第15話
「ハァ~……」
「……セラフィーナ様。いかがなさいましたか?」
いつものように執務室で書類仕事に精を出すセラフィーナが、仕事の手を一旦休めてため息を吐く。
今日何度目かになるため息に、執事のスチュアートは尋ねずにはいられなかった。
「何が?」
「ため息ばかり吐いておられますが……」
「えっ? そう?」
スチュアートの問いに、セラフィーナは何のことだか分からず首を傾げる。
問い返されたスチュアートは、ため息のことを指摘する。
どうやらため息を吐いている自覚がなかったらしく、セラフィーナは少し照れたように笑みを浮かべた。
「ここ最近頻繁にお見受けしますが、何か気にかかることでもございますか?」
「あると言えばあるけど、最近は色々あって少しは改善されたし……」
前当主の急死によって、突如成人したての少女が領主となった。
なりたての頃は、書類仕事も四苦八苦してため息を吐くことが多かった。
セラフィーナがため息を吐く理由を考えると、その時のことを思いだしたスチュアートはまず領地に関係することではないかと考えた。
しかし、その考えは違ったようだ。
ここ最近はシーハ村の魔物討伐や、不正奴隷売買の犯人捕縛といった問題事が立て続けに解決した。
それによって、僅かながらも町に活気が出て、領民の流出も一旦治まっている状況だ。
これを機に一気に赤字を解消したいところだが、セラフィーナの中には解決策が見つかっていないようだ。
「改善したのはコルヴォという冒険者によるものですね」
「えぇ……」
改善された理由をスチュアートも理解している。
突如ここヴィロッカの町に現れたS級冒険者のコルヴォ。
彼によって、シーハ村の魔物と不正奴隷売買の問題が解決されたことにより、セラフィーナの書類仕事が少し楽になったのだ。
「コルヴォ……」
コルヴォの名前が出た途端、セラフィーナの様子が変化する。
その変化はごくわずかで、生まれた時から側にいるスチュアートだからこそ分かるようなものだ。
「……どうなさいました?」
「えっ? 何でもないわ……」
「そうですか……」
変化が気になり、コルヴォについて何かあるのかと思って問いかけるが、首を左右に振って否定した。
しかし、その様子は何かを隠しているようなように見える。
「紅茶の替えをお持ちしますね」
「えぇ、お願い」
話を終えたかったのか、セラフィーナは書類仕事に戻った。
邪魔をする訳にもいかず、スチュアートは冷めてしまった紅茶の替えを持ってくることにし、執務室を一旦退室することにした。
『……お嬢様のあのお顔は、もしや……』
執務室を出てすぐ、スチュアートは先程のセラフィーナの変化に思考を巡らせる。
本人は否定していたが、何かあるのは明らか。
初めて見るようなセラフィーナの表情だったが、スチュワートはなんとなくその原因に思い至った。
「スチュアート殿」
「おぉ、ピエーロ殿」
スチュアートがセラフィーナの変化に思考を割いていたところ、横から声をかけれらた。
セラフィーナの婿であるジルベルトの従者として付いてきたピエーロだ。
「ギルマスのアルヴァ―ロ殿がいらっしゃいました」
「そうですか」
普段はジルベルトに関することでしか話しかけてくることがないので何事かと思って問いかけると、アルヴァ―ロの訪問を告げられた。
朝に訪問の報告を受けていたので、スチュアートは納得したように頷く。
「私は訪問をセラフィーナ様へと告げてきますので、アルヴァ―ロ殿を応接室へ案内してください」
「承りました」
一先ずセラフィーナの変化のことは置いていておいて、客人の相手をする尾が先だ。
ピエーロにアルヴァ―ロの案内を任せ、スチュアートはセラフィーナがいる執務室へと踵を返すことにした。
「何ですって!?」
「アラガート鉱山において、村長と村人の数人によって採掘量の虚偽報告、それと採掘鉱物の横流しをおこなっていたことが発覚しました」
