第3話

「おはようございます。ジルベルト様」


「あぁ、おはよう。スチュアート」


 婿に来た翌日、堅いベッドで目を覚まして朝の支度をしたジルベルトは、母屋の食堂へと足を進める。

 さすがに食事まで離れで食えとは言われず、内心ホッとしている。

 食堂へ入ると、この家の執事であるスチュアートが皿を片付けていた。

 ジルベルトの顔を見て、スチュアートが朝の挨拶をしてくる。

 それにジルベルトも返答する。


「セラフィーナはどうしたんだい?」


 ここで食事をするのは自分とセラフィーナだけだ。

 つまり、スチュアートが片付けているのは、セラフィーナが使用した皿だということだろう。

 遅く起きた訳ではないのに、どうやら先に食べてしまったらしい。

 一緒に食事をするのも嫌だということだろうか。


「いつも通り朝食を早々に済ませ、書類の整理を始めました」


「そうか……」


 どうやら朝食を早く取るのは、セラフィーナにとってはいつものことだったようだ。

 それだけ、この領地の問題事が山積みだということだろう。


「食事くらい一緒にしてもいいと思うんだが……」


 仮面夫婦とは言っても一応は夫婦なのだから、食事くらい一緒にしても罰は当たらないだろう。

 このままローゲン家が潰れれば、実家から追い出された自分は帰るところがない。

 そうならないためにも、何かしら手伝いたいのだが、食事の時まで顔を合わせないのではどうしようもない。

 とりあえず今回は諦めて、ジルベルトは朝食を食べようとテーブルについた。


「ジルベルト様は今日は?」


 着席すると、ピエーロが朝食の用意を始める。

 ジルベルトのことは自分がやると、スチュアートと昨日のうちに話し合ったようだ。

 ピエーロが用意する間を利用するように、スチュアートが今日の予定を聞いてきた。


「町を見てこようと思っている」


「左様ですか……」


 ジルベルトの言葉に、スチュアートは表情に出さずに返答した。

 しかし、声の音から感じるに、何となく迷惑そうに思っているような気がする。

 昨日セラフィーナが言ったのと同じように、外などに出ず、何もしてほしくないというのが本音なのだろう。

 好き勝手やられて、ただでさえ立場が危ういローゲン家の評判が落ちることを危惧しているのかもしれない。


「別に遊び歩くわけではないよ。何もするなと言われたが、せめてここがどんな町かくらい見て回ってもいいだろ?」


「……えぇ、もちろんでございます」


 態度に出したつもりはないのに、心の内を読まれたようなジルベルトの言葉に、スチュアートは僅かに眉を動かす。

 無能といわれているとの報告のため、察知能力が高いとは思っていなかった。

 これまで長い間ローゲン家に仕えているが、当主以外の人間に読まれるようなことはあまりなかった。

 ジルベルトが人の機微に敏感なことに驚きながら、町中を見て回ることを了解した。


「護衛はいらない。っていっても私を護衛したい兵はいないだろうな……」


 一応は領主の婿。

 この町へ来たばかりなのだから、護衛付きでないと何が起こるか分からない。

 しかし、無能というのは、ここの兵たちにも広まっているだろう。

 そんな人間を護衛したい兵はいないはず。

 そのため、ジルベルトは自嘲気味に話した。


「しかし……」


「ピエーロに武道の心得がある。彼が護衛として付いてくるから大丈夫だ」


 ジルベルトはピエーロを指差しながら説明する。

 側付きの使用人として、ピエーロは武術の訓練を続けてきた。

 主人であるジルベルトに何かあれば、逃げる時間を稼ぐくらいのことはできるだろう。


「君たちにとっては、私に何かあった方が嬉しいだろ?」


「お戯れを……」


 スチュアートをはじめとするこの家の使用人は、当然ながらセラフィーナを主人としている。

 婿に来たばかりの自分のことは、セラフィーナ同様あまり快く思っていないはず。

 身の回りのことはピエーロがやってくれるので別にそれでも問題ないが、相手にされないのはジルベルトとしても少々堪えるため、いなくなっても気にしない存在と思っているのだろうと、答えに困るような質問を投げかけた。

