第10話
「申し訳ありませんでした」
「お前が気にする事じゃない」
ソファーに座ってくつろぐジルベルトに、ピエーロは謝罪の言葉と共に深く頭を下げる。
それに対し、ジルベルトは何てことないように返答する。
「俺もまさか背後に何者かがいるとは思わなかった」
不正奴隷売買の犯人であるモレーノとマルチャーノの2人が何者かに殺され、犯行の全貌が解明されることはなくなったが、とりあえず解決したと言っていい。
殺されてしまったのは悔やまれるが、2人の背後に権力を持つ者が隠れているのは分かった。
奴隷売買に関することだけなのか分からないが、他にもこの領に関わってくるようなら排除するつもりだ。
2人の背後まで探れなかったからといって、ピエーロが謝ることではない。
「私にもっと武力があれば……」
「おいおい、無理はやめろよ。俺はお前の諜報活動には感謝している。深追いしてお前にもしものことがあったら俺は思い通りに動けない」
「ありがたきお言葉です」
ジルベルトにとって、ピエーロはただの使用人というだけではない。
彼の諜報活動によって、ジルベルトはモレーノとマルチャーノの犯行現場を抑えることができたのだ。
カスタール家にいた時は魔の森の魔物に関する情報しか頼んでいなかったが、この領地の場合他にも色々な調査をしてもらうしかない。
ピエーロは、ある程度の戦闘力はあるが、S級のコルヴォに比べればたいした実力ではないため、危険な領域まで探りを入れることはできない。
今回もそのせいで調査しきれなかったのかもしれないが、ピエーロがいなければ全て自分だけで調べなければならないとなる。
そんな気が遠くなるようなことにならないのは、ピエーロがいるからだ。
今回のことを失敗と捉えて、無茶をするのはやめて欲しい。
自分の命の恩人であるジルベルトに頼りにされていると言われ、ピエーロは若干嬉しそうに頭を下げたのだった。
「次はどういたしましょう?」
「次はここだ」
不正奴隷売買の件は片付いた。
しかし、ローゲン領はまだ多くの問題を抱えている。
S級冒険者コルヴォとして、ジルベルトは密かに行動しているのだ。
好きにしろと言われているのだから、別に文句を言われる筋合いはないだろう。
そもそも、興味のないセラフィーナからしたら、このまま放置してくれていた方が、余計な気を遣わず動きやすいというものだ。
そして、次の解決すべき問題として、ジルベルトはソファーから立ち上がり、壁に貼られた地図を指差した。
「アラガート山脈……鉱山ですか?」
「あぁ」
アラガート山脈とは、隣のアレラード領との間にそびえ立っていて、鉱物が取れることで有名な山脈だ。
そのことから、ピエーロはジルベルトの狙いがその鉱山だとすぐに察することができた。
「シーハ村の魔物の販売価格とモレーノ商会の財産没収でだいぶ解消できただろうが、この領地はまだまだ赤字が残っている」
ローゲン家は、あと数年で潰れると言われているような家だ。
それを立て直すには、かなりの資金が必要になる。
コルヴォのお陰で多少は解消されただろうが、先は長い。
「その赤字を解消にするには、ここをどうにかするのが手っ取り早い」
魔の森の魔物を倒して資金を得るという手もあるが、実力がある冒険者が他領へ移ってしまったためあまり期待ができない。
ならば、この鉱山に期待するしかない。
「しかし……、ここの鉱山は枯渇したという話ですが?」
「分かっている」
たしかにジルベルトが言うように、この鉱山の鉱物が多く取れればかなり赤字が解消できる。
しかし、この鉱山は、鉱物が取れなくなり廃坑間近という話だ。
そこを調べたところで、変わりはないはず。
そうピエールが不思議がるのも仕方がない。
だが、ジルベルトは分かった上で頷きを返した。
「本当に枯渇なのか?」
「……何か疑わしい箇所がおありなのですね?」
たしかに町中の住人の噂では、アラガート山脈の鉱山は枯渇したと広まっている。
そのため、ピエーロは何も思うことはなかったが、ジルベルトは違うようだ。
鉱山の状況を調べるだけの、疑わしいことがあるのかもしれない。
「おかしいんだ。鉱山が枯渇したと言われるようになったのは、セラフィーナが領主になってからだ。代替わりと共に、これまで順調だった鉱物の採掘量が落ちるなんてありえるか?」
「……たまたまということもあり得るのでは?」
「確かにな」
深く調べたわけではないが、アラガートの鉱山が枯渇したと言われるようになったのは、ジルベルトの言うようにセラフィーナが領主になってからだ。
父の死と共に採掘量が減るなんて、タイミング的に運が悪いと言わざるを得ない。
しかし、ジルベルトはそうは思っていない。
鉱物はいつか尽きる可能性はあるが、そのタイミングがあまりにも合い過ぎている。
「だが今回のことで、ある可能性に思い至った」
「……まさか?」
「あぁ……、何者かが横流ししているのかもしれない」
領主を継いだのが、成人したての少女。
度重なる魔物の襲撃で町が1つ消えてしまい、治安の悪化が進んだ。
そんな状況で、鉱山の採掘量の減少。
もしかしたらモレーノとマルチャーノのように、背後で何者かが動いているのではないかとジルベルトは思うようになった。
その考えを聞いて、ピエーロも鉱山の件を疑う気持ちになってきた。
「調査を頼めるか?」
「畏まりました。徹底的に調べてまいります」
「気を付けろよ。あの2人を殺ったような人間が出てくるかもしれないからな」
「はい」
採掘されている鉱物が、何者かによって横流しされている。
もしもそうだとしたら、犯人を見つけ出して捕まえる。
しかし、今回モレーノとマルチャーノの時のように、強力な暗殺者が手配されていたら、警備についていたB級冒険者と大差ない実力のピエーロでは難しい。
そのため、やや意気込んでいるようなピエーロに、ジルベルトは注意を促した。
「そう言えば……」
「んっ? 何だ?」
鉱山調査へと向かうことが決定したピエーロは、準備を始めるため1度部屋から退室しようとする。
その時、あることを思いだしたような反応をしたため、気になったジルベルトは何事かと首を傾げた。
「どうやら、最近のセラフィーナ様はコルヴォのことが気なっているようです」
「……ハハッ、そうか!」
何の話かと思ったら、妻のセラフィーナの異変だった。
少し前から、セラフィーナの様子が変化した。
ジルベルトへの対応はこれまで通りでだが、執務室でボ~っとしている時があるとのことだ。
元々ローゲン家は武の家系。
S級冒険者という強い者に憧れる気持ちが、冗談とは言え誘惑するような言葉に気持ちが揺らいでいるようだ。
コルヴォがジルベルトだと分からないのだから仕方がないが、その話を聞いたジルベルトは思わず笑ってしまった。
「構わんさ、コルヴォに入れあげるなら願ったりだ」
これまで恋愛関係に無関係だったために防御が弱いのだろう。
他の男に入れ上げた場合、ジルベルトとしては気分が悪いが、コルヴォは自分なので全然構わない。
「……しかし、正体がバレた時が怖いかもな……」
少し笑った後、ジルベルトは段々とその笑いが治まっていく。
コルヴォが自分だと知った時のセラフィーナはどんな反応をするのだろうか。
騙された怒りで斬り殺されるんじゃないか。
武の家系であるセラフィーナならあり得ない話ではない。
そのため、ジルベルトは、出来る限りセラフィーナにバレないように正体を隠そう心の中で誓ったのだった。
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