応接室へと向かい簡単な挨拶をした後、セラフィーナはアルヴァ―ロから信じられないような報告を受けた。
驚くのも無理のない報告をしていると分かっているため、アルヴァ―ロも同じ報告をもう一度おこなった。
「領都から離れた田舎の地とはいっても、調査を頻繁におこなうべきでした」
「それは私の仕事よ。見抜けなかったのも私の失態だわ」
アルヴァ―ロから出された資料。
それにより、枯渇に近いと言われていたのとは全く違う採掘量の数値が記されていた。
しかも、いつの間にか村長宅が豪勢になっており、調査が来ても隠せるように地下施設まで作っているという周到さまでうかがえた。
冒険者が炭鉱に行くことなんて滅多にない。
それゆえに、おかしなことに気付かなかったことを、アルヴァ―ロは悔いるように呟く。
しかし、そう言った調査をおこなうのは領主の仕事。
調査員を送ることを怠って、村長の報告を疑わなかったのが失敗だった。
自分の失態に、セラフィーナは唇を噛んで悔しがった。
「こんなことをしていたなんて……」
アラガート鉱山の麓の村は、鉱山で働く炭鉱員のためにできた小さな村だ。
昔は少し賑わっていたが、採掘量が減るとそれに比例するように人が減っていった。
経費を削減するために犯罪奴隷を雇い、その指揮権を村長に任せたのだが、それによって採掘量を誤魔化すということができるようになってしまったようだ。
前領主である父が任命した村長であったため、信用していたのが失敗だったとセラフィーナは思い知ることになった。
「でも、これだけのこと村長だけではできないはず……」
「はい。不正奴隷売買の時と同様に、背後へ貴族がいないとできないことでしょう」
採掘量の誤魔化しはできるだろうが、それは売る相手がいないと意味がない。
背後に何者かいないとできないとセラフィーナが考えていると、アルヴァ―ロが正解を言うように答えた。
「背後の人間が調査員に対して送ったであろう暗殺者も捕縛しております」
「本当っ!?」
「えぇ」
不正奴隷売買の時のように、犯人を見つけても背後にいる人間にまで行き付けなければ、また何かしらの方法で闇に葬られてしまう可能性がある。
しかし、今回はその暗殺者までも捕まえたというのだから、背後にいる人間を突き詰めたも同じだ。
その報告を受け、セラフィーナは驚きで思わず立ち上がってしまった。
「捕まえた者の報告ですと、その暗殺者はモレーノとマルチャーノを殺した暗殺者のようです」
「っ!! どこかにうちの領を標的にした貴族がいるということね。許せない!」
捕縛前のやり取りで、コルヴォは不正奴隷売買をおこなっていたモレーノとマルチャーノを殺したのが今回捕まえた暗殺者だと考えた。
反応からいっても間違いではないだろう。
それはつまり、ローゲン領を標的にした貴族が、様々なことに関与しているということだ。
そのことが分かり、セラフィーナは怒りで強く拳を握った。
先祖代々の地を受け継ぎ、何とか次へと繋げようと思っていたのに、それがその貴族によって邪魔されていたのだから、腹を立てるのも仕方がない。
「捕まえた者たちを王都へ連れていき、背後にいる貴族を明らかにしましょう」
「はい!」
捕まえた犯人たちを調べ、その貴族のことを明るみにしないと、また手を出してくる可能性がある。
そのためには、調査員を派遣してもらうより、犯人たちを王都へ連れて行って、王家の直轄機関に聴取してもらうのが速い。
そう判断したセラフィーナは、冒険者ギルドの協力の下、犯人を王都へ連れていくことを決定した。
「ところで……今回犯人を捕縛したのは誰?」
「今回もコルヴォです」
「そう……」
こんなことができる人間は、セラフィーナの中では1人しか思い至らない。
そして確認の意味で問いかけると、アルヴァ―ロからは思った通りの名前が出た。
それを聞いて、セラフィーナは嬉しそうな笑みを浮かべたのだった。
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