リハビリ三日目~食べ物の恨み~
「まあ…冷蔵棚ごと持って行かれてないだけ、マシじゃねーか?あ…でも棚の中の魔石が抜かれてるかな」
私がキッチンの床に膝を突いて怒りに震えているところに、リムがのーーんびりとキッチンに入って来てそう言い放った。
「っく…魔石までっ!」
私は立ち上がるとキッチンのコンロや水栓の根元を見て回った。
この世界の動力(電力)は魔力を元に動いており、この世界の家電(魔導)製品は魔石に魔力を貯めてコンロを動かしたり冷蔵庫、水道などを動かしたりしているのだ。
その動力源である貴重な魔石を、根こそぎ全部きっちり綺麗に魔石だけ外されているのだぁぁ!!(注:魔石は高価な石です)
「魔石だけ全部取られてるな…」
私の後ろから覗き込んでいるリムの淡々とした更なる追い打ちの言葉に、益々怒りが込み上げる。
「魔獣肉っ…魔石っ!」
まさかエリンプシャー軍が空き巣まがいのことをしているとは思いたくないけど、あいつらが盗っていったのなら…尚更腹が立つ!!
悔しくて床に蹲って唸っている私の背中に、静かにリムの手が乗った。
「ちょっと危ないかもしれないが、魔獣肉なら手に入れる方法はあるぞ?」
私はその言葉にガバッと顔をあげた。
「それ、どうすればいいの!?」
リムは良い笑顔で笑いかけてくれたので、私も期待しながら微笑み返した。
°˖✧◝ ◜✧˖° °˖✧◝ ◜✧˖°
…リムの言うことなんて聞くんじゃなかった。
魔獣肉を手に入れる方法は金に物言わせる系だと思ってたんだもん。
「急げ…夕方までには帰るぞ」
山を駆け上がる勇ましいリム兄の背中が段々遠くなっていく…
まさか、山に芝刈りに……じゃねぇ!魔獣狩りに来るとは思わなかったよ!
私は段々小さくなっていくリムの背中に向けて、渾身の力を振り絞って叫んだ。
「待て待て待てぃぃ!!私は一般人だし、リムの速度について行けるとは到底思え……ふぅ…ない…はぁ…の…で……げほぉぉ……」
叫び過ぎて吐きそうになってしまった。
あのね?軍人の素早い動きに一般人がついて行ける訳ないじゃない!しかも山の中…しかもしかも周りに魔獣の気配をビシバシ感じる危険地帯でさっ!
まさか魔獣を直接狩るなんて思わなかったよ、皆で狩ろうぜぇぇ………違ーーーう!
「確かに…はぁ…この山なら魔獣もいると思うよ!分かってるっ分かってるよ?」
リムは一旦戻ってくると、私の手を引いて斜面を登りながら
「喋ると体力消耗するぞ」
と、言った。
そりゃ、魔獣肉を盗まれて悔しいさ!今日は餃子食べたい!餃子の口ぃ~になってる時に、お目当ての餃子店の前まで行ったら、なんとっ本日臨時休業!とかになってたら、ウガーーーッ!と頭掻きむしりたくなるくらいに絶対に餃子食べたくなってくるよね?
それで、某チェーン店の餃子を取り敢えず食べて帰って、餃子への恋慕を鎮めると言うかさ…その虚しさの気持ちに似た今の気持ちは確かに悔しいけどさ!
「魔獣肉に辿り着くまでに、命の危険があるじゃない!」
叫んだ私に、リムは人差し指をたててシーーッという仕草をしてきた。
「騒ぐとナレハマシがやって来る…」
ナッ…ナレハマシ!?それってでっかい鷹みたいな鳥じゃない!?めっちゃ凶暴だって聞いたことあるよ?
私が驚愕の表情を浮かべていると、リムは
「ナレハマシは食べてもあまり美味くないんだよな…」
と、呟いている。
いやぁ?マズイとか美味しいの問題じゃないと思うんだけどっ!
