第8話
「えっ!? 不正奴隷売買の犯人が捕まった!?」
「はい。先程アルヴァーロ殿から報告を受けました」
執務室で、またしてもスチュアートから告げられた言葉に驚くセラフィーナ。
S級冒険者のコルヴォによって、一時的とはいえシーハ村の魔物の脅威は治まった。
しかも、魔物の素材を売った金額をそのままローゲン家へ提供してくれたことで、赤字も少し解消されることになった。
しかし、領内にはまだまだ解決すべき問題を抱えており、祖父や父の代の時のようなローゲン領には程遠い。
その問題の1つが不正奴隷の売買だ。
町の治安維持は領兵の仕事で、その領兵を雇うのは領主である自分の仕事だ。
しかし、領兵を新しく雇うだけの資金がないため、なかなか不正奴隷売買の犯人の尻尾が掴めないでいた。
せめて調査だけでもとギルドに依頼することにしたのだが、たいした額を払えないせいかなかなか捗っていないようだった。
それが、ギルドからまさかの犯人逮捕という報告なのだから驚くのも無理はない。
「それで? その犯人は今どこに? ギルドの地下牢?」
今後の対抗策を考えるために、犯人と犯行方法を知りたい。
書類や口頭で済ます案件ではないと思ったセラフィーナは、衣装を着替えることにした。
執務室から出るまでの間に、犯人のいる場所をスチュアートに問いかける。
「はい。牢に閉じ込めているとのことです」
「分かったわ! 犯人を見に行きましょう」
ギルドが捕まえたのだから、ギルドの地下牢に閉じ込めていると予想できたが、やはりそのようだ。
もしもの時を考え、なるべく動きやすい衣装へと着替えたセラフィーナは、ギルドへ向けて移動を開始しようとした。
「それが……」
「どうしたの?」
移動用の馬車へと乗るセラフィーナへ、スチュアートは口に物が挟まったかのように言い淀む。
その態度に訝し気に思いつつ、セラフィーナは続きの言葉を待ったのだった。
「足下にお気を付けください」
「ありがとう。大丈夫よ」
ギルド内部にある犯罪者用の地下牢。
そこへ向けて、セラフィーナはアルヴァ―ロの案内のもと階段を下っていった。
「…………まさか、あなたが犯人の一味だったなんて……」
牢の前に立って中にいる人間の顔を見て、セラフィーナはがっかりしたように俯きながら呟いた。
スチュアートから言い淀んでいた言葉を聞きだした時、信じられない気持ちで一杯だった。
自分も知っている人物だったからだ。
何かの間違いだと思いたかったが、牢に入っているのを見て信じざるをえなかった。
「神父マルチャーノ……」
「…………フッ! お久しぶりですな、セラフィーナ嬢」
奴隷売買に関わっていた犯人の一人。
それは、領都ヴィロッカの中でも有名な人物だった。
その人物の逮捕に、セラフィーナは悔しさが沸き上がってきた。
その怒りをどうにか抑えて問いかけると、マルチャーノはいつもと同じように人の良い笑顔で対応してきた。
「多くの孤児を救ってきたあなたが、どうしてその子供を奴隷なんかに!?」
この状態に至れば、マルチャーノのその笑顔が偽りだと分かる。
まるで馬鹿にしているかのような態度に、セラフィーナは耐えきれずに声を荒げた。
「はっ! 何を言っているんだ? これまでも
「……まさか、あなた……」
セラフィーナに問いただされ、マルチャーノは先程の笑顔から一気に表情が変わえる。
その忌々しいと言いたげの表情こそがマルチャーノの本性なのだと、今さらながらに分かる。
そして、その本性から放たれたずっとという言葉に、セラフィーナは引っかかりを覚える。
自分が領主になって3年。
ずっとという程の期間かといわれると微妙に感じる。
そして、セラフィーナがあることに思い至り、目を見開きつつ呟く。
「お前のジジイも親父も気付かなかったんだがな……」
思った通りだった。
