リハビリ一日目~ミラム君マジ天使~
おばあちゃんに、野菜を擦り潰して入れてもらったバナオ汁を、ミラム君の昼食にお願いします!と頼んでから自分の鞄の中を漁った。
「よし、まずはこの絵本読めるかな?」
鞄の中から取り出した絵本をミラム君に手渡した。
ミラム君の現在の学力を知っておかなければね…おや?そう言えば…
「ミラム君、今日はおにいちゃんどこ行ったの?」
「お城だよ?今日は忙しいかも…って言ってた」
あ…そうか、今日から軍に復帰しているのかな?あの皇帝陛下は鬱陶しいけど、髭父の職場には一度ご挨拶にお伺いしておいた方がいいかも…
「先生…これなんていう文字?」
ミラム君が私が渡した絵本を見て、表題の字を指差している。
「あ、それは『働き者のヤルロ』って書いてるの」
私が本の題名を読むと、ミラム君はパッと笑顔になった。
「その本、お兄ちゃんに読んでもらったことあるよ。ヤルロが色んなお仕事を体験するお話でしょう?」
「あれ?そうなんだ~そうかリムが読み聞かせをしてあげてたのかな~」
ミラム君は嬉しそうに微笑んだ。笑顔が可愛いね…
「いっぱい読んでくれたよ、えっとね…『ワオと月の騎士』とか『ハギレイデ王国物語』とか『竜とジルの大冒険』とか…」
ミラム君が指を折りながら、沢山の本のタイトルを諳んじている。
おおっ…それらは子供の読み聞かせの用の絵本として、大人気の本じゃないの~そうか、自力で読めなくても読み聞かせなら寝たきりのミラム君も聞こえているもんね。
ミラム君は読み聞かせてもらった絵本の内容を嬉しそうに話してくれているが、聞いている途中で気が付いた。
もしかしてミラム君って…絵本の内容を全部、暗記してる?
本棚にいっぱいあるんだ~というミラム君の言葉に従い、部屋の壁際にある本棚を見ると確かに沢山の種類の絵本や小説などが置いてある。
本棚から一冊抜き取ってミラム君に見せた。
「竜とジルの大冒険…憶えてる?」
「うん!えっとね…『それは森の奥深くそびえ建つ禍々しい塔の…』」
試しに、『竜とジルの大冒険』を序章から諳んじてもらった。因みにこの大冒険はシリーズ化していて、一冊一冊が辞書みたいな厚みのある、絵本のカテゴリーに入れていいのか悩むほどの、大スペクタル冒険譚なのだ。
私はミラム君の物語の音読を聞きながら、絵本の文字を目で追っていた。
一語一句、全部合ってる。これは……ミラム君はとんでもない記憶力の持ち主じゃないか!
「ミラム君、君は髭の部下には勿体ないよっ是非とも文官や司法官などを目指して欲しいなっ!」
私が興奮しながらミラム君の顔を覗き込むと、ミラム君は目を丸くした後に眉を下げた。
「僕…お兄ちゃんみたいな強くてカッコイイ軍人さんになりたい…」
「!」
あばばばっ!?私ってば、未来ある若者に自分の願望を押し付けようとしていたわっ!!常日頃から母に言われていたじゃないか、私の馬鹿っ!
「可能性は無限大…選択肢は星の数、だったよ。ミラム君ゴメン…先生、ミラム君の夢を踏みにじっちゃうところだったわ…そうだよね、うん。ミラム君がなりたい大人を目指せばいいもんね」
ミラム君は笑顔で何度も頷いてくれた。
よしっ!
