これでいいのか?

私が覆面のドゥーエを睨みつけていると、ドゥーエは挙動不審になっていた。


「どうして分かったんだ……」


覆面ドゥーエは手で口元を隠している。


バレたのはお前の口臭のせいじゃねぇよっ!!!!


「私に何の用?」


覆面ドゥーエは剣先で私を指し示した。おいっ箸で人を指したらいけないんだぞっ!ちょっと箸と言うには大きさに違いはあるけど、先の細いモノには違いないぞ!


「癒しの魔女っお前の特級秘薬を寄越せっ!」


「あぁ……はぁ……」


でた……またこれか。どいつもこいつもそんなに秘薬が欲しいのか?いや、このドゥーエの実家は借金抱えてなかったっけ?もしかしたら若返り目的ではなく、ただ単に特級秘薬の転売目的とかじゃないかな?


「そんなものはありま……ひっ!?」


と、私が叫びかけた時だった。


ドゥーエの後ろに居た覆面の一人が、一瞬で私の眼前に飛び込んで来たのだ。


驚いて逃げる暇もないまま、私に伸ばして来た覆面の手がスローモーションのように見えるのをただ見詰めるしかなかった。


捕まるっ!!


しかしその手が触れる直前に、私の目の前の景色がくるんと回転したと思ったら、体が空を飛んでいた。


「ぎゃああっ……?リムッ!?」


なんと間一髪でリムが私を抱えて飛び上がり、暴漢達から離れた所に移動していたのだ。


うおっ!?なにこれ?忍者ぁ?……じゃないよっ待って待って!!今、気が付いたよ!


私はリムの腕の中から、手を伸ばして来た暴漢を指差した。


「リムッ!あの覆面っ魔術師だっ!ビエラレット様の毒殺のっ!」


「!」


慌て過ぎて支離滅裂な言葉になったが、リムはすぐに意味を理解してくれたのか、私を床に降ろすと目の前から消えた。


えっ!?消えたぁ!?と、思ったのもつかの間、ドカッとかバキッとか打撃音?だけが聞こえてきて、目の前に何度も突風が起こった後に暴漢が一人、二人と床に倒れ始めた。


これは多分だけど、目に見えない速度で動いて戦闘してるんだよね?


そして打撃音とか怒号が飛び交う中、ゴロンと何かが目の前に転がってきた。転がって来たそれはよく見ると、覆面マスクが脱げた白目剥いちゃってるドューエだった。


うえぇっ!?いくらイケメンでも白目剥いてるのは無いわ~無いわぁ。元マエル公爵も運動神経ゼロだったけれど、ドゥーエよ?お前もか。流石親戚だ。


「イアナお嬢様!お怪我がありませんか!?」


侍従のモール君と最近雇った料理人のミール兄弟の三人が走り込んで来ると、ぽけーっとしている私の周りを囲んでくれた。因みにもう一人の侍従のヤスルさんは今日はお休みの日だ。


ララさんとヘリエちゃんは二人で支え合うようにして玄関の隅に移動している。


そんな時に玄関の扉が大きく開かれて、髭父とビラスさんが飛び込んで来た。


「イアアナアアアア!!」


うるせー髭!!


髭父は飛び込んで来るなり、暴漢を素手で殴り飛ばしていた。殴られた暴漢は一撃で口から鮮血を放ち、床に倒れ込んだ。


それを見たビラスさんは、術を詠唱しながら玄関ホールの中央に立つと、周りにその術を放った。


「リムも隊長も床を汚すなよぉ!」


ビラスさん……その術は洗浄系か障壁系ですね?この屋敷の汚れまでお気遣い頂いてありがとうございます。実はもう手遅れで、床の絨毯は暴漢達の吐血と吐瀉物?のようなものでデロデロであります。


「テリス=トイドル!」


リムの怒号に慌てて声のした方を見ると、覆面を外している自称、魔女の弟子のテリス=トイドルと思われるイケメンと、リム兄が睨み合っている姿が目に入った。


緊迫した場面で気が付くのもおかしいけど、ビエラレット様の仰っていたとおりだ。


テリス=トイドルは確かに意外にも、可愛い顔立ちのイケメン様ですな。


イケメン様には無条件で降伏しろ、全てイケメン様の言う通りだ、イケメン様のお声は神の声だと有難く頂戴しろ。


……何故だかドルオタだった前世の友人の名言を思い出していた。


ビエラレット様の記憶に残る、魔女の弟子の印象が「素敵だった、格好良かった」しか無いのも致し方ない……と思えた瞬間だった。


私がぼんやりとそんなことを考えている間も、リム兄とテリス=トイドルは睨み合っていた。


目視で睨み合うお二人の魔質等々を確認すると、魔力量はリムの方がやや多い感じだけど……以前、髪の毛強奪事件の時に二人が対峙していた感じだと、剣技の腕前は互角?なのようなきがしたが、でも実際はどうなんだろうか?