最近になって不正奴隷売買の可能性が判明したから、自分の代になってからやっていたのかと思っていたが、マルチャーノは祖父が領主をしていた時からこの犯罪に手を染めていたのだ。
「そろそろ潮時だと思って欲をかいたのが失敗だった。まさかS級冒険者が関わってくるなんてな……」
「貴様!!」
最近は教会や孤児院に寄付する額が減っていたが、それでも運営に問題ない程度の額は提供している。
そんな自分よりも、祖父や父は孤児救済に力を入れていた。
かなりの額を提供されていたというのに、その祖父や父を騙していたにもかかわらず、マルチャーノは
全く悪びれる様子がない。
祖父と父の努力を無駄にするような行為に、一気に怒りが膨れ上がったセラフィーナは、思わず腰に差した剣の柄に手を伸ばしていた。
「全くだ! お前のせいで俺たちまでやられちまった」
「っ!!」
怒りのままにマルチャーノを殺してしまいそうになっていたところを、隣の牢に入れられている者の言葉によって、セラフィーナは剣を抜くのを思いとどまった。
そして、隣の牢の男に目を向ける。
「モレーノ、あなたが共犯者……」
「あぁ、S級なんて使いやがって、貧乏領主のくせに!!」
マルチャーノの共犯者は、商会会頭のモレーノだった。
ロタリア王国の南部でいくつもの店舗を経営するモレーノ商会。
その成長は右肩上がりで、国内全土にまで勢力を拡大するのではないかといわれていた商会だ。
どうやら成長の要因は、この奴隷売買によって得た資金によるものだったらしい。
彼も捕まったことに悪びれす様子がなく、セラフィーナに対して悪態をついた。
「……これ以上話すことはないわ! 2人とも処刑の日をここで待つと良いわ!!」
こんな犯罪をおこなうような犯人のため、2人とも反省の色はない。
犯行のことを本人から聞こうと思ったが、それも無理そうなことを悟ったセラフィーナは、吐き捨てるようにして2人の前から立ち去ったのだった。
「孤児院を管理しているマルチャーノが、里親が決まったと言ってモレーノの雇った人間に子供を渡す。そして、そのまま子供を奴隷として他国へ売り渡すといったやり口らしいです」
地下牢からギルマスの部屋へと案内され、セラフィーナはアルヴァ―ロから2人の犯行方法を聞いた。
昨日の捕縛により、2人以外に犯行に関わった人間は抵抗したために始末された。
その数はかなりのもので、他領にあるモレーノ商会の人間は、その領の領兵によって今日のうちに捕縛されることだろう。
「……これをコルヴォが調べたの?」
「はい。依頼して数日中の解決です」
「犯罪捜査も超一級なのね」
犯人たちも言っていたが、今回も解決したのはS級冒険者のコルヴォだった。
容疑者はかなりいたのに、どうやって当たりを付けたのか分からない。
しかし、理由はどうあれ、犯人逮捕できたことは助かった。
どうやら強さだけでないようだ。
「彼は何か言っていた?」
「私も気になっていたので、何故この町に来たのかを聞いたのですが……」
「……何?」
来てそんなに経っていないというのに、コルヴォは領のために動いてくれて助かっている。
変に追及してこの町から去られては困るのは自分たちのため、あまり追及する気はないが、気になることは気になる。
一番接触するアルヴァ―ロに聞くのが一番だ。
しかし、そのアルヴァ―ロが言いにくそうにしているため、セラフィーナは首を傾げた。
「冗談だと思うのですが……、セラフィーナ様の顔が好みだと……」
「なっ!! わ、私は既婚者だ!!」
仮面を被っているので表情は分からないが、冗談めかして話したことをアルヴァ―ロはそのままセラフィーナへと告げた。
まさかの理由に、セラフィーナは冗談だと分かっていても慌てるような反応をしてしまったのだった。
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