リハビリ二日目~髭が邪魔~

自分で言ってみて空き地にキャンプは妙案だ!と、一瞬テンションが上がったけどよく考えたら、髭父の面倒みなきゃいけないんだった……マジ髭邪魔……城で寝泊まりしてくれないかなぁ


「しまったな…お父さんの世話があったよ…」


私の呟きにリムは今度は仰け反っている。ズッコケたり、仰け反ったり忙しいね…


「せ…世話って隊長の屋敷に使用人はいるだろう?」


屋敷に使用人?ああ、リムは知らなかったよね…と思い、説明をした。


「いや…いないよ?あの転移魔法陣でココトローナの森の家に自由に行き来できてたでしょ?父も特に忙しくなければ夜はココトローナで寝泊まりしてたんだよね。だから、帝国での屋敷は無人にしてあったんだけど…ここに来てそれが裏目に出てるね、父のお世話かぁ~父とミラム君を天秤にかけても、ミラム君が圧勝なんだけど…父を放置にも出来ないしなぁ」


目を瞑って髭父をどうするか…と、考え込んでいたが解決策が見出せずに、ゆっくり目を開けると…目の前のリムは何故か目頭を押さえていた。


「隊長の扱い…不憫です…」


リムが何かブツブツ言ってるけど、なんだろ?


「そうだね…疲れるからやりたくないけど、お父さんのお世話の後、夜にお邪魔してミラム君の診察をしようかな…やってみたかったけど、野営は諦めて…本当は疲れるからやりたくないけど、転移魔法で行き来することにするよ」


仕方なくそう呟いた私の肩を、リムがガシッと掴んできた。なんだ?


「イアナ、お前は俺が転移魔法で連れて行く。野営がしたいなら、空き地に設営してやるから好きなだけ泊ればいい。隊長の屋敷に戻るんだったら、俺も護衛だから付いて行くことに…」


「野営する!!」


そんなもの迷うもんか!いや~万事解決だね!


「そうと決まれば、市場に行って来るよ~ミラム君がお昼を食べ終わる頃に、戻って来るから…」


「えっ市場?」


リムがまた仰け反っている。そんなに驚くことかな?


「だって、うちの家さぁ食材何も無いんだもん。今朝だって忘れてたから~手持ちのクッキーと干し肉を父にあげたくらいだし?」


「ほしっ!?…隊長…っ」


リムがまた目頭押さえてるよ、眼精疲労かな?治療しちゃう?


取り敢えず~ということで、一人で市場に出かけようとしたら、リムに待ったをかけられた。リムが荷物持ちで市場に付いて来てくれるというので、それならばお願いします…という感じで、ミルバード地区の中心部にある市場に、ふたりで出かけることにした。


まずは…肉屋さんに行こうかな~と、市場の通りをイソイソと移動して、肉屋の看板を見付けたので店頭に近付いた。


「おお~このお肉、安いっ!これにしよ……え、なに?」


店頭の陳列棚に並んだお肉の中で、一番安い鳥肉を買おうとしたらリムに手で制された。


もう、さっきからなに?


「俺が金を出すから、もっと高い肉を選んでくれ…隊長が不憫過ぎる!」


「…あのね、安くても美味しく調理出来…」


私が、肉は単価じゃねぇ!味付け次第だっ…と、反論しようとしたらリムが金貨を私に押し付けてきた。市場で金貨を出すなっ!日本円で約10万円だよ!?ひったくりに遭ったらどうすんのよ!


「これで…隊長に上質な肉を…」


リムはまた目頭を押さえている。イチイチうるせー軍人だなぁ?と思いながら奢ってくれるのなら、有難く頂戴しようと思って


「すみませーん、ここのコデアのお肉をここにある分、全部下さい!」


陳列棚の霜降りお肉を大人買いさせてもらった!


