閑却の婿殿
ポリ外丸
第1話
「喜べジルベルト。お前の婚約が決まったぞ」
もうすぐ18歳になる誕生日目前、呼ばれて向かった執務室で、ジルベルトは父から突如こう言われた。
正に青天の霹靂と言った感じだ。
「……婚約? 私……がですか?」
「あぁ」
ジルベルトは自分の耳が正常なのか疑いたくなる。
当然ちゃんと聞こえていたが、一応確認のために父へと問いかけるが、聞き間違いなとではなく、やはり自分の婚約のようだ。
「……分かりました。お相手は?」
カスタール家の三男である自分は、爵位を継げない。
だから、そのうちこの家を出ていかなければならないとは思っていたが、婿に迎えてくれるようなところがあるというのが驚きだ。
その家がどこなのか気になったジルベルトは、相手のことを問いかけた。
「相手はローゲン家だ」
「……そこは
「その通りだ……」
相手の家がローゲン家ということに腑に落ちない。
何故なら、カスタール家とローゲン家は、昔からあることで競い合っていた仲だからだ。
東のカスタール家、中央のアレラード家、西のローゲン家の3伯爵家は、南に魔の森と呼ばれる場所に面している。
その3家が属するロタリア王国。
領土においては周辺国よりも大きい国土のロタリア王国だが、魔の森が3分の1を占めている。
空気中に存在する魔素と呼ばれる物。
その魔素によって、魔物と呼ばれる危険生物が出現する。
その魔物が大量に蔓延るのが魔の森である。
ロタリア王国が他国以上の国へと伸しあがるには、魔の森の開拓が命題となっている。
その魔の森開拓をおこなっているのが3家であり、開拓すればするほど王家への信頼厚く厚遇されることもあって、3家は開拓競争をおこなっている。
「あの家は我が家と同じく昔からこの国に仕えてきた名家だが、この何代かで不幸が続き、今では降爵どころか家の存続すら危ういらしい。それを何とか解消するために、王家は当主を継いだ先代の娘へ婿を求めているそうだが、そんな滅亡寸前の家に婿に行かせたがる家など無く困惑していたそうだ。ならばと、家からお前を出すことにしたのだ」
「……そんなところへ行ったら私まで共倒れではないですか?」
そのうち家を出ていくことになると思っていたので、他家のことなんてたいして興味がなかった。
そのため、ローゲン家がそんなことになっているなんて知らなかった。
仲の良い相手ではないとは言っても、王家へのために家が動くことにしたらしい。
たしかローゲン家の令嬢は同じ年。
相手としては自分が適任というのは分かるが、滅びる可能性が高いところへ送られる自分はたまったものではない。
分かり切った結果になると、ジルベルトは意見を述べた。
「……そんなことは知らん」
「……えっ?」
そんな赤字領地に行けば、潰れるのを阻止できる保証がない。
場合によっては共倒れだ。
政略結婚にしても、少し王家への心象がよくなるだけで、カスタール家には何のメリットもないではない気がする。
その事を告げるが、父のネルチーゾは聞く耳を持たず、突き放すように冷たくあしらった。
あまりの反応に、ジルベルトは呆けてしまった。
「お前はこれまでこの家に何をもたらした!? 毎日ダラダラとグータラに過ごすお前に、私の堪忍袋も限界だ!! 成人してもお前を追い出さないで残していたのは、ティーナに止められていたからだ!!」
「父上……」
捲し立てるように声をあげるネルチーゾ。
この国では15歳で成人とされるが、ジルベルトはもうすぐ18歳。
普通貴族の3男なら、どこかの貴族の騎士や文官として就職するか、自力で名を上げるために冒険者になって魔物を狩るかだ。
しかし、ジルベルトはこの3年間家に居座るだけで何もして来なかった。
それを快く思わなかった父や兄たちは、さっさと家から追い出そうとしていたが、母のティーナだけが庇ってくれていた。
しかし、その母も少し前に亡くし、庇う者がいなくなったために父は今回の話を受けたようだ。
「しかし……」
「もう決まったことでこれ以上話すことはない! すぐにでも準備を始めろ!
「…………分かりました」
無能の3男。
兄たちと違い、何も父の仕事を手伝わないでいるジルベルトは、領民たち密かにそう言われていた。
そう言われても仕方がないとは思っていたが、まさか父から言われるとは思わなかった。
これ以上の話し合いは無理だと判断したジルベルトは、肩を落として執務室から退室していった。
「おかえりなさいませ」
「……ピエーロ、俺が婚約だとさ……」
「おぉ! それはおめでとうございます!」
執務室から自室へ戻ると、部屋には一人の男性使用人が待ち受けていた。
ジルベルト専属の使用人で、名前をピエーロという。
そのピエーロに、先程父から婿行きを申し渡されたことを告げると、嬉しそうな声をあげて頭を下げてきた。
「めでたくなんかない。父上はろくでなしで邪魔な俺をローゲン家という潰れる寸前の赤字領地に追放したんだぞ」
「なっ! そんな……」
ジルベルトの言葉に、ピエーロは目を見開く。
ピエーロもローゲン家のことは知っている。
そんな所に婿として送り込むなんて、さすがにひどい仕打ちだ。
「まぁ、元々期待していなかった結婚ができるのだから、父の言う通りにしよう」
無能の3男と呼ばれているため、ジルベルトは結婚相手が見つかるなんて思っていなかった。
勝手に断れば、両家の顔を潰すことになり、この国では生きていけなくなるだろう。
他国に逃げ出す前に捕まれば即処刑だ。
完全な追放でしかないが、受け入れるしかない。
「……ジルベルト様。私も連れて行って頂けますか?」
「……共倒れするかもしれないぞ?」
ピエーロのまさかの発言に、ジルベルトは少し固まる。
婿に行く準備をしろと言われたが、持っていっていいものは何も言われていない。
専属使用人であるピエーロを連れて行っても別に構わないだろう。
しかし、連れて行っても潰れる可能性の高い領地。
どれだけもつか分からない所へ一緒に連れて行くのがためらわれ、ジルベルトは覚悟を試すように問いかけた。
「構いません。私はジルベルト様に命を救われた身ですから……」
ピエーロは、元々は孤児だった。
幼少期、町の片隅で餓死する寸前の所をジルベルトと遭遇した。
3男とは言え伯爵令息であるジルベルトが、孤児の自分を邸に雇い入れ、住む場所と食事を与えてくれた。
他の使用人に厳しく指導されたが、死を目前にした時に比べれば我慢できた。
今では、ジルベルトの専属使用人として問題なくこなしているが、助けられたことを忘れたことはない。
あの時の恩を返すため、自分は死ぬまでジルベルトに付いて行くと決めている。
そのため、ピエーロはどんな場所であろうと、構うことなく受け入れた。
「そんな昔のこと忘れていいのだが、お前がいると俺も助かるからな」
ピエーロを助けたのはたしかだが、もう十数年も前の話だ。
もう一端の使用人になれたのだから、自分の側にいなくても充分やっていけるはずだ。
何なら、もっと条件のいいところへ就職するのもいいかもしれない。
しかし、ピエーロが付いてきてくれるのはジルベルトとしても助かる。
「良し! 付いてきてくれ!」
「はい!」
婿に行ってどうなるかは分からないが、ジルベルトはピエーロを連れていくことに決めた。
ジルベルトに望まれたピエーロは、笑顔でその命を受け入れた。
そして数日後、ジルベルトは婿に行く日を迎えたのだった。
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