第32話
ネルチーゾたちの処刑が済み、カスタール家の歴史は幕を閉じた。
その後、カスタール領は予定通り周辺貴族に分配され、ローゲン領はアラガート鉱山の採掘で資金を得られるようになり、赤字解消されるようになった。
そのため、セラフィーナの祖父や父の時のように、少しずつ発展できるようになっていった。
そして、数年の月日が経った。
「ジルー!! ジル―!!」
邸内を歩きながら、セラフィーナはジルベルトの名前を叫ぶ。
以前のことがあって、お互いを愛称で呼び合うようになっていた。
先程から邸内を回って名前を呼んでいるのだが、そのジルベルトがどこにもおらず、返事がない状態だ。
「どうなさいました? セラフィーナ様」
「あぁ、スチュアート」
主人の声に反応したのか、他の仕事をしていたスチュアートがセラフィーナの下へと向かってきた。
セラフィーナもその姿を発見し、足を止めた。
「ジルはどこ行ったか知らないかしら?」
「ジルベルト様ですか? 申し訳ありませんが、私は存じ上げません」
「そう……」
転移魔術が使えるため、ジルベルトはちょっと目を離すとすぐにいなくなってしまう。
セラフィーナだけでなく、スチュアートもいついなくなったのか分からない。
そのため、スチュアートは申し訳なさそうにセラフィーナに頭を下げた。
「ピエーロならば知っているでしょう。ピエーロ! ピエーロ!」
「はい。
スチュアートに呼ばれ、ピエーロが向かって来る。
呼び捨てで呼ばれ、ピエーロがスチュアートのことを
以前言ったことは冗談なのかと思っていたが、スチュアートは本気だったらしく、いつの間にか外堀を埋められていた。
本人の気持ちもあると思っていたが、ブルーナもまんざらでもなかったようで、話はとんとん拍子で進んでいった。
自分なんかを評価してくれるスチュアートとブルーナの気持ちを考えると、断ることなどできる訳もなく、結婚するに至ったという訳だ。
「ジルベルト様はどちらへ行かれたのだ?」
義理とは言え親子の関係になったが、役割としてはこれまでと変わっていない。
従者であると同時に調査員でもあるピエーロなら知っていると思い、スチュアートはジルベルトの居場所を尋ねた。
「魔の森に現れた魔物が冒険者たちが倒すには難しいということで、アルヴァ―ロ殿に助力を求められて退治しに向かわれました」
「……そう」
S級冒険者のコルヴォがジルベルトだということは、玉座の間で晒したことにより貴族の間では知られている。
しかし、今後も冒険者として動くうえで、変な遠慮などをされてはやりにくい。
そのため、王であるロマーノに頼んで、貴族間だけの秘密にするように頼んだ。
魔の森開拓には必要なことだと理解したロマーノは、ジルベルトのその願いを聞き入れ、貴族たちに通知を出してくれた。
そのお陰なのか、いまだに市民たちには知られていない。
そのジルベルトは、アルヴァ―ロにコルヴォとして呼ばれ、魔物退治に向かってしまったそうだ。
「も~……、何で勝手に行っちゃうのよ」
魔の森にはどんな魔物が潜んでいるのか分からない。
ジルベルトの実力を知っているとは言っても、セラフィーナは心配でしょうがない。
しかし、強いコルヴォに惚れた身としては、あまり強く文句を言えない。
せめて自分に一言告げてから行って欲しかったという思いを胸に、セラフィーナは諦めて執務室へと戻っていった。
「ハァ~……」
執務室に入ると、セラフィーナは深くため息を吐く。
というのも、執務室の机には書類が山積みになっているからだ。
「せっかく赤字経営から脱出したって言うのに、これじゃあんまり変わらないじゃない」
アラガート鉱山の採掘量は、昔のように戻った。
新しくその管理をさせている者は、王家がきちんと審査して派遣した男爵家の次男だ。
前回のこともあり、ジルベルトが転移魔術を使用して抜き打ちチェックしている。
