第9話
「っ!?」
冒険者ギルドの地下牢へと続く階段の前の扉。
犯罪者の脱獄を防ぐための警備として、冒険者たち4人が夜間の見張りをおこなっていた。
この世界には、空気中に魔素と呼ばれる物質が存在していると言われ、それが生物の体内で魔力と呼ばれる物に変化する。
その魔力を使うことによって、魔術と呼ばれる特殊な力が使えるようになる。
魔術の中には、魔力を自分の周囲に広げることによりその範囲内に入ったものを判別できるものがある。
それを探知魔術といい、彼らもそれを使って警戒をしていたところ、その範囲内に1人の人間の進入を探知した。
「何者だ!? 止まれ!!」
「…………」
背丈や体つきを見る限り男のようだが、黒づくめの衣装を身に纏っていて顔が見えにくい。
ギルマスの部屋や、受付などから離れている場所へ置かれている離れのような場所に、冒険者が紛れ込むことなどできない。
しかも、今の時間帯は深夜。
あからさまに、この地下牢に用があってきたと言うことに違いない。
念のために警備の1人が言葉での制止を試みるが、近付いてくる男は反応を示さない。
「このっ!」
“フッ!!”
言葉による制止は不可能と、冒険者の1人が武器を手に取り押さえようと攻めかかる。
威嚇を込めた槍による突き。
侵入者の男はそれを難なく躱し、冒険者の懐へと入り込んだ。
「うぐっ!!」
懐に入って鳩尾への一撃。
侵入者の拳がキレイに入り、冒険者の男は意識を失ってその場へ倒れ込んだ。
「「「っ!?」」」
仲間があっという間に倒され、他の冒険者の男たちは更に警戒心を強めて武器を構える。
「がっ!!」「ぐっ!!」
一斉にかかってくる前に、今度は侵入者の男が先に動く。
左右にいる冒険者の顎へ的確に拳を打ち込み、2人までもあっという間に気を失わせた。
「おのれっ!!」
警備をしていた冒険者4人のうち、1番巨体の男が緩やかな湾曲の片刃で幅が広く切先が鋭い大きな剣で襲い掛かる。
重量がありそうな剣だが、その巨体の冒険者が使うと普通の剣と同じように振り回される。
「ウッ!!」
侵入者の男は、まずその大きな剣を持つ冒険者の手首に一撃を入れ、剣を落とさせる。
そして、すぐさま背後へ移動したと思ったら、チョークスリーパーで一気に意識を断ち切る。
抵抗する間もなく白目をむいた巨体の男は、そのまま床へ崩れ落ちた。
「誰だ!?」
小さな足音によって、地下牢に閉じ込められていたモレーノとマルチャーノが横になっていた体を起こす。
そして、こんな夜中に何の用があるのかと、階段から下りてきた人間に対してモレーノは声をかけた。
「…………」
「おぉ!」「あんたは……」
警備の冒険者たちを倒して下りてきた無言の男を見て、2人は喜悦の表情で声をあげる。
どうやら彼らの知っている人物のようだ。
「助けに来てくれたのか!?」「早く出してくれ!!」
「…………」
S級のコルヴォをもってしても、自分たちの背後にまだ黒幕が潜んでいるということは分からなかったらしい。
その黒幕の影ともいえる部下の出現に、2人は自分たちを救助しに来てくれたのだと判断した。
しかし、声をかけられても男は反応しない。
「……何だ?」「……どうした?」
何も言わない男に、モレーノたちも違和感を感じる。
返ってくる言葉を待っていると、男は腰に差した短刀に手を伸ばした。
「……主はお前らを始末せよとの仰せだ!」
「……そ、そん…な……」
「な、何故……」
男から、主によって切り捨てられたことを聞いて、モレーノとマルチャーノは信じられないような表情へと変わる。
そして反論の言葉を口にする間もなく、2人は意識を失ったのだった。
◆◆◆◆◆
「2人が殺されたそうだが?」
「あぁ……、申し訳ない」
不正奴隷売買の犯人として捕縛されていたモレーノとマルチャーノ。
それが牢内で殺されたことを聞いて、コルヴォがギルドへ顔を出した。
いつも通りにギルマスの部屋に案内されたコルヴォは、すぐさまこの話へと入った。
せっかく捕まえてもらったというのに、全てを調査し終わる前に地下牢へ侵入された上に殺されてしまったため、アルヴァ―ロは申し訳なさそうにコルヴォへ頭を下げた。