リムはまさか私が市場で、金貨一枚(10万リゼル)をほぼ使い切る金額のお肉を買うとは思ってなかったようで、慌てていた。


私は父から預かったお財布を出すと、そこから金貨を出した。そのついでにリムにもらった金貨を返しておいた。


「お金は父から預かってるから、心配すんな~安いお肉を買おうとしていたのは、私が節約したいからだよ~」


自慢することじゃないけれど、なんとなくドヤリながらリムに父の財布をチラ見せした。軍の一小隊の隊長をしているだけはあって髭父はお給金は結構頂いているのだ。


普段は森で手に入る食材を使って質素倹約メニューの食事ばかりなので、父のお財布を頼ったことはなかったので、帝国で父が散財していなければがっつりお金が貯まっていると思う。


髭父がギャンブルとかお酒とかにつぎ込んでいなければ…だ。まあ、髭父は長期で留守にする以外はほぼ、毎日家に帰って来てゴロゴロしているし、その心配はないかな~と思っている。


「なんだよっ金が無いのかと思ったよ!」


リムは私が返した金貨を受け取ると、そう言って逆ギレして顔を真っ赤にした。


「いやいや、リムだって父の部下でしょ?父がまあそこそこの、給金を頂いてるのは分かるじゃない?それでも贅沢は敵だよ」


「隊長の娘がっそんな…もっと贅沢しろ!」


変な言い分だなぁ


「節約するのも楽しいのに……まあ今はいいかな」


自分の懐は痛まないし、父のお財布を使わせてもらおうかな~それにこのまま行くと、皇帝陛下のお守り?とかの職を得られそうだし、それがなくても帝国で薬師として働けば、必要最低限の生活費は自分でなんとか出来ると思うしね。


はぁ…こういう時って、おひとり様って気楽だね


その後、野菜類と調味料類を買い付けて…荷物持ちのリムに持ってもらって一旦、屋敷に置きに行った。


いや~空っぽの冷蔵庫…(この世界では冷蔵棚と呼ぶ)に食材が詰まってるって、安心するよね


「そうだ、下ごしらえだけしておこうかな…リム、ちょっと待っててね」


「ああ…構わない」


リムはキッチンの横の貯蔵庫から出て来ると、キッチンの椅子に腰かけた。あれ?そこで待つの?


「…」


キリッとしたイケメン顔でこちらを見ているので気が散ってしょうがないね。


私はリムに見詰められながら、下ごしらえを始めた。


今日買ってきたコデアのお肉を醤油っぽい調味料と野菜と一緒に漬け込んだ。明日は焼肉にしてあげよう。さて…魚の干物も買っていたので、二種類ほどを炙ってをおいた。万が一、髭父が予想より早く帰宅した場合に備えての、備蓄食料だ。これをアテにして一杯呑んで、腹の虫を抑えていておくれ


もう一品は明日の朝食用に、市場で買ってきた食パンに燻製にした肉と葉野菜、バターと薄焼き卵を挟んでサンドウィッチを作っておいた。買ってきた惣菜も置いておいた。


冷蔵庫の中に入れておけば、半永久的に腐らないしこれでOKだね!シチューとかをまとめて作っておくのもアリかな?


「よし、机の上にメモを書いて残して…OK!」


『ミラム君の治療の為に、夜は向こうに泊まり込みます、食事は作りに帰ります』


「そうだっ~ミラム君とおばあちゃんにコデアのお肉を差し入れしよっか~」


「それ…隊長の財布から…」


「大丈夫、大丈夫~父のものは私のもの、私のものは私のものだから!」


〇ャイアンの名台詞をリムに向かって叫びながら、買ってきた塊肉を切り分けた。


「あ~でもこのお肉、普通のコデアのお肉だよね。魔獣化したコデアのお肉ならミラム君の魔力補給に良い食材になるのになぁ」


私が愚痴りながら、お肉を油紙に包んでいるとリムが


「あ~市場にはまず、魔獣肉は出回らないからな…高いし…」


と、驚愕の言葉を呟いた。


「えっ!?魔獣肉って市場で売って無いの!?ココトローナの家ではお肉って言えば魔獣肉だったからすぐ手に入るんだと思ってた…」


リムが呆れたような顔で私を見ている。


「それは…普通の家庭では魔獣肉は高くて手が出ないからな…」


「!」


普通の家庭…というリムの言葉に、ああ…そうだったんだとまた気が付いた。


私ってば裕福な家のお嬢様だったんだ…そりゃそうか、今までお金に困ったことなんて無くて、行商人に扮したビラス副隊長さんとユーラさんが配達してくれる、魔獣肉を疑いもなく受け取っていたけど…それだって髭父が準備してくれてたんだよね…


ん?魔獣肉……あっ!