アワアワしている間に本当にナレハマシが近くにいたのか、結構大きめの魔質の塊がこちらに近づいて来ている!?
「ナレハマシ!?」
リムは道に転がっていた拳大の大きさの石を掴むと、ヒョイと繁みに向かって投げた。
そのヒョイと投げたはずの石は、轟音をあげながら前方の木々に向かって飛び、その大きな魔質の塊に当たったようだ。
当たった時の爆音と物凄い断末魔の声が聞こえる。その断末魔を聞いてるだけで怖くなるよ。
そうして何かがドサリ…と落ちた大きな音がした。リム兄が手で私を制すると私を置いて、落下物の方へ走って行ってしまった、どうやら獲物に命中したようだ。まさにリムの一撃必殺。
しかしこんな所で一人ぼっちは勘弁して欲しい…
ギャゥゥ…
遠くの方で何か獣?の鳴き声が聞こえる。流石、山の中だけあって動物らしきの魔質が沢山視えるし、空の上にも感じるのだが…私(獲物?)の気配を察知して何匹というのか、ソレらが私の方へ意識を向けているのが分かる。
あれ?今…私は非常〜に危険な状態ではないのか?
ビクビクしていると突然、大きな魔質が現れた。しかもソレは私の方に凄い速度で近付いて来る。
ナレハマシなのかっ!?と思って木の陰に隠れようと動き出した時には既に遅かった。
私の目の前に黒い大きな塊が現れて…目を上げた私はソレと目が合った。
黒い塊は……人間だった。
一瞬だった、逃げようとした時には髪を引っ張られていて地面に打ち付けられたのと、衝撃音のような音が頭の上にで聞こえて
「何者だっ!!」
と言うリムの怒号で目を開けると、リムと対峙する人間…男だと思う、その男の顔をやっと見ることが出来た。
その人間は黒いローブを羽織って、瞳は深紅色…顔下半分はマスクをして分からないけれど、身のこなしを見ると若い男かもしれない。
そして…その男は手に金色の布のようなものを持っていた。キラキラと光りを浴びて揺れる金色の…
え?あれって…
「私の髪の毛ぇぇ!?」
慌てて自分の頭を触った。無いっ!左側の髪の毛が無いっ!?背中まであった私の髪が左側だけ無い!!
その時、リムが仮面の男に向かって術を放った。そして爆音と共に起こった風圧に、体を飛ばされそうになって地面にしがみ付いている間に、激しい打撃音が聞こえてきた。
そうかっリムとローブの男が剣で打ち合いをしているんだ!
やがて風圧が少し収まって、なんとか目を開けて前方を見るとリムが剣を手に佇んでいた。あのローブの男は!?
周りを目視しても見当たらず、魔質を探ると近くにもいない…消えた?
カチンッ…
剣を鞘に納める音がして慌ててリムの方を見ると、厳しい表情をしたリムがこちらに向かって歩いて来た。
「あの男は?」
「捕縛と攻撃系の魔術をかわして、逃げた」
逃げた!?魔質を確認すると確かに近くには感じないけど…そうだっ!
「お、追いかけないとっ!」
私が逃げた方向を指差しながら叫んだが、リムは一瞬目を細めて私を見た後に首を横に振った。
「俺はイアナの護衛だ。追尾するのは任務外だ」
そうだ、リムはクソ真面目だった…いやまあ、こんなナレハマシがいそうな山の中にぼっち放置も怖いから、追いかけてもらっても困るんだけどさ…
リムは座り込んでいる私の目の間に腰を落とすと、私の頭の左側を見ている。髪が無いの、目立つ?
