リハビリ四日目~念願のキャンプ~
髭父がジットリと睨んで来るので、仕方なく乙女の斬髪事件?の概要を話した。
「……」
髭父は長い溜め息をついた後、リムの方を見た。
「犯人の詳細を」
リムは頷くと口を開いた。
「はい、単独犯だと思われます。年は20代、性別は男…剣は多少使えますが、魔術の方が得意という感じでした。職業は魔術関連…家柄の良い出身だと思われます」
「えっ?なんでそんなことまで分かるの!?」
リムの驚きの犯人の人物像?発言に驚いて、つい声を上げてしまった。
剣と剣を重ねれば~全てお見通しなのだ☆千里眼っリム様降臨かっ!?
リムはスッ……と目を細めて、私を見詰めてきた。
そっそのリムのその顔っ、私っ知ってる!今の私の発言に呆れてるんだねっ!?
リムはジト目で私を見ながら説明をしてくれた。
「あいつの着ていた外套が上質な布地だった。体から変な臭いもしなかった。微かだが衣類洗剤や髪につける整髪料の匂いもしていた。現状で体を清潔に保つことが出来る環境にいて、上質な衣服を纏えるのは労働者階級の平民では有り得ない。そして高位魔法を操れることから、恐らく魔術学園の出身かこれまでに魔術の指導を受けることの出来る環境にあった、そういうことだ」
ふえぇぇ!?あんな一瞬で、そんな所まで見ていたのかっ!しかも臭い?変な臭いって何?つまり汗臭いとか無かったってこと?
因みにリムの言っている魔術学園とは、マワサムラ帝国内に5ヶ所ある魔術や剣術や一般教養なども勉強できる由緒正しい名門、マウェリード魔術学園のことを指す。
更に更に、マウェリード魔術学園のように魔術や剣術などを幅広く専門的に教えてくれる教育機関というのはこの世界では珍しいらしく、それ故に世界各国から入学希望者が殺到し入学に規制を設けていくうちに、入学金も高額になりそれに比例して入学試験の難易度も上がった。そしていつの間にやら、上流階級のお坊ちゃまとお嬢ちゃまが通う名門魔術学園に変貌を遂げた経緯がある学園だ。
「平民は体を洗う時は水で流して終わるのが殆どだ。石鹸を使ったり、まして香料の匂いがつく湯を使えるということは、よほど裕福な出身でないと出来ない」
「そうだったね、それで分かったんだね……」
そうか……この世界は浴槽のある“日本風のお風呂”のような設備は珍しいのだった。毎日湯浴みが出来るなんて、極一部の特権階級の人達しか味わえない贅沢だ。
この世界ではまだまだ石鹸が高級品扱いらしいのだ。必然的に石鹸を日々使う事が出来る人なんて限られてくる。
庶民の顔や体は大根や芋の煮汁で洗っておけ!的な感じなんだろうか?私は山で採れる殺菌作用のある果実と豆の煮汁を冷やして固めた自作石鹸を使ってるけど、確かに石鹸は珍しいよね。
「ふむ、盗られたのは髪か。しかしイアナの髪がなぁ……」
父がリムの報告を聞いて唸っている。
私もリムと一緒に唸りたい気分だ。もう全世界にお知らせした方がいいのじゃないかな?私の髪や老廃物などに不老不死の効果はありません!ってね。
本当にさぁ~誰が言い出したんだろうね?胡散臭い、魔除けの壺や祈願成就の数珠みたいな扱いだと思うんだけどさぁ……
私の枝毛まみれの髪なんてどれだけ飲んだって食べたって、不老どころか便秘解消の効果すらも無いと思うんだけどねぇ~
しかしいつまでも取られた髪の毛如きを憂いていても仕方ない!そう……私にはキャンプという野望がある!
「まあそれはもういいよね?ねっ?あ、お父さんのおかずは冷蔵棚に魔獣肉を入れてるから、適当に煮るなり焼くなりして食べてね!じゃあ、私は行くね!」
私が下処理した魔獣肉をリムに持ってもらい、出て行こうとすると父が鋭く制してきた。
「お、おいっ?どこに行くんだ!」
「キャン……ミラム君の夜間診察だよ」
私の苦しい返事を聞いて、父が険しい顔でリムを見た。
「リム=フィッツバーグッ!報告!」
ちょっ…おいぃぃ!?