その時玄関ホールに突風が巻き起こった。一瞬で、何が起こったのか分からなかったが、気が付いた時にはテリス=トイドルが床にうつ伏せで倒れていた。


勝者、リムゥゥフィッツバークゥゥゥゥ!!……ですよね?


何がああなってこうなって、テリス=トイドルは気絶?みたいな状態になって床に倒れ込んでいるのでしょうか?え?リムさんが魔術で強化した拳で手刀を三回、剣での打ち合い数十回の後に、腹部に強打を叩き込みでの完全勝利ですか?


ビラス副隊長、詳しい解説ありがとうございます。


どうやらリム兄は、前回の髪の毛強奪事件の時は実力のほんの一部しか、お披露目していなかったらしい。


まあ最初からリム兄って強い人っぽいな~とは思ってたけど、想像より強い人みたいだった。


取り敢えず、玄関ホールはデロデロのギタギタに汚れちゃっているけれど、悪者を一網打尽に出来たみたいで髭父とビラス副隊長は上機嫌だった。


本格的な取り調べはこれかららしいけど、テリス=トイドルとドゥーエ子息はワル仲間みたいな繋がりが、元々あったらしく今回の襲撃もそんな勢いで二人で共闘して乗り込んで来たみたい。


前回、手を抜いていたリムと対峙して「あいつってそれほど強くないっすよ!」と、思い込んでいたらしいテリスが、ドゥーエ子息を唆したとか逆にドゥーエが強引に誘ったんだ!とか、お互いにどっちが悪いんだの擦り付け合いをしているそうだ。


その日の夜中に帰って来た髭父の話では


「どちらにせよ、テリス=トイドルもドゥーエ=エリガも極刑になる。トイドル男爵家は爵位返上、エリガ侯爵家も借金返済の目途が立たずに爵位返上で領地返還になりそうだ」


そういう方向で話が進んでいるらしく、私としては偉い人の決めたことには異を唱えるつもりはない。


そうして怒涛の一日が過ぎ、翌日に皇城に出仕すると皇帝陛下も上機嫌だった。


「いやぁ~囮役、良かったぞ!」


「……」


何が囮役だよ、今思い付いたんじゃね?たまたま私の方に襲って来ただけだっての!


「しかし、今回色々と問題が片付いたお陰で私の婚姻も進めることが出来るようになった」


「婚姻、ですか?」


因みに今は、執務室の休憩中で陛下は茶菓子を摘まみながら雑談をしている。一応陛下の名誉の為に言っておくと、普段は真面目に政務に取り組んでおられる……と、思う。


「そうだ!こう見えて私だって婚姻適齢時期だ。それなりにご令嬢と睦み合って……」


「ゲフンゴフン!」


陛下の側付きの補佐官のお兄様が大きく咳払いをして、陛下の話を続きを遮った。


陛下はその補佐官を睨みながら、大きくふんぞり返った。


「兎に角だなぁ~私が狙われている時に婚約しているとその相手にも危害が加えられるかもしれんということで、水面下で婚姻の準備をしていつでも発表出来るようにしておいたのだ!これで憂うことなくアエリカに愛を囁けるという訳だな!」


……んぇ?今、何て言ったの?


「ん?そう言えばイアナには伝えたことがなかったかな?私の婚約者はアエリカ=リベラエル公爵令嬢だ」


「ええぇ!?」


あの派手な美女のアエリカ様ぁ!?……驚いてはみたが、すぐに合点がいった。ビエラレット様の夜会に侵入する時に、急に現れて私の変装の手助けしてくれたり、皇帝陛下の謁見の時も話し合いに堂々と参加していたり、割と皇城内を自由に動き回っている気がしていた。


