、夜会の開催時刻になって続々と貴族の方々が入って来た。


香水の匂いがすごいなぁ……あ、アマリア様だ!


人混みの中、ボルドー色のドレスで異彩を放つ美しさを醸し出すアマリア様。こちらに気が付かれて笑顔を見せてくれたので、思わず手を振りかけたが頷き返すだけに留めた。


私は近衛だ、目立っちゃダメダメ。


さてさて、ビエラレット様とマエル公爵ご夫妻の入場が告げられて会場内が静まり返った。そうして入場した来た公爵夫人は、キラキラギラギラしたド派手なドレスを着用していた。


髭父情報では確か元王女殿下、現公爵夫人は御年36才だったはず……とてもアラフォーのマダムが着るドレスとは思えない。おまけに化粧も濃いなぁ。


つーか自分の娘(レグリアーナ殿下)より目立っちゃってさ~若い子に場を譲るとかそういう気配りはないのかい?


周りにいるご夫人方も公爵夫人を囲むと、ドレスを褒めたり髪型褒めたりヨイショ合戦を繰り広げていた。


旦那のマエル公爵とレグリアーナ殿下が放置されてますなぁ……放置されるのは慣れっこなのか、旦那も娘も各々の知り合いの所へ挨拶に行ってしまった。


さて……改めて派手派手夫人を見ると、おおっ!夫人の横にアマリア様がいるではないか!アマリア様は若干、フンスッ!みたいな鼻息荒くしている顔にも見えないことも無いが、先日の宣言通りに秘薬がブチ撒かれた時は身を挺して防御するつもりで、夫人の横をキープしているのかもしれない。


「ちっ……」


横に立っているリムが舌打ちしているよぉぉ……アマリア様やっぱり危ない事はやめてね?


そして暫くビエラレット夫人の動きを注視していたが、談笑しているだけで薬品を取り出したりなどはしないようだ。


流石に見ているだけだと退屈でダレてくる。立ってるだけじゃあ、足が痺れてくるな~と思い始めていた時だった。


突然、夫人の周りに居た女性達が歓声を上げたのだ。何事?と思って見てみるとビエラレット夫人の側に侍従が居て、侍従の手には宝石箱?みたいな装飾の箱が掲げ持たれていた。


ビエラレット夫人が高らかに声を張り上げた。


「皆様っ良くご覧になって!これが癒しの魔女から手に入れた、永遠の美を手に入れることが出来る秘薬よっ!!」


……は?


今、何て言った?


ビエラレット夫人は饒舌に語り出した。


「エリンプシャーの癒しの魔女が直々に開発した秘薬だそうよ。今、陛下が抱えている癒しの魔女、あれは偽物よ。私は信頼のおける商会から特別に私にだけ、とこれを見せられたのよ?どうぞ本物の癒しの魔女が作った秘薬を見て下さいなっ!」


そ~れっ!と言わんばかりにビエラレット夫人は、宝石箱を開けてソレを手に掲げ持った。そんな夫人を見て、周りからまた一段と歓声が上がった。


歓声を浴びるビエラレット夫人の手には、手のひらサイズの小瓶が握り締められていた。


え~と、小瓶の中身じっくりと見ると、若干薄茶色っぽい謎の液体のようだ。


色々と情報が大渋滞を起こしていて、頭の中が混乱しそうなんだけど?


「まあっ!では癒しの魔女が秘薬を夫人に?」


「この小瓶の秘薬で永遠の美が……凄いですわ!」


「陛下が癒しの魔女を召し抱えられたと聞きましたが、偽物なんですの?」


「そんな者が陛下のお傍になんて……」


おいおいおいっ!?


ビエラレット夫人の世迷言を真に受けて、周りのご婦人方が合いの手を入れてきたぞ?


茫然とする私の横でリムが呟いている。


「イアナが偽物だと?」


そっちにツッコむのかーーーいっ!


そして声を張り上げて、嬉々として秘薬の話をしているビエラレット夫人の横に立つアマリア様が物凄い形相で私の方を見ていた。


『この秘薬、あなたが作ったものなの!?』


そんなことを考えているようなアマリア様の魔質だと判断し、激しく首を横に振って見せた。アマリア様は私からの否の返事を受けて、顔の表情を緩めると今度はその謎の小瓶を凝視し始めた。


怪しいよね……なんだろ、アレ?


