修羅場SYURABA★

ビエラレット様に私の素性をバラさないで欲しいと頼んで了承を得てから、魔術師団長に周りの消音障壁を解除してもらった。


公爵夫人の体から毒と思われる術が見付かったことで周りの皆さんが、ピリピリした魔力を発し始めている。


「リメル商会の責任者は?」


ここでエリンプシャー側のお偉いさんと思われるおじ様が、声を上げた。


皆の視線が一か所に集まった。その視線の先には、ややぽっちゃりとした30代くらいの年齢の男性が青い顔をして立っていた。


「リ、リメル商会のジョイス=リメルです。わ、私はっ何も知りません!闇ギルドを通して秘薬を卸して貰っただけですっ!?」


リメルさんは皆に見られて慌てているからなのか、絶叫しながら自白をしていく斬新な手法を披露した。


闇ギルド……一般のギルドとは一線を画す存在で、希少価値の高い珍品、名品や入手困難な高級素材、幻の……なんて言われるモノを主に取り扱うギルドで、その会員になる為に入会試験があるほどの所謂、上級者用のギルドという感じなのだ。


しかも闇ギルドの報酬は高額になる為に、命の危険を顧みずに依頼を受ける冒険者も多いと聞く。現にリムも高額報酬を目当てに依頼を受けようとしていたしね。


あれ?そう言えば闇ギルドから若返りの秘薬を買ったってリメルさんが言ってたよね?ってことは、私の体液ってギルドの珍品扱いなの?


…………深く考えないでおこう。


「秘薬は誰から手に入れたのだ?」


エリンプシャーの偉い人は鋭い眼光でリメル商会の会長を睨みつけた。


リメルさんは益々顔色を悪くすると


「癒しの魔女の弟子から購入しました!」


言ってから、買付証明書のようなものを取り出しておじ様に見せている。


だからその弟子って誰なんだよ!……と、私が突っ込む前にエリンプシャーのおじ様が書類を見て、眉をひそめている。


「魔女が所有していたとされる魔石を提示し、弟子と判断とあるが弟子には会ったが魔女本人とは会ってはいないのだな?」


リメルさんは体をガクガク震わせている。


「は、はい。その弟子が魔女から預かっている魔石を見せて、私どもで所持している魔女の回復薬との魔力成分を比べて見た所、確かに魔女の魔力が籠められた魔石だと判定された為、その弟子から秘薬を買い取ったと言う訳です」


なんだなんだ?色々と情報が多いぞ?魔石ってなんだ?回復薬ってなんだ?


そこへ帝国の魔術師団長が、ちょっと宜しいですか?と声をかけた。


「回復薬というのはマワサムラ帝国内で流通している軍の薬局から販売されたものですか?どうしてそれをリメル商会がお持ちで?」


リメルさんは目を泳がせながら


「闇ギルドで売っておりますよ。癒しの魔女が作った回復薬と保証されたものですから」


と、言った。その言葉を受けて魔術師団長が大きな溜め息をついた。


「マワサムラ帝国の者なら身分証提示で誰でも買えるからなぁ……しかし癒しの魔女製だとどこで情報が漏れたんだ。金に困った奴が売ったのか、規制を設けるべきだな」


なるほど、私の作った回復薬を闇ギルドに横流しされていたという訳だね。しかし身分証代わりにされた魔石はどこで手に入れたんだろう?


私が思った疑問と同じことを魔術師団長も思ったのだろう。


「魔石の入手経路はどこだろうか……」


呟きながら魔術師団長が私を見たので、首を捻って分かりませんアピールをして見せた。


魔石か、魔石……最近私の家から魔石が無くなったことって……ん?


「「ココトローナの台所!」」


偶然、リムと私の声が重なった。私達の声を聞いてビラスさんが、それか!と叫んだ。


「ああ、言ってたな、冷蔵棚と焜炉の魔石が盗られてたって?」


「……はい」


呟いたユーラさんに頷き返すと、ユーラさんは魔術師団長を見た。


「癒しの魔女の以前の住まいから盗まれたようですね」


魔術師団長はユーラさんの言葉を受けて、リメルさんの方を見た。


「癒しの魔女宅から盗難された魔石だということは、その魔石を持っていた魔女の弟子は偽物でしょうな」


この魔術師団長の発言を聞いて、リメルさんは膝から崩れ落ちた。偽物を掴まされたというショックもあるんだろうけど、崩れ落ちてる場合じゃないと思うよ?


怖い顔して立っているビエラレット様に慰謝料とか購入代金の返金とか、下手すればリメル商会が倒産なんてことも考えられるんじゃないかな?


その後、リメルさん(後に会長と判明)はそのままエリンプシャーの偉い人に連行されて行ったのだけど、私達はこの時点ではすっかり忘れていたのだった。


偽の秘薬はエリンプシャー王族に特級秘薬として献上していたということを……


大騒動があったが、私達はビエラレット様とそのお取り巻きの方々と共に、マワサムラ帝国に帰国した。偽物を掴まされて大金まで使っちゃったビエラレット様は初めて見るような顔色の悪さだった。


実は一緒に来ていた魔術師団長が、師団に入団する前の若かりし頃にマウェリード魔術学園で教鞭を取っていたらしく、その時にビエラレット様の担任の先生だったそうなのだ。


その元先生でもある魔術師団長に、ビエラレット様は


「夫人、法外な値段の薬を飲んで何を得られましたか?その薬のお金は領民から領の為に納められた税ですよね。領民に有用な益を得られましたか?領民に向かって笑顔で答えられますか?」


と、静かに微笑みながら語りかけられていた。


ビエラレット様は元担任の先生に言われながら、ずっと俯いて小さく頷いていた。


先生に諭されて相当堪えたらしい萎れたビエラレット様の為に、私とリムは公爵家に帰るまで付き添ってあげることにした。


そうして私達が到着したマエル公爵家が何だか慌ただしい?