 どんな反応をするのかと思っていると、スチュアートは表情を変えず返答する。


「失礼します」


「あぁ……」


 予定を聞ければ後は特になかったのか、スチュアートは会釈してジルベルトの前から去っていった。

 しかし、その背からは、何となく不快といったような雰囲気を醸し出している気がする。


「……何か怒らせたかな?」


「そうですね……」


 使用人たちの思っていることを言ったつもりだったが、反応が思っていたのとは違う。

 ジルベルトがスチュアートの怒りに首を傾げていると、ピエーロが料理を運んできた。

 スチュアートの怒りを理解しているかのような物言いだ。


「理由は?」


「勘違いなさっているかもしれませんが、この家の使用人の方々は、ジルベルト様の相手をしないのではなく、出来ないという方が正しいのです。手が回せないほど人数が不足していると言っていいでしょう」


 セラフィーナと同様に、ここの使用人たちも自分を認めていないのかと思っていた。

 それは自分の勘違いで、相手にされないのではなかったようだ。

 たしかに、初めにここに来た時出迎えた人数が少ないと思っていたが、もしかしてあれで全部だということだろうか。


「……そんなにヤバいのか」


「えぇ、あと2年もつか分からないと言ったところでしょうか」


「何っ? そんなに……」


 赤字の領地だということは分かっていたため、書類など見せてもらうつもりだったが、それもさせてもらえそうにない。

 無能といわれているような人間でも、利用しないと手が回らないほどではないということだと思ったが、もうどうしようもない所まで来ているらしい。


「スチュアートには申し訳ないことを言ったな……」


 赤字により人数が足らず、手が回らないが故の自分の放置となっていたようだ。

 手が空いてジルベルトの身の回りを手伝おうにも、ピエーロが付いているためそれも必要ない。

 結果放置のような状況になっていたということだろう。

 勘違いとはいえ、相手にされていないと思い、彼らが自分に出ていってほしいと思っているように言ってしまったことに、ジルベルトは申し訳なく思った。


「さて、町に出るか……」


「畏まりました」


 朝食も食べ終わり、少しゆったりと紅茶を楽しんだ後、ジルベルトは立ち上がる。

 手伝うことが拒否されているため、自分でローゲン領のことを調べるしか方法はない。

 そのため、ジルベルトはピエーロと共に町へと向かうことにした。







◆◆◆◆◆


「町へ出た感想はいかがでしたか?」


 日も暮れ、ジルベルトたちは領主邸へと戻ってきた。

 部屋へ戻ったジルベルトがソファーで寛ぐと、ピエーロは今日の感想を聞いてきた。


「う~ん……はっきり言って酷いな。先々代が亡くなり、続くようにセラフィーナの両親が亡くなった。それだけでもきついというのに、魔の森の侵攻の勢いが強い。それによって魔物が発生して町や村へと被害が起きるという悪循環に陥っているという状況だな」


 ピエーロの問いかけに対し、ジルベルトは町に出て手に入れた情報から感想を述べた。

 この領地の状況は最悪といっていいだろう。

 同じ魔の森に面した領地だというのに、実家のカスタール家とは雲泥の差だ。


「……では、赤字解消は無理でしょうか?」


「セラフィーナは頑張っているようだが、無理だろうな……」


 町の住人の多くは、経済状況が悪くなった今もローゲン家のことを悪く言うようなことをしなかった。

 これまでの領主によって、救われて来た過去があるからだろう。

 しかし、魔の森の侵攻で魔物が増え、領兵や冒険者たちでは抑えきれない状況のようだ。

 そのせいで冒険者も減っていっているという話だ。

 悪くなるこの状況では、セラフィーナがどう頑張った所で止めることはできないだろう。

 こんな状況の領地に婿に来てしまったことに、ジルベルトはため息を吐くことしかできなかった。


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