「警備の連中は、B級とは言えAになれる実力があると思っていたんだが、どうやら侵入者にとっては何の障害にもならなかったようだ」
ローゲン領の悪化と共に、冒険者たちの多くが他領へと移ってしまった。
そのため、現在ローゲン領に残っている中で高位ランクである【熊の爪】というパーティー名の全員がB級の冒険者たちがこの依頼を受けることになった。
リーダーのビアージョが、熊のような体躯をしていることから付いたパーティー名だ。
彼らならよほどの相手でもない限り侵入を許すとは思わなかったのだが、見積もりが甘かったようだ。
「彼らを子ども扱いしたように気を失わせるなんて、そんなことができるとなると……」
A級になれるかもしれない者たちをあっさりと倒すような実力の持ち主となると、コルヴォ同様S級並の相手だったのかもしれない。
そう思うと、【熊の爪】の者たちが殺されなかったのは、せめてもの救いといっていいかもしれない。
「……どうやら俺の調査が不足していたようだ。奴らの背後には何者かが隠れていたようだ」
「何者か……貴族か?」
「あぁ……」
不正奴隷売買の解決に集中したため、まさかその背後に何者かが隠れているとは思いもよらなかった。
自分の調査が不足していたことを、コルヴォは反省したように呟く。
たしかに、あの2人が奴隷売買をおこなっていたのあろうが、他国へ流すルートはどうやって見つけたのだろうか。
考えられるのは、貴族の人間のかかわりだ。
そうなると、捕まった2人から情報が漏れるのを気にした貴族が、始末しに暗殺者を寄越したというのが有力な説だろう。
「証拠はある。取り敢えずこれでの不正奴隷の売買は抑えることはできた。だから探るのはやめておけ。いくらお前でも深追いは危険だ」
背後の人間のことは分からないが、モレーノとマルチャーノが犯人なのは間違いない。
それさえ分かれば、ひとまず一段落だ。
貴族が相手となると、どんな手駒を用意しているか分からない。
それこそ、コルヴォと同ランクの冒険者がいるかもしれない。
せっかくこの地へ来てくれたS級だ。
出来れば手放したくないという思いから、アルヴァ―ロはコルヴォへ深追いすることを止めた。
「あぁ、深追いはするつもりはないが、次姿を現すようなら確実に仕留めてやる」
「そ、そうか……」
制止の言葉を聞いてくれたのは良かったが、その後コルヴォが出した殺気に、アルヴァ―ロは寒気を覚える。
自分に向けられたものではないとは言っても、生きた心地がしない。
「一応、依頼達成の報酬だ」
「それは、またローゲン家へ送ってくれ」
「……分かった」
後味が悪い形になったが、今回の不正奴隷売買に関してはひとまず解決といった形になる。
そのため、報酬を渡そうとしたアルヴァ―ロに、コルヴォは受け取りを拒否した。
裏の人間まで調査できなかったことへの負い目からかもしれない。
ローゲン家へ渡すように言われたため、アルヴァ―ロは素直に頷いた。
「では、また依頼を受けに来る」
「あぁ……、そうだ」
話を聞き終えたコルヴォは、用が済んだと言わんばかりに立ち上がる。
それに返事をしたアルヴァーロだが、あることを思い出してコルヴォを呼び止めた。
「お前の冗談で、セラフィーナ様は顔を赤くして怒っていらしたぞ。既婚者をからかうなよ……」
「フッ! 大丈夫だ。俺も既婚者だ」
「何っ!?」
冗談だと分かっているが、貴族相手にするにはよろしくない。
もしも誘惑していると捉えられれば、不敬ととられかねないからだ。
忠告のつもりで言ったアルヴァーロの言葉に一言反論し、コルヴォは部屋から出ていった。
まるでプライベートのことは知らなかったため、アルヴァーロはその返答に驚いたのだった。
「ただいまっと……」
ギルドを出たコルヴォはそのまま自宅へと帰還する。
そして、着替えを終えたところで使用人から声をかけられた。
「おかえりなさいませ。
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