「ミラム君、外に行こうか?外の空気沢山吸って、一緒にお散歩してみようか!」
「きゃ…するっ!」
ミラム君は歓喜の悲鳴を上げた。昨日から劇的に病状が回復したせいで、まだ外に散歩に行くなんてことまで、リムもおばあちゃんも考え及ばないのではないかと思っていたが、その考えはあたりだったようだ。
私がひざ掛けにミラム君を包んで、ゆっくりと抱き上げた。予想以上にミラム君の体が軽い…少し力を入れれば骨が折れてしまいそうだ。
そしてキッチンでお昼の準備をしていたおばあちゃんに声をかけた。
「おばあちゃん…」
私が声をかけるより前にミラム君がおばあちゃんに呼びかけた。その声を聞いておばあちゃんが驚いたような顔で振り向いた。ミラム君が言葉を続けた。
「外に散歩して来るね」
おばあちゃんが驚いた後に、泣きそうな顔で何度も頷いている。ああ…そうか、分かった。ミラム君の口から外へ行くなんて言われたことなかったんだ。
生まれた時から、床に臥せ…こんな会話を交わしたことなんてなかったのかもしれないね。
おばあちゃんが心配気に玄関先まで付いて来ているのが、何だか微笑ましい。
私は玄関扉を開けて外に出た。
「わあ…」
ミラム君が上を見て太陽(因みにこの世界は太陽が二つある)を見ようとしたので、ミラム君の顔の前に遮光魔法をかけた。
「そうだった、ミラム君。太陽は目を傷めてしまうので真っ直ぐに見たらダメなんだよ」
「そうなの?すごいね…」
フィッツバーク家の前は空き地だ。左右のお隣の家まで少し距離がある。家の前にある空き地の中をミラム君を抱えたままゆっくりと歩いた。
ちょうど平たい石があったので、手で叩いて強度を確かめてから、ミラム君をその石の上に座らせた。
「今日はお天気が良いね~」
「うん、窓から入って来る風と違って…体全部に風を感じるよ、気持ちいいね」
ミラム君は私の言い付けを守り、太陽を直視しないように空を見上げたり、遠くの街並みを見たりしている。
「ミラム君、ここで体のストレッチ…え~ともみほぐしをしてみようか?」
「うん…どうするの?」
私はミラム君の片足を軽く持つと、足首をゆっくりと回してみた。その時に回復魔法を詠唱するのも忘れない。足首から脹脛、太腿をゆっくり揉みながら魔力を流していく。ミラム君の魔力と混ざり綺麗に足から胸、頭へと廻っていく魔力が診える。
「こうやってね、体の節々を動かして行くの。体が柔らかくほぐれてきたら、立ち上がる練習をしようね。今はね、回復魔法と回復薬で体を動かしても痛みとか感じないかもだけど、ミラム君は体力はちょっと無いからね。疲れて動けなくなったらいけないから、無理だけはしないでね」
「はい!」
暫くミラム君の足をマッサージしてから、続けて腕もマッサージしておいた。
マッサージをしながら、魔力は空気中に飛散していて、こうやって外にいるだけで空気と一緒に吸い込めるんだよ~と説明してミラム君と一緒に深呼吸をした。
そして、思い出して鞄の中からクッキーを取り出した。
「そうだ、これ私が作ったクッキーなの。良かったら食べてみて?」
「クッキー!?食べる…僕、初めて食べる」
「えぇ?…そうか、こんな固形物食べれなか……うん、うん食べてね」
くぅぅ…何気ない会話でも、涙腺が緩むわ!そうだよ、ちょっとしたお菓子も食べたこと無いよね…
ミラム君が食べやすいように細かく割ってあげて、ミラム君の掌に置いてあげた。ミラム君はそれを摘まんで嬉しそうに口に入れている。
「甘くて美味しいね~」
うんうん、どこかの髭と違ってクッキーでも喜んでくれてるよ。
「!」
その時、鋭い魔力の気配を感じた。
ミラム君の周りに苦手ではあるが、魔物理防御障壁を張る。私のへなちょこ障壁で対処出来るだろうか…しかし攻撃をしてくる感じはしない…偵察か?そして、その魔力が段々と近付いて来ると同時に、大通りから大きな黒いモノが私達のすぐ傍に飛び込んで来た。
「お兄ちゃん!」
ミラム君の声に、ギョッとして飛び込んで来た黒いモノを凝視すると…それは黒い軍服を着たリム=フィッツバークだった。
「今…魔術が複数発動されたが、一つはイアナだな?」
リムは鋭い眼光で辺りを見回している。
「あ…うん、魔物理防御障壁を使った…偵察系の魔術の気配を感知したから…」
リムは身を屈めながら辺りを一巡すると、舌打ちした。
「俺が来たから、瞬時に隠れたな…」
「お兄ちゃん…」
ミラム君の不安そうな声でリムがハッ…と我に返ったようだ。
リムはすぐに笑顔をミラム君に向けると、ミラム君を抱き上げて私を促した。
うむ…取り敢えずは敵は逃げた、という感じなのだろうか?
