緊急招集命令

「うんまぁぁぁ~!!」


魔獣肉に舌鼓を打ちつつ、市場で買ってきた果実ゴロゴロゼリー?を同時に口に入れた。


「肉と甘いのを一緒に……」


その私の食べっぷりをリムが驚愕の眼差しで見ているけど、気にしない~気にしない~


ミラム君は既にご就寝されている。まだキッズだもんね、おっさん達の酒盛りには参加させられないよ。


危険だぁーとか、不審者がぁーとか髭父は騒いでいたくせに、率先してお酒飲んでるったぁ何事だ!……と最初は思ったけれど、結構飲んでいるはずの父は酔ってる風でも無いし、平常時と同じくらいの魔質の揺らぎしか私の目に視えなかった。


これは……いつ、敵が襲って来ても瞬時に対応出来るのかな?


「イアナのその目はなんだ?」


私のねっとりした視線に気が付いた髭父が聞いてきた。


「お酒はほどほどに……」


私がねっちょりと進言すると、髭父が手で顔を覆って天を仰いだ。


「あ〜その言い方!母上と同じ感じだよ!母上の怖い顔、思い出したよぉ〜萎えるわ」


ちょおおおおいっっ!!


それアンタの母親、つまりは伯爵夫人のばーちゃんのことかい!?ばーちゃんは確かにちょっぴり怖いオババだけど、若い私とババを比べるなんて何言ってんだよっ!


「おばあちゃんを引き合いに出してくるなんて失礼だよ!」


……


…………


「本当にデカいだけが取り柄の失礼な息子だこと……」

 

私は目の前で扇子越しに鋭い目を向けているミセスをそっと、盗み見た。


え〜と?実はね、あの日ミラム君達と空き地でキャンプして、星空を見ながらキャッキャしながら眠ったのね。そうして朝起きて、竈で朝食作ってたら……初老のおじさまが訪ねて来たんだ。お目当ては髭父みたいだったけど私を見て


「モーガス坊ちゃま、イアナお嬢様、大奥様がお呼びで御座います」


と、頭を下げられた。


そのおじさまの髭父への坊ちゃま呼びにもビビったが、大奥様という単語に髭父が洗濯機の脱水中みたいな勢いで魔質を渦巻かせているのを視て、私は気が付いた。


ああ、大奥様ってノワリア伯爵夫人……つまり私の祖母で髭父のこわーいお母様のことなのか、と……


取り敢えず、リムとミラム君にお断りを入れてから私と髭父は、初老の男性(ノワリア家の大奥様付の執事と判明)と一緒に、伯爵家の本家?に向かう馬車に乗った。


馬車の中で向かい合わせに座った時に見ちゃったよ。熊みたいに大きな髭父の背中が可哀相なくらい、丸まっている。


そんなにおばあちゃんが怖いかな?私は年に一回くらいしか会わないけれど、60代だとは思えないほど背筋のビシッと伸びたお局さ……おっと、素敵なミセスだと思ったけどね?


ノワリア家に着いてお出迎えしてくれたのはノワリア三兄弟の真ん中、次兄の伯父様だ。今は侯爵家に婿入りして家を出ている方だ。


次兄は髭父から髭が無いだけの、見事に複写コピーみたいな父とそっくりな方だ。その次兄伯父様の後ろに、伯父様の息子のジェラニアとフーリエが笑顔で立っている。


「あ~きたきた!イアナ久しぶり!」


「帝都で暮らすんだって?」


二人は年も近いのでいつもこんな気さくな感じで接してくれる。これでも侯爵家の生粋?のお坊ちゃまだけどね~


「うん、そうなの~宜しくね!」


「イアナは軍属になると聞いたが?」


少し離れた所から声をかけられてそちらを見ると、キレキレの怖い魔力を漂わせながらこの家の長男、次期伯爵のノワリア三兄弟の長兄の伯父様が歩いて来ていた。


相変わらず怖いくらいの魔力量だな……これで運動神経がゼロなんて伯父様ほど魔力の無駄遣いだと思わせる人っていないよね。せめて髭父の十分の一くらいの運動神経があれば絶対に魔術師団長になれるのに……