「怪我は無いな?」
「あ…うん、こっちの髪を切られただけかな?」
リムが険しい表情を浮かべて、自分の髪を指差している私を見てきた。
「これは…隊長に報告する」
うわわっ!?髭父に報告するのぉ?それは…髯が大騒ぎしそうな予感ビシビシ…
「リム、待って待ってっ!お父さんには言わないで、え~と髪を盗られたって言うのかな?被害はそれだけだし…」
イケメンリム様の眉間の皺が深くなっている。
「ほら、あれだよ!私の髪の毛で不老長寿になれるって思い込んでいる人達だろうし、ほらっ犯人はエリンプシャーの人達じゃない?」
リムの眉間の皺がより深くなってしまった…
私は焦って自分の左側の短くなった髪を手櫛で掻き集めると、短くなった髪を右側の長い髪とひとまとめにして左横で一括りにすることにした。
「ほら!こうすれば切られた髪も目立たないし、ね?」
私の髪は癖毛気味だし、髪紐で括れば問題無い…と思ったが、眉間に皺を寄せたままリムは首を横に振った。
「だが、隊長には報告すべきだ。エリンプシャーの手の者だと思うのならば尚更だ。髪を奪うのが目的だったのかは不明だが…たまたまイアナの体に当たらず、怪我をしなかっただけかもしれない」
リムが言葉を重ねてくるけど、負けられない。
「むっ…確かにそうだけど、リムだってさっ私と初めて会った時に髪を持って帰ったじゃない?あれと一緒じゃない!?」
ミラム君の為とは言え、少し前まで自分が怪しげな仕事をしていたことを思い出したに違いない…今までキリッとした鋭い眼差しで私を見ていたが、目を泳がせると魔質も動揺していた色彩を放っている。
「私の髪じゃ不老長寿みたいなのになる訳ないのにっ!もういいじゃない?実害無いんだし?それに今、お父さんに報告しちゃったらミラム君の治療が中途半端になっちゃうよ~私も治療を途中で止めるの嫌だなぁ~」
ミラム君の名前を出すとリムが渋々だが納得してくれたようだ。
そりゃ乙女の髪をむしり取られたりはしたけれど、そんな髪の毛をどうするっていうのさ?まさか煮て食べるのか?焼くのか?揚げるのか?煎じて飲むのか?
「おえぇ…」
リムが仕留めた魔獣を取りに行っている間に、髪の毛をもしゃもしゃ食べている自分の姿を想像して、オエッともどしそうになった。
私なら煮られた人の髪の毛なんて絶対、食べられないわ…例えばハンバーグの中に細かく刻んで入れられてて、それを食べるのも嫌だけど……また想像しちゃった、おえぇぇ…
という訳で、リム兄に解体してもらった魔獣肉を持って山を降りた私達は、市場に寄って野菜や調味料、調理器具等を買いに行った。
軍資金は朝に預かった父の財布なので、気にせずにガンガン調理器具を買い進めた。父の財布は私のもの、私のものは私のもの…フフ…
最低限必要な食材や調理器具は買い揃えたので、リムと家に戻り…魔獣肉を切り分けていった。
私が魔獣肉の骨を冷蔵庫にしまっているとリムが聞いてきた。
「骨、捨てないのか?」
私は振り向いてリムを見るとニヤリと笑ってみせた。
「魔獣の骨から豚骨スープ…違った!え〜と、獣骨スープを作るのさぁ!」
リムが物凄い引き攣った顔で私を見てきた。
「それ…食べられるのか?」
「もちろんだよっ!それはそれは魅惑的な白濁した濃厚スープが…」
と、力説しかけたところで屋敷の入口に髭父の魔質が近付いてくるのを感じた。リムも髭父に気が付いたようで、キッチンの壁際に移動している。
「帰ったぞ~」
髭父の声が近付いて来て、父がキッチンの入口に姿を現した。リムが左手の拳を胸の前に当てて敬礼?をしている。
髭父はリムを見て、問題無いか?と聞いているが…
私は髭父に見られないようにしつつ、リムに必死に目配せをした。
「問題はありません」
よしっよしっ!!
リムの返答に安堵しながら父を見上げると、こちらを見ていた父の目が段々見開かれているのが分かった。
「イアナお前…髪、どうした?」
「!!」
な、何故分かったぁ!!いつもそのデカい図体の想像通りに、色んな意味で鈍感でニブチンな髭なのにぃぃ!?
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