リムの後に続いて家に入り、不審な魔力や魔術の気配が近くにないか、探る。
「大丈夫だ、すぐに魔物理防御障壁を張るから」
「…っ!了解です」
リム兄はやはり、優秀だ。私の動きを察知して、対策を打ち出してくれた。
ミラム君をおばあちゃんのいるキッチンの椅子に下ろすと、リムは果実水をコップに入れてミラム君に渡した。
「ミラム、自分で飲めるか?」
「うん!」
ミラム君はテーブルに置いたコップを何とか両手で抱えて果実水を飲んでいる。
ちょっとした成功に涙腺が緩むわ…よくやった、ミラム君!
「ちょっと…」
リムに呼ばれたので、リムと一緒に居間の方へ移動した。リムは結構厳しめの表情を浮かべている。
「今朝、部隊に復帰の挨拶に出向いていた。そこで、モーガス隊長とビラス副隊長に先日のエリンプシャーでの襲撃の件の報告を受けた」
「う…うん」
「…で、俺達が転移した後で残ったビラス副隊長とユーラさんは物置小屋の魔法陣を回収して、そのまま物置小屋を出て庭を突っ切ろうとしたそうだ…ところがエリンプシャーの手勢の中に強い奴がいたらしい。ビラスさん曰く、初めて見る軍人だったそうだ」
「初めて?」
リムが少し目を見開いてから頷いた。
「イアナに接触しようとしている人物、団体、エリンプシャー軍の手勢は全て調べているそうだ」
うげぇ…いつのまに?髭父が調べたのかな?ぬぼーっとしているけれど髭父はあれでも優秀らしいから、私のあずかり知らぬところで頑張ってくれていたのかもしれない。
「その時ユーラさんがその軍人と対峙して負傷して、ビラス副隊長が負傷したユーラさんを庇いながら逃げたので…少し帰還が遅れたそうだ」
「そうか…お姉さんお腹に怪我していたけれど、その時に…」
「そうだ…ビラス副隊長が強い…というからには相当な手練れだと思う。長い間ココトローナのイアナの家の障壁が破られなかったのに、昨日急に壊されて侵入されたのはあの男の仕業ではないか、と…ビラス副隊長が断言していた」
リムの説明に思わずゾッとした。後少し小屋に逃げ込むのが遅ければ私はその軍人に捕まっていたかもしれない。
そう言えば、小屋に逃げ込む時に目が合った怖い目付き術師の男…あの人がその強い人かも…
「取り敢えず、俺は今日から本格的にイアナの護衛だから」
リムが腕を組んで上から目線で…本当に私を見下ろしながらそう言ったのだけど…リムってば軍に正式に戻ったんでしょう?
「え?でも軍のお仕事が…」
「癒しの魔女の護衛も軍の仕事だ」
「……お手数をおかけしますが宜しくです」
リム圧に負けてお願いしておいた。リムは無言で頷いている。
さあて、どうしようか…さっきの偵察が敵?だとして…狙われてるのは私だろうし、私がミラム君の周りをうろつくとミラム君達に危険が及ぶかもしれないし…う~ん
何気なく窓の外の空き地を見て、閃いた。
「あっそうか!リムが私の護衛がしやすくて、尚且つミラム君達と離れないで安心できる最適な場所があるじゃない!」
私が自分の思いつきに嬉しくなって手を叩くと、リムが首を捻っている。
「どんな場所だ?」
私は居間から窓の外を指差した。
「この家の前の空き地!あそこに私がキャンプ…え~と野営をすればいいんじゃない?そうすれば、リムはこの家から離れないで済むし、私もミラム君達を巻き込まないで少し距離を保てるし!野営って初めなのよね~楽しそう!」
リムがズッコケていた……
異世界に来て、お笑いの人みたいにズッコケている成人男性を始めてみた。
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