第2話
「ここがローゲン家か……」
ジルベルトの婚約は滞りなく進み、あれよあれよという間に婿入りの日を迎えてしまった。
赤字のローゲン家の現状に加え、カスタール家も厄介者を追い出しただけのため、パーティーなどもない始末だ。
書類のみのやり取りでの婿入りのため、何の実感もわかないというのがジルベルトの感想だ。
カスタール家の中で一番古い馬車で、揺られること数日。
振動で何度も打ちつけた尻が痛むのを我慢して、ようやくローゲン領へと入ることができた。
そしてたどり着いたローゲン家の邸を見上げ、ジルベルトは無感動に呟いた。
『予想以上だな……』
伯爵位の領主邸ということもありかなり大きい。
実家のカスタール家と同じ位だろう。
しかし、大きさは同じでも他が違った。
邸内の庭の至る所に雑草が生えていて、樹々は手入れされておらず伸び放題、せっかくの庭なのに花が一輪も咲いていない。
どこも手入れがされていないと一目でわかる。
つまり、手入れをする使用人を雇うだけの資金がなく、財政的に困窮していることを如実に物語っている。
「ようこそジルベルト様。私、ローゲン家に仕える執事のスチュワートと申します」
「あぁ、よろしく」
玄関前に着くと、使用人たちが待ち受けていた。
しかし、数が少ない。
使用人たちの1人、老齢の男が腰を折って挨拶をして来た。
それに対し、ジルベルトは片手を上げて返答する。
「セラフィーナ様がお待ちです。どうぞこちらへ」
「あぁ」
書類で済ませた結婚だとしても、相手の名前くらいは分かっている。
相手の名前はセラフィーナ。
両親の後を継ぎ、領主としてこの領地を継いだ女性だ。
この国の場合、家を継ぐのに男女は関係ない。
先代の王も女王だ。
『どんな女性だろう……』
気になるのは、自分の妻になる人間がどんな女性なのかということだ。
自分は見た目で判断しない人間のつもりだが、全くタイプではないとしたら先が思いやられる。
せめて健康的な体型の女性であることを願うばかりだ。
「セラフィーナ様、ジルベルト様のお越しにございます」
『……えっ? 何でこんな娘が結婚相手に困ってんの?』
スチュアートに付いて行くと、女性が椅子に腰かけていた。
スタイルも良く、美人とも可愛らしいともとれる器量良し。
そんな女性が謁見室で待ち受けていた。
女性を見て、ジルベルトは思わず息を飲む。
自分と同じ年齢だという話なので、彼女も18歳。
成人して3年。
たしかに貴族なら結婚していてもおかしくない年齢だが、そこまで焦るような年齢でもないように思える。
赤字の領地といっても、彼女との結婚を求める男性がいそうなものだ。
「初めまして、私は……」
「挨拶は結構よ!」
「えっ?」
何にしても、これほどの女性と結婚できると思っていなかった。
嬉しくなり笑みを浮かべそうになるのを隠し、ジルベルトは初対面の挨拶をしようとした。
しかし、挨拶はセラフィーナによって途中で遮られた。
「カスタール家の無能の3男……でしょ?」
「…………確かにそういわれているみたいだね」
どうやらセラフィーナは、自分がカスタールの領地でどういわれているのか調べていたみたいだ。
相手がどんな人間なのか気になっているのは、セラフィーナも同じということだろうか。
それにしても初対面で痛いところを突かれた。
道理で自分を見ている目が冷めていると思ったが、それが理由のようだ。
「名門といわれたローゲン家がそんな人間しか婿にとれないなんて……」
結婚相手を探し、ようやく現れたと思ったら外れクジだった。
両親が生きていた時は、多くの貴族が婿にと名乗りを上げていたが、今ではこんな相手しかいなくなり、あまりの悔しさにセラフィーナは唇をかみしめながら呟いた。
「何でも赤字だそうで……」
「そうよ! それが何っ!?」
婿候補がいなくなったのは、この家が右肩下がりの状況だからだ。
そのことは分かっているが、さすがに無能と呼ばれる人間と夫婦にならなければならないのは酷すぎる。
ジルベルトとしてはただの質問でしかなかったのだが、領地が赤字なのだから自分のような人間を宛がわれても仕方がないだろうと言っているように聞こえ、セラフィーナは強い口調で返答してきた。
「これから良くするために、私に何か手伝うようなことが……」
「結構よ! あなたは離れでおとなしくしていればいいわ!」
婿としてきたのだから、せめて何か手伝おうと思って問いかけようと思ったのだが、セラフィーナは聞く耳を持たないように言葉を遮った。
どうやらセラフィーナには、何もできない人間として判断されているようだ。
何かすれば邪魔になるだけ、ならば何もしないでもらう。
セラフィーナは自分を離れに閉じ込めておくつもりのようだ。
「それと……私は私の認めた人間の子供しか産みたくない! だから夜の相手しないわ!」
「いや、でも……」
せめて種馬として子を成すために利用できるかと思ったが、無能と呼ばれた人間の子を産みたいとは思わない。
もしも子供までも無能だったら、ローゲン家の名に更に泥を塗ることになりかねない。
相手が選べなかったとは言っても、その相手の子を産むかどうかくらいは選ばせてもらう。
セラフィーナは、ジルベルトの相手に子作りをすることを拒絶した。
ジルベルトとしては、結婚は家の存続のためでもある訳でもあるので、子を成そうとしなくてはこのローゲン家が潰れると言おうとした。
「それで潰れるなら仕方ないわ! 以上よ!」
「えっ? ちょっ……」
セラフィーナは、ジルベルトに言いたいことを言うためにここで待っていたようだ。
言いたいことを言い終えたためか、もっと話し合おうとするジルベルトを無視したセラフィーナは謁見室から出て行ってしまった。
「なかなかの方のようですね。奥方様は……」
「全くだ。これじゃあ実家にいた頃と変わんないな……」
セラフィーナがいなくなってすぐ、ジルベルトは執事のスチュアートによって用意されている部屋へと案内された。
母屋には廊下が通じているが、セラフィーナが言っていたように離れのようだ。
部屋からスチュアートがいなくなると、ジルベルトは一応という感じでおかれたソファーへと腰かける。
安物らしく、座り心地が良くない。
ここまで来るまでの馬車で尻を打ちつけて痛いというのに、この硬いソファーは最悪といっていいだろう。
眉間にしわを寄せてイラついているジルベルトに対し、使用人として付いてきたピエーロが話しかける。
完全な拒絶に、離れへの隔離。
さすがに外聞が悪いからか、すぐさま離婚ということはしないようだが、他に相手でも見つかるまでの繋ぎでしかないのだろう。
政略結婚をしたが、まさか初日から仮面夫婦になるとは思ってもいなかった。
これでは実家にいた時と同様に、完全放置されている状態だ。
「まあ、好きにしていいっていってるし、そうさせてもらうか……」
「……左様ですね」
場所が変わっただけで実家と同じなら、別に他の者のことを気にする必要もないだろう。
これまで通り、ジルベルトは何もしない無能として生きることにした。
早速、ジルベルトは実家から持って来た持ち物の中から本を取り出すと、ソファーで寛ぐようにして読み始めた。
「紅茶をご用意いたします」
「あぁ、頼む」
初めてきた場所だというのに、もう気にならなくなったようだ。
そんな主人の姿に笑みを浮かべ、ピエーロは持参した紅茶セットを用意し始める。
それに一度目を向けると、ジルベルトはまた本へと意識を集中していったのだった。
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