真面目な青年なので、横流しなどをするとは思わないが、念のためというところだ。
採掘量が戻ったことで資金源ができた。
それによって赤字が解消されたのだが、書類の山の通りセラフィーナにはやることがまだ多い。
黒字になったことで、市民や冒険者たちが戻って来た。
元居た者だけでなく、新しく移ってきた者もいる。
その者たちのための住宅施設が必要となり、建設ラッシュが始まってしまった。
どこに誰が家を建てるのかなど、町の区画整理などの書類と建設許可の書類が大量にあるため、それをリスト化するのにジルベルトに手伝ってもらおうとセラフィーナは思っていた。
しかし、そのジルベルトがいないということで、セラフィーナは仕方なく1人で書類仕事をするしかなかった。
「ただいま……」
「…………」
コルヴォとして魔の森の魔物を倒しに向かったジルベルトは、夕方になって帰ってきた。
挨拶をしてリビングルームに入ると、セラフィーナがソファーに座って待っていた。
「んっ? どう……した? セラ……」
挨拶に返事がない。
それを見て、何となく不機嫌そうな様子に見えたジルベルトは、様子を窺うように問いかける。
「ただいまじゃないでしょ! また勝手にいなくなって!」
「悪かったよ。次はちゃんと言ってから出かけるよ」
戻ったジルベルトに、セラフィーナは昼間の鬱憤を晴らすように勢いよく文句を言い始める。
それを申し訳なさそうにジルベルトが謝る。
「またですね……」
「そうですね……」
2人の言い合いに、スチュアートとピエーロは少し離れた所で呟き合う。
最近の2人はこういった言い合いが頻繁に起きている。
それに慣れているのか、スチュアートたちも止めるようなことをしない。
どうして止めないかというと、
「アウ~……」
「「っ!!」」
言い合いが続きそうな雰囲気の所で、ブルーナが連れてやってきた。
その赤ん坊の声を聞いて、ジルベルトとセラフィーナは言い合いをピタリとやめる。
「うるさくしてごめんな。シルヴァーノ」
「パパとママは仲良しだよ。シルヴァーノ」
ブルーナから赤ん坊を受け取ったジルベルトは、目じりを下げて赤ん坊に話しかける。
同じような表情で、セラフィーナも赤ん坊へと話しかける。
セラフィーナが言ったように、この赤ん坊はジルベルトとセラフィーナの子供だ。
コルヴォがジルベルトとセラフィーナが知ったことで、2人は仮面夫婦から普通の夫婦になった。
それにより、セラフィーナはシルヴァーノを妊娠することになったのだ。
「お子様の前だとデレデレですね?」
「そうね」
先程まで言い合っていた2人だが、シルヴァーノが現れただけですぐに仲良くなりあやし始めた。
そんな2人の様子に、ピエーロは妻であるブルーナへ話しかける。
同じ思いのため、ブルーナはそれに同意の返事をした。
やはり主人たちの仲の良い姿を見るのは、平和だということの証明だからだ。
「仲睦まじいですね……」
領主になってから数年の間は、いつ潰れるかも分からない状態で必死に足掻いていたセラフィーナ。
それが今では、婿であるジルベルトと共に楽しそうに赤ん坊を愛でている。
先代が亡くなった時にはこのような日が来るとは思わなかったスチュアートは、リビングルームにかけてある先代、先々代の肖像画を見て小さく話しかけた。
天国にいるであろう彼らに話しかけるように……。
関心を持たれず閑却されたジルベルト。
しかし、いまとなっては色々言い合うような関係になり、仲良く子育てに励んでいる。
婿殿ジルベルトはその武を生かして魔の森開拓に活躍し、国にとっては無くてはならない存在になった。
しかし、そうなってからも妻で領主のセラフィーナと共に仲良く暮らし、老衰で亡くなるまで幸せに生きたのだった。
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