「なんだ?また私の魔力を視ているのか。毎回気にするほどなのか?だったら私のいらない魔力をカーナリスに移せる魔術を開発しろ」


「……」


おい、おっさん。私は治療術師で魔術師ではないぞ。


どこの世界でも長男ってこんなに偉そうなんだろうか?因みに、カーナリスと言ったのは、最近産まれた伯父様の最愛の長男君(8か月)のことだ。


「カー君は今でもすごい魔力持ちじゃない?そのうち一人で魔獣狩りでもしちゃうんじゃないの?」


とか何とか言いながら私が何となく従兄弟のフーリエを見ると、フーリエは魔質をグルグルとせわしなく動かせていた。


この動揺した魔質……もしかして魔獣狩りに行ってるのはお前か?まあ…フーリエはもう17才で就職は軍属希望だと聞いてる。狩りに出たって問題無いだろうけど、まさかソロハントとかしてるんじゃあるまいな?


「……」


私がじっとりとした目でフーリエを見詰めていると、髭父が気が付いたみたいだ。


「フーリエは学園の休暇期間だったな?危ない事はしていないよな?」


動揺したフーリエが顔色を悪くした。バレバレだ……フーリエはあっという間にノワリア三兄弟に囲まれてしまった。


さて、お気づきになられたでしょうか?先程からむさ苦しいおっさん(男子)ばかりしか会っていないと思われるかもしれない。


そう……ノワリア家は見事な男系一族なのだ。お婿にいった次兄伯父様も息子二人しかいない。ノワリア三兄弟の子供達の中で唯一私だけが娘なのだ。


そして、大奥様(祖母)の待つ屋敷の中に私と髭父は突入した。


おばあちゃんは会ってすぐに髭父に


「イアナが軍に入るとは本当なの?」


と、聞いてきた。


ありゃ……おばあちゃん怒ってるの?祖母の魔質は『怒り』の波形を描いている。


「それは、イアナの希望なの?」


渋い顔で髭父を見ていたおばあちゃんは、私を見る時に優しい祖母の顔に一瞬で変化した。


「あ~う~ん?皇帝陛下のご指示?」


護衛は女の子がいいも~ん!という訳にもいかないし、おまけに毒殺?の危険性があるので治療術師として側に付くことになったとは……言えないよね?


髭父の顔を見ると、首を横に振っている。


恐らく、毒殺未遂の件はおばあちゃんでも口外してはいけない事件なのだろう。


おばあちゃんは眉間に皺を寄せると


「陛下のご指示?陛下も何を考えてらっしゃるのかしら。あら?もしかして、護衛の手が足りないの?でしたら私が復職して……」


「いやぁ?まさか母上がぁ今更?あはは……」


髭父が脊髄反射の勢いでおばあちゃんの復職発言を笑い飛ばした。


そう……おばあちゃんはノワリア家に嫁いで来る前は女性近衛として近衛騎士団の副隊長まで上り詰めた武人なのだよ。


髭父がおばあちゃんに怯えているのもそれがあるからなんだけど……


おばあちゃんは鋭い眼光で髭父を睨んだ。


「本当にデカいだけが取り柄の失礼な息子だこと……」


おばあちゃん辛辣っ!!


そんな時、部屋の扉がノックされて私達を迎えに来た執事さんが髭父の側に足早に近付いて来て耳元で囁いた。


「イアナお嬢様を連れて至急登城されるように、とのご伝言でございます」


「!」


髭父がハッとしたような顔をして私の方を見た。


まさか、陛下が毒に?


私が立ち上がるより先に髭父が立ち上がり、おばあちゃんに


「失礼します!」

 

と、叫んだ。


おばあちゃんもすぐに状況を理解して、私に頷き返してくれた。


部屋を飛びだして走り出した髭父が、遅れて部屋から出て来た私の手を掴んだ。父の掴んだ手から魔力の発動を感じた。飛ぶ……!!