「イアナが私の自宅前の空き地にて、野営を敢行したいとのことです」
リムゥゥゥッ!?
髭父がジロリと私を睨んできた。ああ、なんか言うぞ、言ってくるぞ……
「俺も混ぜろ!」
言うと思った……父はこういう子供っぽい所があるんだった。
髭父は、狙われた後で野営なんてっ!とグチグチ言いながらもついて来た。そうしてミラム君をキャンプに誘いに行ったのだが、髭父を見てミラム君が大喜びしてくれた。
そうだった、ミラム君は髭父をカッコイイ軍人だと誤認しているんだった。まあいいか、いずれ髭父が只の髭面のおっさんだと気が付くはずだよね。
「じゃあ……まずはテン、いや、え~と寝床の準備かな?」
私がそう言ってバッグの中からキャンプ用に準備した厚手の敷布を出そうとすると、髭父が声を上げた。
「ちょっと待て!本当に野営もするのか?」
「そうだよ?お父さん、外で寝るの嫌なの?お坊ちゃんだなぁ~あ、別にいいよ?お父さんは屋敷に帰んなよ」
私がそういうと髭父は、ムスッとした顔になるとミラム君を見た。
「子供がいたら危ない」
「へぇぇ~軍人のお父さんやリムもいるのにミラム君一人守れないんだあぁ?」
「!」
私の煽りに髭父と真面目なリムの軍人魂に、火が付いたみたいだった。
二人は一斉に動き出すと野営の準備を始めてくれた。私は二人の邪魔にならない端の方に竈を作ることにした。キャンプと言えば、火を熾してカレーを作る!これだよね~流石にカレーはこの世界に無いかもしれないけれど、野菜のぶっこみスープでも作ってれば問題無いでしょ!
そうして空き地に転がっている石を拾って来て竈の形に積み重ねていると、髭父とリムは野営用の天幕(リムに借りた)を張り終えたようだ。その間もミラム君は大人しく座っていて、キラキラした眼差しを髭父とリムに向けている。
「ミラム君、退屈じゃない?今から竈に火を入れるけど、火魔法使ってみる?」
私が魔石を見せながらミラム君に近付くと、リム兄が瞬時に私の前に立ち塞がった。
「おいっ!ミラムに火を使わせるのかっ危険だっ!」
「……」
リムって過保護気味じゃないかな~と薄々は思ってたけど、やっぱりか。
「あのねぇリムさん?魔力値が高い子供は基本の水魔法、火魔法ぐらいはミラム君の年頃にはすでに習ってるものよ~?折角、魔力値が多いのに使わないなんてミラム君の才能を潰す気なの?」
「!」
才能を潰すのか発言に、リムはカッと目を見開いたが特に反論はしない無いのか、黙っている。よしよし、兄の許可が下りたとみた。
私はミラム君を抱き抱えると、即席竈の前に設置した座椅子に座らせた。
「さあ~この魔石に魔力を乗せてみて~え~と、魔石に力を入れたいと願ってみるという感じかな?」
竈の中に枯れ枝と古紙を入れて、その手前の石の上に火魔法の術式を入れ込んだ魔石を置いた。この魔石に魔力を籠めれば魔法が発動する。
水、火、風、土、などは魔石の中の術式に魔力を入れれば、術が発動する仕組みだ。こちらの世界では電力の代わりに魔力源として冷蔵棚、火力コンロ、水道などを動かしている。
そうそう実は自動水栓トイレが発明されていて、上下水道は魔法で常に浄化されているから、雑菌や感染症のリスクが無いのもこの世界の凄い所だ。
異世界の魔法ってすごいな状態だ。
ただ万能に見える魔法でも不便な所もある。治療や回復、浄化等の術式が施されている魔石は、回復系の素質がある術者でなければ術は発動しない。
つまりは治療浄化系統が使えるか否かは、全て魔術遺伝によって最初から決まっていると言われている。素質が無ければ回復系は使えないのだ。
中には私のようなイレギュラーな人間(元異世界人)のような突然変異が現れて、異質な魔力を所持しているケースも稀ではあるがあるらしい。
そうして竈の前に座ったミラム君は、不安げに私の顔を見上げてきた。
「僕……大丈夫かな?」
「大丈夫だよ~魔石に指先を置いてみて」
ミラム君は恐る恐る指を魔石の上に置いた。すると触れた途端魔石が輝き、私がミラム君の手を引っ張ったと同時に魔石から魔力が竈の中へ放たれ、古紙から炎が立ち上った。
「つ、点いた!」
ミラム君の歓声が上がった。私は急いで枯れ枝を追加投入してから、鍋を棒に引っ掛けて火の上に置いた。
魔術発動の手順は間違ってない、はず?