「ヤバいわ…ココトローナの森の家に、魔獣肉の塊を置いたままだということに今、気が付いたよ」


リムが鋭い目で私を見ている。私はリムの鋭い目を見詰めた。


「ココトローナの森の家に帰ってもいいですか?」


「却下」


早いっ!しかも却下された…


「だって魔獣肉だよ?今、手に入る魔獣肉がすぐ近くにあるっていうのに!ミラム君に食べさせてあげたら、魔力値上がるしぃ~自己回復力も上がるしぃ~ミラム君が砂浜をキャッキャウフフしながら駆けてくれる日がぐーーんと近くなるよ!」


「…」


リムが目を瞑って天井を見上げている。


迷ってる…迷ってる…


実際はミラム君が駆けたりするのは、まだまだ無理だけどね


「分かった…危険を感じたらすぐに撤収するぞ?いいな?」


「イエッサー!!」


まだ渋い顔をしているリムに元気よく答えて、そんなリムを追い立てるように屋敷の裏庭に出た。


私は鞄の中から、ココトローナの森行きの転移術式が描かれた魔法紙を取り出した。行きたい場所を指定して魔法で飛べる転移魔法は、便利な移動手段ではあるが一方で転移先の座標が絞りにくいのが欠点なのだ。


例えば、森の中のこの辺り~というざっくりとした座標なら、飛んでも目的地からそれほどズレないのだが…森の私の家の中のトイレの中、というピンポイントな場所だと片方からの転移魔法の術では、座標がズレてトイレの中に無事に転移出来るとは限らないのだ。


便器の上に落下して、汚物まみれにならないとも限らない。


そこで、転移先と発動先の双方に同じ術式の転移魔法陣を設置して、“道”をあらかじめ作っておけば座標のズレもなく、転移魔法が正確に発動出来る確実な方法なのだ。


「こっちからの魔法陣しかないから、不安だな…」


私が呟くと、リムが


「俺が行ってこようか?」


と…聞いてくれたが、私は首を横に振った。


「肉以外にも、残ってれば欲しい食材とか調味料もあるし…自分で見て持って来たいんだ」


「了解」


私は魔法陣を起動した。苦手な魔法ではあるが魔法陣の補助があるし、魔力量もあるので転移自体は上手く行くだろう…ただ、ココトローナの森のどこに落ちるか分からない。


転移が始まって体が引っ張られるような感覚の後、足が地面に着いた感触に思わず瞑っていた目を開けた。


「なんだ…この狭い空間…?手洗い所の中じゃないか!」


「……」


リムと抱き合うような形で狭い空間に立っていた。数日使っていなかったからか、便器の方からすえた様な臭いがする。


転移前に一瞬考えてしまったからね…便器の中に落ちたらどうしよう?とか、ね。優秀な母の作った魔法陣は私の心の機微に正確に反応して、思い描いたココトローナの森の家の中に転移してくれたようだ。


「狭っ!おい…俺が先に出るぞ?」


「お願いします…」


リムがモゾモゾしながら狭い個室内から扉を開けて外に出た。私もあまりの臭さに鼻にダメージを受けて、ふらつきながら外に出た。


トイレから出た洗面所は…荒れ果てていた。というより、物入棚は全て開け放たれていて、棚の中の物が外に投げ出されていた。


辛うじて、潰れていない洗濯石鹸とお気に入りの洗顔石鹸が転がっているのが見えたので、慌てて拾って握り締めた。


酷い…私とリムが逃げた後、エリンプシャー軍は家の中を家探ししたのだろうか?それとも障壁が破れたので、物盗りが侵入してきて金目の物を盗もうとしたのか?


ん?金目の物………魔獣肉!?


「魔獣肉ぅぅぅぅっ!?」


私は雄叫びを上げながら、洗面所を飛び出してキッチンに飛び込んだ。


そして異世界の冷蔵庫、魔法で動く冷蔵棚を勢いよく開けた。


そこには……魔獣肉は無かった!影も形も無かった…!!


「私の魔獣肉ぅっ!?許さんぞぉぉごるあああああ!!」

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