「着いたぞ!担ぐぞっ!」


「なっ!?」


何だって!?と言う私の言葉は最後まで言えなかった。視界が暗くなり転移魔法が発動した魔力を感じたと思ったら、転移を終えてどこかに到着していた。


そうして転移したここはどこ?の確認もままならない間に、髭父に肩に抱え上げられ、体がグワッと持ち上がり目が回るほど揺れ?が連続して起った。


気持ち悪い……吐きそう、おえぇぇ……


髭父に俵担ぎされてたまま、私は移動した後に髭父のどこかの部屋のドアを蹴破るような音でやっと顔を上げた。


眩しい……


何とか目を開けるとキラキラした絵画が目に飛び込んで来た。


絵画……そんな洒落てるものが飾られている部屋?ん……青色のフッカフカの絨毯が視界に入った。


「おおっノワリア隊長!陛下っ癒しの魔女が来ましたよ!」


陛下……ここは城内かぁぁ!あ、宰相のおじさんがいる。


「イアナ、頼んだぞ!」


髭父に振り落とされるような勢いで肩から降ろされ、座らされたのは大きなベッドの枕元。ベッドには眠っててもキラキラしている皇帝陛下がいた。


それどころじゃない!!陛下の毒 っ!?


慌てて陛下の体を診た。体の中を流れる魔力に黒いモヤが混じって視える。これが毒物かも?その黒いモヤに手をかざしていった。


良かった……モヤは綺麗に消えて行く。黒いモヤは喉から胃に広がっている所をみると、口にするものから毒が混入したようだ。


体内に蔓延る黒いモヤを消しつつ、モヤに残る魔力を読み取って行くことにした。


この世界の人間は皆、体内で血液を作りだすように魔力も作り出している。そして人を介して生み出される製品や食べ物には、少なからず作り手の魔力が入る。その魔力の痕跡を追う事で誰が作ったものか、誰が魔力を使ったのか等の情報を得ることが出来る。


一般の治療術師なら魔力が入っている、ということだけは分かるだろう。ただ私は界渡りの魔女、癒しの魔女だ。魔力を視て、感じてこの魔力は誰のものか……まで読み取ることが出来るのだ。


陛下の体を診て、一番魔力が強く残っている胃の辺りの黒いモヤを私の魔力で包み込んで、ゆっくりとモヤの塊を体の中から引っ張り上げるイメージを作り上げる。


よし、よし……手繰り寄せる様に、喉から口に移動させて……


スポンッ!という音と共に、見た目が某RPGのスライムみたいなモノが陛下の口から飛び出して来て、私の腕に吊り上げられていた。


「陛下の中に入っていた毒は抜けました。これが大元の魔素です」


私は皮袋に某スライムを入れて髭父に渡した。父は皮袋の中を覗いて確認してから私を見た。


「分かったのか?」


「私の知っている人じゃなかった。この部屋にもいない」


そう、私は特殊だ。一度視たり感じた魔質は忘れない。私の知り合いにこの毒から感じる魔質と同質の持ち主はいない。今この部屋にいる人の中にも、毒を扱った者と同質の魔質の人はいない。


私のこの世界唯一と言っていいほどの『魔質感知能力』を、髭父も恐らく皇帝陛下も毒殺事件を未然に防ぐ為に切望しているのだろうと思う。


世界唯一のワタクシなんて聖女!なんてのは全くもって考えもしないけど、髭父の娘としてこの世界に生まれたご縁もあるし、望まれているならそこそこ頑張ってあげようかな〜とは思っている。


さて……どうしようかな。呪術師?とか、陛下を恨んでる人がノコノコこんな所にやって来るとは思わないけど、監視役はいるとは思うんだよね。


「イアナ、陛下はもう大丈夫か?」


髭父と宰相様が陛下の顔を見詰めながら聞いてきた。


「体力と魔力が落ちてるけど、暫く静養すれば大丈夫です」


部屋の中にいる人達の魔質が安心したような穏やかな魔質に変わった。


私は廊下の方に意識を飛ばした。


居る……廊下にこの毒に触れたことのある人間がこちらの様子を伺うようにしている。


毒殺未遂ね……面倒くさいけど危険に晒されてる人を放ってもおけないしな。

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