「皆様っ見てらして?私、この秘薬を飲んで永遠の美を手に入れますわ!!」


うわわわっ!?


ビエラレット夫人の高らかな宣言にびっくりして、一歩前に出た時には遅かった。ビエラレット夫人は秘薬と言う名の怪しいモノを一気飲みしてしまった。


そして飲み終えると、何故だか静かに目を瞑り、少し上を向いて両手を広げ大きく深呼吸しているような動きをしている。ミュージカル女優のソロパートの場面のようだ。


「……」


…………長い、いつまで待ってりゃいいんだ?ビエラレット夫人の謎のポーズが永遠に続くかと思ったが、夫人が目を開き


「どう?皆様!!」


と、頬を紅潮させて周りに向かって叫んだ。


その夫人の言葉聞いて


ど、どうって?どういう意味?


と、私は固まっていたけど、ビエラレット夫人の周りの貴族のご夫人方も同じように固まっていた。そしてとうとうその中の一人が突然


「す、素晴らしいですわっ!!」


と、よく分からん賛辞をビエラレット夫人に送ってしまった。


その謎の賛辞がビエラレット夫人的には大正解だったのだろう。ビエラレット夫人が目を輝かせて大きく頷いたのを見ると周りの貴婦人の皆さんが


「内側から光り輝くようですわ!!」


「ま、まあっ!夫人お綺麗ですわ!」


「本物の癒しの魔女は素晴らしいですわ!」


揃って叫び出した。


あ…………どうすればいいのかな?


具体的にビエラレット夫人のどこがどう変わったとか、どこが素晴らしいと言わずに全体的にホワッとした表現に留めつつ、素晴らしいコールを送る貴族女性達の中心で頬を紅潮させてご満悦なビエラレット夫人。


なんだこりゃ?


「おい、俺の目がおかしいのか?ビエラレット公爵夫人は何か変わったのか?」


リムが小声で聞いてきた。


「いや、何も変わってないよ」


私がそう答えるとリムは絶句したのか一瞬、声を詰まらせた。


「っ……やっぱりな、夫人の魔質の揺らぎも変わらないし、そもそもあんな濁った液体をよく口に出来たものだな」


リムさんは容赦無い。


そう、あの謎の液体。私の見立てではっぽい感じしか分からなかった。小瓶の周りに複数人の魔質は視えるけど、液体の中に浸透している感じじゃないし、魔力値の高い人が小瓶に謎液を詰める時に付着したぐらいの魔力量だろう。


それよりももっと気になるのが、ほんの僅かだがの痕跡が視えることだった。


但し治療魔術では無い。あくまで私の魔力なのだ、つまりあの謎液に私が触れた?ことがあるのかもしれないということだ。


あんな怪しげな小瓶触ったことないけどなぁ。


「あの液体飲んで大丈夫なのか?」


リムが更に聞いてきたので結論を述べた。


「う~ん、取り敢えずは……」


「取り敢えずは?」


「下痢とかはしないんじゃないかな?」


「……そうか」


夜会の会場は『癒しの魔女の秘薬』で若返った……らしい、ビエラレット夫人の歓喜の声とそれを褒め讃えるご婦人方の歓声で大騒ぎだった。


改めて思ったことだけど


本物?の癒しの魔女の秘薬は普通の水、なんなら茶色っぽかったから腐ってるかもしれない、本当に成分の分からない謎液だと思います。


断じて、!(一番重要)


そんな水分取るだけで若返るなら、小瓶を売りつけたヤツが真っ先に試してるって!なんで自分だけ特別に……って言われて怪しいと思わないんだろう。


ご婦人達が歓喜の声を上げる中、会場のあちこちから複数人の困惑しているような魔質が私に向けられているのに気が付いた。魔質の内訳は、髭父とアエリカ様とリム、後の数人は恐らく今回の秘薬の件を知っていて私の正体も知っている関係者のものだろう。


面倒くさいことになったな。これもプラセボ効果なのか?ちょっと違うか……

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