普通の公爵令嬢にしては、やけに我が物顔で行動しているなぁ~とは思ったけれど、よく考えればおかしなものだった。


そう、答えは簡単。公にしていないが、すでに確定している皇妃様なんだもんね。そりゃ、自由に動き回れるはずだわ。


しかし、改めて皇帝陛下とアエリカ様の婚姻と聞くと、これはしっくりとくるし、とても素敵なカップルに見えてきた。


そう……お二人共並んで立っている所を見た訳じゃないけれど、私に対する二人の接し方も、同じく私に対する醸し出す魔質も似ているのだ。


ああ、これでしっくりときた。そうなんだ。


「とてもお似合いだと思います」


つい……口をついて答えたけれど、それを聞いた皇帝陛下がおもしろそうな表情を浮かべた。


「そうかっ似合いか!お前の目にはそう見えるか?」


何だか含んだ物言いで、そう問いかけている皇帝陛下にどう答えようかと迷ったが、素直に伝えることにした。


「私に接している魔質が、陛下もアエリカ様も同じような質だと思います。つまり、お二方共私に同じ気持ちで接して頂いている。同じ感覚をお持ちだとお見受けします」


皇帝陛下は大きく頷きながら


「流石だな、癒しの魔女!」


と、言っている。多分、満足する答えだったのだろう。


なんだかんだしつつも、丸く収まった気がする。髪の毛強奪事件の犯人も捕まったしね。


°˖✧ ✧˖° °˖✧ ✧˖° °˖✧ ✧˖° °˖✧ ✧˖° °˖✧ ✧˖° °˖✧ ✧˖°


「なんだかぁ~全部解決したように思えたんだけどぉぉ、私が忙しいのは全然変わってないんだけど、これ何?」


石鹸を煮出した後の大鍋を洗い場でごしごし洗いながら、同じく横で笊を水洗いしているリムについ、愚痴ってしまった。


「石鹸の受注が大量にきているから仕方ない」


私はリムをじっとりとした目で睨んだ。


「リムはさ~本来護衛でしょ?私と一緒に石鹸作ってて嫌になったりしないの?」


リムは唇の端をクイッと引き上げて微かに笑っている。


「いや、これはこれで楽しい。軍の早朝の鍛錬にもゆっくり参加出来るし、時々陛下の護衛で体も動かせるし、イアナと一緒……」


「え?なんて言ったの?」


大鍋を洗う水音のせいで、リムが何か言っていたが聞こえなかった。リムは一瞬目を見開いたが、にやりと笑っているだけだった。


まあ……いいか。ここでも治療術師として働けるしさ。


鍋を片付け終わると、バレットに並べた石鹸を保管棚に入れた。これで暫く寝かせるのだ。その間に食事を取ろうと、持って来ていたお弁当を広げた。最近はリムの分も作ってきていて、ここで二人だけで食べている。


「あ~そう言えばミラム君、学舎での成績どうなの?マウェリード魔術学園の進学は?」


私が思い出してそう聞くと、リムは柔らかい微笑みを浮かべた。


「筆記の成績はかなり良いらしい。運動はまだ基礎体力が整っていないから、いずれは同年代の子達と変わらなくなると思う。マウェリード魔術学園の入学規定年令の10才になるまでに学舎の推薦も貰えるように、本人も頑張ると言っている」


リムの嬉しそうな顔に私まで嬉しくなった。


普段、魔質の変化がほぼ無いリムがミラム君の話をする時は、魔質の起伏はっきり分かるのが、何とも微笑ましい。


「そっかぁ~それなら父からも学園の推薦状をお願いして貰っておこうね!父、喜ぶよ~ミラム君を買ってるしさ」


リムは破顔した。


分かりやすいな~ミラム君を褒めると、ホントに嬉しそうに魔質が体内で躍っている。


「そうだ~そんな前途洋々なミラム君が学園を卒園する頃には、リム兄が第二の隊長になってるんじゃない?」


私がそう遠くない未来を想像しながら、告げるとリムは首を横に振った。


「いや……ノワリア隊長が拝領して俺はその補佐に就く予定だから、それはない」


空耳か?リム兄は何を言いましたかな?


「え?…………はいりょ?なにそれ?」


「……」


リムと私は暫し無言で向き合っていた。


「……ノワリア隊長が伯爵位を賜るのは知っているか?」


「知らない」


私の即答にリムの鋭い眼が丸くなった。


「エリガ侯爵領の領地を拝領するのは?」


「知らない……はいりょって領地を拝領するの拝領なのぉ!?いやいや知らないしっ!え?何?伯爵って初耳?」


リムは大きく息を吐いた。


「イアナは来月には伯爵令嬢だ……」


「うぅ!?嘘でしょ!?父ぃぃ!?」


髭父の馬鹿っ馬鹿っ!きっとウッカリしてた、てへへ……とか言って誤魔化してくるんだろうけど、伯爵とか領地とか娘の私にちゃんと伝えておけよっ!!


「うぅっ……嘘だよ、こんな年から貴族令嬢の勉強しないとなのぉ?ダンス無理ぃぃ……ドレス無理ぃぃ……」


机に突っ伏した私の頭にリムの手が乗って、優しく撫でてくれる。


「俺も慣れない領地運営の補佐だ。一緒に頑張ろう」


「!」


そうか……リムも一緒に付いて来てくれるのか。それは心強い。


あまりの展開に落ち込んでいた気持ちが浮上してきた。


「それに領地に行っても基本的にやることは変わらないだろ?」


「え?」


「イアナはどこに行っても治療術師でそれのついでに、石鹸と美容薬の研究と開発をするだけだ」


リムが涼し気な目で淡々と告げてくれる言葉で更に気持ちが上向きになった。


「そうだね、そうだよね!リムがいるもんね!」


「!」


リムはまた目を丸くした後に破顔した。


イケメン様の殺し屋だと思ってたリムは、実は父の部下で弟思いのお兄ちゃんで……これからも私と一緒に頑張ってくれるらしい。


「よーーーしぃ!やりますかぁ!」


私は拳を突き上げた。


                     °˖✧   FIN   ✧˖°

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殺し屋から狙われています!~身もココロも危険だらけ〜 浦 かすみ @tubomix

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