さっきから私とミラム君の背後で、妙な圧をかけて見ているリム兄の気配が気になって仕方ない。
「よし、家で下ごしらえはしてきたから、後は鍋に放り込むだけだね。おっとそうだった、魔獣肉を焼こうかなぁ」
「魔獣肉!すごいやっ!」
魔獣肉と聞いてミラム君が歓声をあげた。病み上がりのキッズにお肉はキツイかな?とも思うけど、魔力の籠った食べ物を口に入れるのも体に良い事だしね。
さて、そうと決まればお肉を焼いて行こう。竈の端の方に平たい石を積んで木片を突っ込み、リムの家から借りてきたフライパンにBBQ用に調理した魔獣肉の骨付きステーキを放り込んだ。
味付けはこちらの世界の塩と胡椒…そしてお酒や香辛料を漬け込んだ自家製付けダレをドカンと投入した。
香ばしいお肉の匂いが野営地(空き地)内に漂って来た。ミラム君はグツグツと煮込まれている野菜スープの鍋を熱心に見詰めている。
そして出来上がった料理を、これまたリムの家から借りてきたお皿に盛ってミラム君に渡した。するとリム兄が瞬時にその皿を取り上げて、野菜や肉を細かく切ってあげている。
過保護だねぇ~骨付き肉にかぶり付くのもキャンプ飯の楽しみの一つなのにさぁ~
私はこんがり焼けたお肉とスープを小鉢に入れると、リムの家に持って行った。リムとミラム君のおばあちゃんに差し入れる為だ。
先程から、おばあちゃんがお家のキッチンの小窓から、こちらの空き地の様子を見ていたのは知っていたし、ミラム君のことが心配だったのだと思うのでご報告もしておくつもりだった。
「おばあちゃん、ごめんなさいね。外で作った料理なので味付けが大雑把だけど、召し上がってね」
おばあちゃんは皿を持った訪ねて来た私に向かって、満面の笑みを見せてくれた。
「まあ、ありがとうございます。先程から見ていましたらミラム、ちゃんと火魔法使えていましたよね?」
「ええ、ミラム君は高魔力保持者なので体内魔流が正常に廻っていれば、魔石に触れるだけですぐに使えましたね。これからはミラム君にご自宅にある魔石に魔力を流す練習をさせてあげて下さい。まずは危なくない所で、冷蔵棚の保冷魔石の充魔力をして見て下さいね」
私がそう提案すると、おばあちゃんは更に嬉しそうに微笑んだ。
「そうですね!魔力の補充なら好きな時に練習出来ますものね。それはそうと、あの空き地で野営ですか?ミラムは大丈夫でしょうか?」
おばあちゃんのご心配も尤もだ。
「野営と言っても都心部に魔獣はまず出ませんし、うちの父とリムさんが側についてますしね。ミラム君が万が一疲れたり容態がおかしくなったらすぐにこちらに連れて来ますので、ご心配なくです!」
「そうですか……でも、私も野営に参加しようかしら?」
「!」
流石、リムのおばあちゃんだ。いきなりぶっ込んで来た。
「いやいや~虫とか虫とか虫とかが、飛んでますし?それに地面に寝転がって寝ますので、か弱き女性にはお薦めは出来ませんよ?」
私の言葉におばあちゃんは、あからさまに落ち込んだ表情を浮かべた。
「そう?皆楽しそうだし、してみたかったわ……」
「いやいやぁ?女性にはきついですヨ~」
……そう言ってから、だったらお前が野営しているのはどういうことだヨ!と、自分自身でボケツッコミを心の中で入れてみた。
まあ……私は女性枠では無いかもしれないから、問題無いよね?
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