第12話

「お待ちしておりました。ジルベルト様」


「ここがアラガート鉱山の麓の村か……」


 アラガート鉱山の麓の村の宿屋の一室。

 そこへ突如ジルベルトが姿を現す。

 この世界では片手の数しか使えないと言われている転移魔術により、あっという間にローゲン領の領都ヴィロッカからこのアラガート山脈の鉱山へと移動してきたのだ。

 予定時刻の出現に、ピエーロは準備万端といった様子で待ち受けていた。


「こちらが調査報告になります」


「あぁ、ご苦労」


 出された椅子に座ったジルベルトに、ピエーロは自分が調査してまとめた書類を渡す。

 受け取ったジルベルトは、その書類に目を通し始め、段々と表情が渋く変わっていった。


「フ~……、やはり採掘量を誤魔化していたか」


 書類を見終わったジルベルトは、思った通りの結果にため息を吐く。

 ピエーロの調査によって、セラフィーナにされている報告とは違う採掘量の結果が出ていた。

 しかも、採れているはずの鉱石が、何故かなかったことになっている。

 明らかにどこかへ流していることが分かる内容だ。


「あれが村長の家か?」


「はい」


「随分立派だな……」


 宿の外にはいくつかの建物と畑が広がっているのだが、村の中央には一際大きな建物が建っている。

 もしかしてとジルベルトが尋ねてみると、ピエーロは頷きを返す。

 やはり、その大きな建物がこの村の村長の家のようだ。

 かなりの大きさで、ヴィロッカの領主邸と大差ないように思える。



「何で鉱物が枯渇したというのに村長の家は裕福なんだ?」


 領主のセラフィーナが庭の手入れができない程に困窮しているというのに、どうして田舎の村長が裕福な生活をしているのだろうか。

 家の中の物も売ってしまっているため、殺風景な邸で昼夜を問わずに書類仕事をしているセラフィーナのことを考えると、ジルベルトはこの村の村長に段々と怒りが湧いてきた。


「この調査書だけでも村長を捕えることはできるが、こんな田舎の村長一人で出来る犯罪じゃない」


「何者かの介入があるということでしょうか?」


「あぁ」


 ピエーロの調査によってできたこの資料だけでも、恐らく村長を捕えることはできるだろう。

 しかし、これだけのことを村長1人でおこなっているとは思えない。

 ピエーロの言うように、何者かの介入がないとできない犯罪だ。


「ここなら隣の領のアレラード領が有力だが、北のアンゴ領や王都からもそこまで遠くない」


「そうなると、国内貴族なら誰でも王都経由で自領へ持って行けるということになりますね」


「容疑者は多いな……」


 獲れた鉱石を他の領へと流すのならば、この地に介入できる位置にある領が怪しくなる。

 しかし、この鉱山はローゲン領でも北東の位置に存在しており、北のアンゴ領や王都のあるマルエド領とも離れていない。

 どこの領主であろうとも、王都には別宅を持っているもの。

 一旦王都を経由して自領へと運び込もうとしたら、多くの貴族ができることになる。


「ここからは俺の仕事だな」


 さすがにピエーロの調査能力をもってしても、どこへ流れているのかまでは調べきれなかった。

 そのため、ここからはジルベルトのもう一つの顔であるコルヴォの出番となる。

 ここの村長と繋がりのある貴族を見つけ出すために、ジルベルトはいつもの仮面を取り出した。


「では、行って来る」


「お気をつけて」


 冒険者用の装備に着替えて仮面をつけたジルベルトは、ピエーロに一言告げて宿屋から姿を消す。

 コルヴォとなったジルベルトに、ピエーロはいなくなった後も少しの間頭を下げて見送ったのだった。






「……なるほど、村長邸の地下から違う場所へ移動させてたのか」


 コルヴォとなったジルベルトが村長邸を探っていると、村人数人が夜にもかかわらず邸の中に入っていった。

 探知魔術を使って彼らの動向を探っていると、鉱物を入れた倉庫内から地下へと運んで行く姿が探知できた。

 そして、そのまま探知を続けていると、村人たちは地下にある通路を利用して近くの小屋へと鉱物を運んでいるのが分かった。

 村長だけでなく、村人もグルだったようだ。

 採掘する炭鉱員は犯罪奴隷。

 自分たちが採掘した鉱物の行方など知っていても口に出せないため、これまでこの犯罪が広まることがなかったのだろう。


「っ!?」


“バッ!!”


 村長邸から少し離れた場所にある林の樹の上で探知をしていたコルヴォだったが、突如背後から何者かが迫る気配を感じた。

 危険を察知したコルヴォは、側の樹へと跳び退いた。


「……何者だ?」


 さっきまで自分がいた位置に、黒いローブを深く被って顔を隠した男が立っている。

 その男の左手には短刀を持っている所から、自分を背後から一突きにしようとしていたのだと分かる。

 突然の襲撃に、コルヴォは正直に返答されるとは思わないまま問いかけた。


「仮面の男……、貴様がコルヴォか……」


「……なるほど」


 やはりコルヴォの問いに返答はされず、男は小さく呟いた。

 その呟きを聞いただけで、コルヴォはなんとなくこの男のことを理解した。

 S級のコルヴォのことは、ローゲン領でも南の方の町や村にしかまだ広まっていないはず。

 それなのに、自分の特徴と名前を知っていたということは、自分が解決した案件に関係あるということだ。

 さらに、村長邸を見ていた人間へいきなりの奇襲ということは、今回も関係しているということになる。


「モレーノとマルチャーノだけでなく、ここの村長の背後にいる者は同じ貴族か……」


「…………」


 僅かなやり取りで、自分がモレーノとマルチャーノを始末した人間に関わりがあると知られてしまった。

 迂闊な発言をしてしまったと、男は黙り込んでしまう。

 その無言が、自分の考えが正解だと言っているとコルヴォは受け取った。


「村長と村人を捕まえて吐かせれば、すぐにボロが出るだろう」


「チッ! 貴様には死んでもらうしかないようだな……」


 主人の指示でこの村に来てみれば、もう犯人が村長と村人によるものだと調査が済んでいたようだ。

 S級の調査能力に脅威を覚えた暗殺者の男は、この場でコルヴォを始末することを決め、左手の短刀をコルヴォへと向けて構えた。


「……やる気か?」


「S級の実力がどんなものか見せてもらおう」


 S級の自分相手に平気で向かって来る気でいる暗殺者の男。

 どうやらそれ程自分の実力に自信があるようだ。

 不正奴隷売買に関しても何か知っているであろうこの男を、このままにしておく訳にはいかない。

 そのため、コルヴォは腰に差していた剣を抜いて男へと構えるたのだった。


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