出迎えた使用人達は目に見えてオロオロしていた。


「ミスラーは?」


ビエラレット様の声が玄関ホールに響いた。


ミスラーとは、ビエラレット様の御主人のマエル公爵のことだと思うのだけど……使用人達はその言葉を聞いた途端、体内魔力をグルグル動かしていた。


使用人達の魔力は動揺と恐怖を訴えている……なんでそんなにビビッてるの?


「旦那様は、お出になられております」


使用人達の中で比較的、魔力が安定している初老の男性が一歩前に出て答えた。


「何処へ?」


聞き返したビエラレット様の声が、若干震えている。ビエラレット様の体を視ると、魔力波形がこちらも乱れていた。


怒りと悲しみ……


「今、使いの者を出しております。すぐにお戻りなられるかと」


「私が戻る事も存じているのに、わざとらしいのね」


初老の使用人の言葉に被せて気味に、ビエラレット様は吐き捨てる様に小さく呟いた。


こりゃ……どえらい修羅場に居合わせてしまったんじゃなかろうか?


背中に冷たい汗が流れる。


その時、公爵家の外が騒がしくなった。


まさかまさか……?


暫くして玄関ホールの扉が荒々しく開いて、マエル公爵が入って来た。


しかし公爵ってば無表情なんだけど顔色悪いぜ。しかも公爵の魔力が体の中でとっ散らかっている。


何でか知らんが、マエル公爵はとんでもない動揺っぷりだった。


ビエラレット様とミスラー=マエル公爵は玄関ホールで見詰め合う、いや……睨み合っていると言ってもおかしくないぐらい緊迫した雰囲気だ。


ん?……そんな時に気が付いた。


あれ?このマエル公爵の魔力をどこかで……あっ!?


「秘薬の小瓶の……」


思わず声に出してしまったので、それを聞いたリムが大きな声で聞き返して来た。


「あのリメル商会の秘薬がどうした?」


ビエラレット様とマエル公爵が一斉に私を見た。


私を見ているマエル公爵の魔質が怖い、これは……


「どうして、ビエラレット様の飲まれた秘薬にマエル公爵の魔力が入っているのですか?」


ゆっくりとそうマエル公爵に問い掛けると、彼の体内魔力がグニャリと大きく波打った。


「!?」


私の言葉に、リムが息を飲んだのが分かった。


異国の地の、リメル商会から金貨500枚で買い取った特級秘薬。その場でがぶ飲みしたビエラレット様の体に入った毒の中にマエル公爵の魔力が混入していた。


こんなおかしなことがあるものか。答えはアレしかない。


ビエラレット様は顔色を変えて、マエル公爵を見上げた。


「公爵閣下、ご説明をお願いします」


ビエラレット様の声は震えている。ビエラレット様に見られたマエル公爵が、ヒュッと息を吸い込んだ音がこちらまで聞こえた。


「何のことだ?私は知らない」


マエル公爵の表情は無表情だ。だがしかし、公爵の魔力の動きは大変に動揺しておられる。


私の目には、答えは既に視えている。そして恐らくビエラレット様も感付いておられる。


「毒を……」


リムが小さく呟いた。


公爵家の使用人の数人が、小さな悲鳴と唸るような声を上げた。


マエル公爵が少し体を動かしたので、もしかして暴れるのか?と思い緊張した。だがそんな私より先に、リムが一瞬でビエラレット様の前に躍り出てビエラレット様を背後に庇っていた。


更にリムより前には既に、ビエラレット様の護衛のお兄様2人が立ち塞がっている。


私も遅れてビエラレット様の傍に駆け寄った。ビエラレット様は駆け寄った私の方を見ると、手を取って来た。


「本当なの?ねえ、本当なの?」


私に小声で問い掛けるビエラレット様の体はガタガタと震えている。怖いのじゃない。ビエラレット様は怒ってるんだ。私は小さな声で間違いありません、と返事を返した。


ビエラレット様は、大きく息を吸い込むと顔を上げ、マエル公爵に向かって叫んだ。


「あなたっ、そこまでする程、私が邪魔なのね!?あっ、あの女も子供もっこの家には入れませんからねっ!絶対に絶対に認めないわっ!」


あの女?あの子?ああっ!?それってまさかぁ!?あ、あ……愛人とかぁ?


マエル公爵はビエラレット様の叫びを聞いていて、明らかにその場で飛び上がっていた。


まさかこんな場所で修羅場をがっつりやられるとは思ってもみなかったのだろう。マエル公爵は流石に無表情では無くなって目を見開きながら、一歩前に動いた。


護衛のお兄様方が剣に手をかけた。


マエル公爵はヨロヨロ~と前に飛び出すと、蠅が止まりそうなへなちょこパンチを繰り出して………振りかぶり過ぎたのか、見事にバランスを崩して転んだ。


一瞬、周りの皆さんの緊張感が高まったが、マエル公爵の戦闘能力はゼロだったようだ。


脅かしやがって……

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